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千年戦争  作者: 温泉郷
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十六戦目:‘兵士の街’ドゥーネ

『兵士たちは知らない、なぜ自分が剣を振るうのかを。兵士たちは知らない、なぜ自分が死にゆくのかを。明日を夢見る者が、この街には何人いるのだろうか』

——オーランド——

 南にそびえる山沿いに、険しい道を東に進み続けること十五日、ついに一行は王都まであと少しの所までたどり着いた。途中で強風により数日間先へ進めなかったので、思っていたよりも時間がかかってしまった。王都は台地の上に広がっていて、そのふもとにはいくつかの街が、都を護るように作られている。

 王都の西に位置する街は、ドゥーネと呼ばれ、多くの兵士がそこで日々を過ごしている。いつ起きるか分からない戦に備え、怯えながら。


「でっけえ外壁だなー……」

 ドゥーネの周りは高い外壁に囲まれており、グレイはそれを見上げたまま大きく口を開けた。


「王都を守るためにできてるような街だから、当然だと思ってたけど、実際目にすると違うね」

 いつもはあまり驚くことのないロイも、今回はぽっかりと口を開いたままである。そして三人でダグー車に乗ったまま、巨大な鉄製の門の前まで行くと、その前に立っている兵士にグレイが話しかけた。


「すいませーん。入りたいんですけど」

 頑丈そうな灰色の鎧を身につけた兵士は、ダグー車全体をじろりと見回し、そしてグレイをじっとりと見た。


「帝国証を」

 兵士は低く冷たい声で言い放った。


 帝国国民証明書、通称帝国証は、それを持つ者が帝国民であることを示すものである。ヌイと呼ばれる植物の繊維から作られる丈夫な紙に、それを持つ者の個人情報がすべて記載されている。そして帝国証の左下には、帝国のシンボルである、『斜めに交差した剣』のマークが描かれている。

 出生届とお金を政府に届ければ、帝国証が発行され、帝国民だと認められるのである。そしてそれを持っていれば、医療費が安くなったり、税が軽くなるなど、様々な面で優遇される。

 一部、何らかの理由によって帝国証を持たない者は、『ロストチルドレン』と呼ばれ、この国の中では人として扱われなくなるのである。彼らはあらゆる自由を失い、殺されても文句は言えず、まともな職に就ける機会もほとんど無くなる。ゆえに、帝国内で窃盗などの犯罪を犯す者は、大半が『ロストチルドレン』である。


「ここは王都を守る街だからな。身元のわからない者を通すわけにはいかないのだ。……よし」

 兵士はグレイたちから帝国証を三枚受け取り、内容をしっかりと確認した。最後に、引っ張っても紙が破れないことを確かめると、兵士は帝国証をグレイたちに返し、外壁の上にいる仲間に手で合図した。しばらくすると、鉄の門がゆっくりと開き始め、三人はダグー車に乗ったまま街へと足を踏み入れた。


「ずいぶん活気があるのね」

 まず始めにその言葉を口にしたのはエリィで、目を大きく見開いている。

 門からまっすぐ延びる道は幅が非常に広く、先が見えないほどだが、驚くべきはそこを歩く人びとの数である。兵士であることが容易に想像できる屈強な男たち、大声を張り上げながら売り歩きをする行商人、笑顔を振りまく女性、そのような人が道を埋め尽くしていて、皆生命力に満ちあふれているのが見てとれる。

 入ってすぐ右に見える大きな広場では、数千人の兵士が槍や剣などを持ち、上官の指示に従いながら激しい訓練を行っている。


「もう夕暮れだし、早めに宿を探そう」

 ロイがそう提案すると、グレイはダグー車を進ませ始めた。道にいる人々がダグー車を好奇の目でじろじろと見ている中で移動するのは、グレイにとってあまり良い気分ではなかった。

