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千年戦争  作者: 温泉郷
18/35

十七戦目:退治

 グレイとロイが再び混雑した道を苦労しながら進み、ぶっきらぼうな職人から武器を受け取った頃には、すでに空に月が出ていた。はやる気持ちを抑え、ロイが膨らんだ布袋から代金を取り出して職人に渡すと、彼はかすかに頭を下げた。

 研屋が顔を上げると、すでに目の前に二人はおらず、目の前をせわしなく通り過ぎる、生気に満ちた人々の姿が、うつろな彼の目に映った。


「ロイ、エリィが行くはずの店、覚えてるか? 俺はもちろん忘れた!」

 とりあえず宿の方へ走りながら、グレイは口をひらいた。トールの口ぶりからすれば、宿の近くの店であることは、なんとなく予想できたからである。


「多分だけど、わかるよ。たしか……」




「すいません、お待たせしました!」

 薄い青色のスカートを華麗に着こなし、エリィは少し息を弾ませながらトールに頭を下げた。

 店の中央にある二人用の席に座っていたトールは、にこりと笑うと席から立ち上がり、エリィに向かいの席に座るよう促した。

 店内はあまり広くなく、数組の男女が楽しそうに食事をとっているだけである。店の中は普通の店よりも少し暗くしてあり、落ち着いた雰囲気になっている。


「まずは、来てくれてありがとう」

 トールはそう言うと、店員に目配せし、あらかじめ頼んでおいた飲み物を持ってこさせた。

 店員が運んできたのは、透明感のある青い飲み物で、非常に甘い香りを放っている。


「これはこの地方特産のフルーツから作った飲み物なんだよ。とても美味しいんだ。それに、君の髪の色に似ているしね」

 トールは目の前に置かれたグラスを少し持ち上げた。少し長めの金髪に整った顔立ち、トールにはグラスがよく似合っている。エリィもそれを真似するかのようにグラスを持ち上げる。


「二人の出逢いに」


「ふ、ふたりのであいに……」

 グラス同士が綺麗な音を奏で、二人の口に近づいていった。

 エリィはその飲み物をゆっくりと口に含んだ。すると、一瞬のうちに口の中いっぱいに甘さと爽やかな酸味が広がった。そして飲み込むと、喉にかすかな熱を感じた。


「あの、これって……」

 エリィは少し顔を赤らめた。


「ん? ああ、これはまあ、お酒だよ。でも大丈夫。そんなに強くないからさ」

 トールにまっすぐ見つめられ、下手に断れなくなったため、エリィは再びその飲み物を飲んだ。


(飲みやすいが、本当はかなり強い酒だけどな……!)

 ナミジ村という田舎で育ち、恋愛の経験がほとんど皆無のエリィにとって、トールは魅力的な存在だった。エリィはトールの話に夢中になり、さらに彼の勧めるままに酒を飲み進めた。トールの話は、どこで生まれただの、今何歳だの、戦で手柄を立てただのといった内容で、かなり誇張も入っていたが、無論エリィがそのようなことに気づく訳もなく、うっとりとした瞳でそれを聞き続けた。


(そろそろかな……?)

 トールはそっとほくそ笑んだ。それも、今のエリィにとっては爽やかな笑顔にしか映らない。


「トール様、外にお客様が……」

 店員がそっと近寄り、トールに耳打ちした。


(あいつら……)

 トールは心の中で舌打ちすると、エリィに適当な訳を告げ、すっと席を立ち、出入口へと歩いていった。

 ドアを開けると、顔を赤くした男の顔が店の灯りに照らされていた。男はへらっと笑うと、トールに目をやる。


「調子はどうだい? ちゃんと俺たちにも楽しませてくれよ?」

 男は手に持った酒瓶を傾け、中身を口に流し込んだ。


「ちゃんと分け前はやるから心配するな。それよりも、こんなところ誰かに見られたらどうするつもりだ……!」

 トールは静かなる怒りを男に向ける。


「心配しすぎだぜ、トール! どうせ誰も気づきゃしねえよ」


「みーつけた!」

 二人は驚き、声が飛び出してきた暗がりに目を凝らす。そこから現れたのは二十歳にも満たない青年たちだった。グレイとロイである。


「君たちは……。ああ、あの時エリィちゃんの隣にいた……! 何の用かな?」

 トールは表面上は冷静だったが、胸中は穏やかではなかった。明らかに怪しい状況に置かれているのにもかかわらず、まだ言い逃れようとしていることがそれを充分に物語っている。その姿があまりにも滑稽で、グレイとロイはこみ上がってくる笑いを必死にかみ殺した。


「この状況でそれはねえだろ。もうバレてるんだよ!」

 腹の底から出すような声を、グレイはトールにぶつける。実際にはあまり大きい声ではなかったが、その場にいた者たちには高い波にさらわれたかのように感じられていた。

 トールの表情は一瞬だけ凍りついたが、すぐにそれはなくなり、突然彼の目はつり上がり、なんともあくどそうな面構えになった。


「知られたからには、しょうがない。喋られると、これからの“活動”に響くんでな。口もきけなくなるほど、たっぷり恐怖と痛みを体に刻みつけてやるよ! オイ……!」

 トールが酒瓶を持っている男の方に言葉を投げかけると、後ろから再び体格の良い男たちが四人ほど現れた。皆目が血走っている。

 裏に来い、とトールが合図し、グレイとロイはそれに従った。エリィに報せるという選択肢もあったが、彼らはそれを一瞬たりとも考えないようにしていた。エリィが悲しむ顔を見たくなかったからである。

 店の裏から少し進んだ所にある路地は、やや離れた所にある民家の灯りと、月明かりのおかげでまずまず明るく、やり合うのに不自由はなさそうである。

 体格の良い五人の男たちは得意げに指をぱきぱきと鳴らすと、その顔に笑みを浮かべた。自分たちの方が数が多く、しかも体格も比べものにならない。そのような状況下で負けるはずがないという、ある意味勝ち誇ったような笑みである。

 さらにその後ろではトールが控え、腕を組んだまま壁に寄りかかり、薄い笑いが口元に見え隠れしている。


「一人あたり三人か……。ロイ、どうだ?」

 ひどく落ち着いた様子のグレイは、親友に尋ねる。


「うん、問題ないね。グレイ、終わった後はどうするの?」

 ロイも笑みを浮かべる。


「エリィに手ェ出したんだ。二度とこんなことできねえようにしねえとな! やるぞ! あ、武器は使うなよ」

 用心のため武器は持ってきていたが、グレイはそれを使うつもりはない。ここは王都から近い街で、下手をすれば犯罪者として追われてしまう。もっとも、目の前にいる男たちが、それを周りに公表するならば、という前提があってこそだが。

 それに、相手も丸腰であるため、武器を使う気にはどうしてもなれなかった。

 一人目の男は、姿勢を低くしてロイに向かって体当たりをしてきた。地面に押し倒すつもりである。しかしグレイはそれを察知し、相手のがら空きのわき腹に蹴りを叩き込む。一瞬、相手は動きを止める。その隙を逃さず、ロイは相手の顎に膝蹴りを当てた。目の前の視界がぐるんと歪み、相手は卒倒した。

 明らかに相手の男たちの目つきが変わる。ただの子供の動きではなかったからである。その表情の中には、恐怖の感情も少し交じってはいたが、彼ら自身は気づいていない。

 その後は、一方的なものだった。人数の有利があるとはいえ、相手はそれをまったく生かせていなかった。適当に飛びかかるが、グレイとロイの絶妙のコンビネーションの前に次々となぎ倒されていった。

 グレイとロイは、戦いの最中、自分たちの息が合いすぎていることに驚いていた。言葉を発したわけでもないのに、相棒の次の行動が手にとるように分かる感覚があった。

 あっという間に、相手はトール只一人となった。彼の顔は恐怖に染まっている。


「お、お前ら、いいのか? 俺の親父はここらじゃ知らねえ奴がいない程有名なんだ! 俺に手を出したら……!」

 トールは後ずさりしながら上擦った声を出した。


「知るか」


「え?」


「知るかって言ったんだよ。もうしゃべんな。腹が立つ……」

 グレイは臆する様子もなくトールに近づいていく。

 闇夜に男の悲鳴が響き渡った。



「お嬢さん、僕と一緒に食事でもどうですか?」

 眠りそうになっていたエリィの肩に、ゆっくりと手が置かれた。エリィがうっとうしそうに後ろを振り返ると、笑顔を浮かべた二人の幼なじみが立っていた。


「あれ? トールさんは?」

 エリィは赤くした顔で呟くように言った。


「ああ、なんか用事あるから帰るって言ってたよ。さっきたまたま会ったんだ」

 ロイは冷静な表情を浮かべて答える。


「そっか……」

 エリィは少しうつむき、押し黙ったままだったが、突然二人の肩に手を回した。


「それじゃあ行こう! お酒ばっかり飲んでたからお腹空いたままなんだよねぇ!」

 エリィには少なからずショックがあったが、グレイとロイの顔を見ていたらどうでもよくなった。しょせん自分は田舎の女だ、という諦めが、心のどこかにあったのかもしれない。三人は一緒に歌いながら、軽やかな足取りで店を出て行った。三人はそのまま宿の近くの店に入り、豪華な食事を腹一杯になるまで食べた。久しぶりのまともな料理だったため、食べても食べても飽きなかった。

 大通りには人だかりができていて、その中心には、下着一枚の男が六人、気を失ったまま縛られてころがっていた。


 その夜、グレイはいつかみたものと同じような夢を見ていた。自分の周りはすべて闇に包まれていて、なぜかグレイは行く当てもなくそこを歩き続けている。


「またか。なんなんだよ……!」

 足はグレイの意思に反して、その歩みを止めることはなく、グレイは闇から闇へと進み続ける。

 ふと、グレイは何者かの気配を前方に感じた。姿が見えたわけではないが、誰かがそこに“いる”ことだけは確かに感じられていた。


「運命からは逃れられない。決してな」

 低く太い声がグレイの体を包んだ。グレイの足はその歩みをとめ、その場に立ち尽くした。自分でもよくわからない怒りが急激にわき上がってきて、そしてそれは爆発した。


「なんなんだよ! これは俺が決めたんだ! 俺は、運命なんて信じねえ!」

 そう叫んだ自分の体がびりびりと震える程、それは大きな声だった。その声は闇に吸い込まれてすぐに消えたが、一瞬の静寂の後、再び男の声がその場に響く。


「無駄だ。すべては定められた通りに……」

 そう言い残すと声の主はその気配を消し、グレイも前方から吹き出してきた光に包まれた。

 目が覚めると、グレイはじっとりと寝汗をかいており、すぐ起き上がると、荷物から替えの服を取り出し、それに着替えた。

 反対側の寝台では、ロイが幸せそうな顔をしながら眠っており、グレイは、やはりさっきのは夢だったのだと、改めて実感した。

 窓から外を見ると、まだ真っ暗で、耳をすますとどこからか先ほどの声が聞こえてきそうだった。

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