 少し進むと、左手に巨大な宿が見えてきた。おそらくは商人であろう大きな荷物を背負った者たちが、数多く出入りしている。

 ロイがその宿に入り、手続きを済ませると、グレイは宿の裏にある馬小屋にダグーを預けた。そして大事な物は布袋に入れて、腰にしっかりとくくりつけた。以前のこともあるため、お金はロイが管理している。


「さてと、どうする?」

 宿の前で三人は集まると、グレイがそう切りだした。


「あたしは買い物に行こうかな……」

 エリィがそう言った矢先、彼女の体は横に弾き飛ばされた。体格の良い男が勢いよくぶつかってきたのである。


「大丈夫か?」

 あわててグレイとロイは駆け寄る。ロイはエリィの体をささえ、ぶつかった男を睨みつけた。


「いてえなあ。あ? その眼はなんだ? てめえらがのうのうと暮らせるのは誰のおかげだと思ってんだ、ああ? 俺たち兵士のおかげだろうが! ……ん? よく見るとお嬢ちゃん、カワイイ顔してんじゃねえか。ちょっと俺たちに酌でもしてくれや。な?」

 酒臭い息を撒き散らしながらそう話す男の後ろからは、赤い顔をした体つきの良い男たちが三人ほど現れ、グレイたちをぐるりと取り囲んだ。ぶつかってきた男はにやにやと笑いながらエリィに向かって手を伸ばしてきたが、それをグレイは力を込めて右手で払った。


「酒くせーんだよ。フロでも入ってからしゃべれや、バカ兵士」

 グレイがそのまま挑発すると、取り囲んでいる男たちは全員目つきを変え、最初に絡んできた男がグレイの胸ぐらを荒々しくつかんだ。


「ナメた口聞いてんじゃねえぞ!」

 その男はグレイの胸ぐらを太い腕でつかんだまま、余った方の腕を振り上げた。

 グレイが頭突きを放とうとした瞬間、その男は横に丸太のように倒れた。彼の左から飛び出した拳が頬を殴りつけたからである。グレイが拳が出てきた方をたどると、金髪の青年が、怒りを込めた表情を浮かべながら、倒れた男をにらみつけていた。


「て、てめえはトール! なんでこんなことをしやがる!」

 殴られた男は頬を押さえながら大声で叫んだ。心なしか彼の体は小刻みにふるえている。


「お前たちの行為は毎度目に余る。さっさと去れ。それとも、俺とやり合うか?」

 トールと呼ばれた青年は、そう言うと同時に腰に差している剣に手をかけた。するとみるみるうちに周囲の男たちの顔は青ざめ始める。


「じょ、冗談だよな? 少しからかっただけだよ。……おいお前ら、行こうぜ」

 そう言うと酔った男たちは、どこかへと消えていった。

 トールは手を剣から引くと、無駄な筋肉のない、細めの腕をエリィに向けて差し出した。その顔は先ほどまでとは違い、爽やかで、優しそうな顔つきである。


「お嬢さん、大丈夫? この街は血の気の多い奴がたくさんいてね。さっきみたいなこともしょっちゅうなんだ」

 エリィが差し出された手に反射的につかまると、トールはエリィの体をぐいっと引っ張り上げた。


「あ、ありがとうございましたッ!」

 エリィはぱっと手を離すと、両手で青色の髪をさっと撫でた。その頬は緊張のためか紅潮している。


「いいよそんなことは。君に声をかけたくなる男の気持ちもわかるしね。俺はトールって名前なんだけど、君は?」


「わ、わたしはエリィっていいます!」

 エリィの声は必要以上に大きくなる。それと同時に、心臓の鼓動も大きくなっていた。


「エリィちゃんっていうのか。そうだ、よかったら今日の夜一緒に食事しない? この近くに良い雰囲気の店があるんだ」

 トールはにこりと笑う。


「……じゃあ、そうさせてもらいます! お礼もかねて……」

 エリィはそばにいるグレイたちをちらりと見ると、そう答えた。

 その後、細かいことをいろいろと話し合うと、トールは笑顔で離れていった。エリィは振った手を挙げ続けている。グレイとロイが複雑な表情をしているのに気づくと、エリィは慌ててその手を下げた。


「そういうことだから、あたしは部屋に行って準備するから……、それじゃね!」

 エリィは鼻歌混じりで宿の中へと入っていった。


「グレイはこれからどうする?」

 残された二人は顔を見合わせ、ロイが先に口を開いた。


「そうだなあ、剣もけっこう刃こぼれしてるし、研屋にでも行くかな……。途中でカワイイ子見つけれるかもしんないし。ロイもどうだ?」


「じゃあ僕も行こうかな……」

 ロイは声の調子を下げた。


「エリィのこと、気になってんのか? まあアイツも女だしなあ……。とりあえず行こうぜ」

 グレイは近くにいた行商人に道を聞くと、ずんずんと歩き始め、ロイは戸惑いながらそれについていった。

 街の南にある大規模な商売場では、あらゆる分野の店が並び、あまりの多さに思わず目移りしてしまうほどであった。その場所では、客や商人の声が常に耳をふさぎ、鉄の臭いがしたかと思えば、次の瞬間には料理の良い匂いが鼻にまとわりつく。研屋はその一帯の端にあり、グレイたちは人ごみを器用にくぐり抜けながら、その前にたどり着いた。ぶっきらぼうな職人が、剣を研ぐ手を止めると、グレイたちを見上げた。


「一時間後にまた来い」

 グレイたちから武器を預かると、白髪混じりの初老の職人はそう言い、再び作業にとりかかった。


「暇になっちゃったね……。お腹も空いたし、夕食でもとらない? ……グレイ?」

 グレイはロイの話を聞いている様子はなく、人ごみのなかの、ある一点を凝視している。ロイがグレイの目線の先をたどると、ひときわ目立つ金髪が眼に入った。


「あれ、あの人は……、トール、さん?」

 後ろ姿しか見えないが、その人物は、体格などが先ほど会ったばかりのトールと酷似している。


「ロイ、つけるぞ」

 グレイは歩き出しながらそうロイに告げた。


「え、なんで?」


「なんとなく!」

 グレイたちがトールと思われる人物の後をつけると、その男は迷う様子もなく人気のない路地裏に入り始めた。グレイたちは怪しみながらも、気づかれないよう一定の距離を保ちながら慎重に尾行していく。

 やがて左に曲がった先の行き止まりで、金髪の人物は足を止めた。


「こっからはマジで慎重にな。……話し声が聞こえる」

 グレイとロイは、建物の陰から片目だけを出し、そして耳をすました。薄暗いため、話している者の顔は見えないが、男たちの話す声が聞こえてくる。


「悪かったな、本気で殴っちまって」


(これはやっぱりトールの声……か? じゃあ相手は……)

 グレイは眉をつり上げた。


「ホントだぜ。でも、いい演技だったろう?」


(なるほどね……)

 グレイとロイは心の中で頷いた。


「ああ、ばっちりだ。これであのエリィとかいう女も……」

 その瞬間、突然トールが後ろを振り向いたため、グレイたちは慌ててその場を離れた。入り組んだ路地だったが、ロイが道を完全に覚えていたため、素早く抜け出して人混みに紛れることができた。

 一気に宿まで走っていき、二人が泊まる部屋に入り、それぞれの寝台の上に座ると、グレイは口を開いた。


「やっぱロイはすげーな! あんなわかりづらい道よく覚えてたな!」

 グレイは感心したように声の調子を上げた。ロイは照れたように微笑んだあと、真面目な顔を作った。


「でも、グレイ……」

 グレイはその言葉を聞くと、ぎゅっと口を結んだ。


「……ああ。ゴミ掃除、しなくちゃな」

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