第72話 リトは何故死ななければならないのか
そんなアダムは父親たちの後をつけてみることにした。
父親の書斎は家に入ると正面に見える階段を登った先だ。
だが彼らは予想に反して階段の横にある小さな扉、アダムが一度も入ったことのない家の裏庭へと続く扉の中へと入っていった。
アダムは彼らが出て言った事を確認すると扉に近づいて外を覗いた。
昨日アダムが見た巨大な顔の前で彼らは何やら真剣な表情で話し込んでいた。
だがしばらくすると扉の方へと戻ってきてアダムは急いで隠れた。
父親はそのまま階段を上って書斎に戻ったようだったが、執事の方はアダムが普段行くことのない東側の棟へと向かった。
アダムは執事の後を追いかけてみることにした。
執事は食料保管庫に入ると、しばらくして食料と水を乗せたトレーを持って出てきた。
硬そうなパンが2つとコップ一杯の水が乗せられている。
そして東の棟の一番奥の部屋に入るとまたしばらくして出てきた。
だが出てきた彼はその手にトレーを持っていなかった。
怪しげに思ったアダムは執事が居なくなったことを確認すると、そっと扉を開いてその部屋の中に入った。
部屋の中は薄暗くかなり狭い。
電気をつけようしたが他の部屋と構造があまりに違うためスイッチがどこにあるのか分からなかった。
部屋の中にはさらにもう1枚壁と扉があり、その壁には小窓が開けられていた。
アダムは恐る恐るその小窓の向こう側を覗いた。
するとそこに誰かが居るのが見えた。
それはボロボロになった大きめのTシャツを一枚だけ羽織った少年だった。
彼は地べたに座ったまま先ほど執事が持っていたパンを少し千切ると一口ずつゆっくりと食べていた。
ふとその少年はこちらに気付いて顔を上げた。
アダムはその顔を見た瞬間、思わず声を上げた。
「り、リト!!!!」
そこに居た少年は紛れもなくリトだった。
「お兄ちゃん……!?」
リトは力ない声で驚いた。
「ど、どうなってるんだ!? 待ってろ、すぐにそこから出してやる」
アダムはそう言ってリトの居る壁の向こう側へと続く扉を開けようとしたが鍵か掛かっているようで開かなかった。
近くに鍵がないかと探し回るがどこにも見当たらなかった。
「お兄ちゃん。だめだよ。その扉は開かないよ」
リトが言った。
「何故だ……? どうしてお前はそんなところに閉じ込められてるんだ?」
アダムは言った。
「それがお前に言っていなかったもう1つの秘密だ」
突然聞こえてきた声にアダムが振り向くと、そこには父親が立っていた。
「お、お父様! どういうことですか!? 彼を出してあげてください」
「それはできない願いだな。彼はある重要な役目を担うためにそこに居るんだ」
「重要な……役目?」
「そうだ。お前も昨日見ただろう? あのブラックウォールの正体を」
「はい……」
「あれは我々人類を食らい尽くす為、この国の中に入って来ようと毎日もがき続けているんだ」
「でも、昨日この国は守られているから大丈夫だって……」
「ああそうだ。だが誰が守っているかまでは言っていない。守っているのは、我々ホワイト家なんだよ。アダム」
「ど、どういうことですか?」
「あのバケモノがこちら側に入ってこないよう定期的に餌をやっているんだ。それもあれが弱るように魔術を掛けた餌をな」
「まさか……。じゃあリトは……」
「そう。彼は君の実の弟。そしてその役目はブラックウォールの餌になることだ」
「そんな……!!」
「いいかい、これがホワイトウォール家の全てだ。長男長女として生まれてきた人間は秘密を受け継ぎ、次男次女として産まれてきた人間はブラックウォールの餌となる。そしてそれを25年おきに繰り返すんだ。それがお前達の、いや我々の運命なんだよ」
「リト……」
アダムは小窓に手をついたまま落胆した。
「お兄ちゃん。僕はもう覚悟はできてるから」
リトはそう言った。
「では何故……何故リトにこんな酷い仕打ちを? 死ぬ運命だとしてもこんな所に閉じ込めておかなくてもよかったはずだ!」
アダムが叫んだ。
「それがホワイト家のやり方だ。死ぬのが決まっている人間に楽しみを与えれば死ぬのが辛くなるだろう。最初から楽しみがなければ失うものもない」
父親が答えた。
アダムは父親に掴みかかったが、しばらく睨みつけて何も言わずに離した。
「お前には悪い知らせかもしれんが、リトが食われるのは明日の朝だ。これ以上は壁が持たないと判断した。まあもうこれで最後だろうからお前達を2人にしてやる。存分に別れを惜しめばいいさ」
父親はそう言って部屋から出ていった。
「リト……お前はどうやって俺に会いに来た……?」
「魔術だよ、お兄ちゃん。僕はずっとここにいたけど魂だけお兄ちゃんの元に会いに行ったんだ」
リトはそう言って部屋の隅に刻まれた小さな魔法陣を見せてくれた。
「何故そこまでして……」
「最初はほんの出来心だった。僕にお兄ちゃんが居るって知ってちょっと会いたくなってみただけだったんだ。でも会ってみたらお兄ちゃんはすごくかっこよくて、ちょっと意地悪だけどでもすごく優しい人で、会うのが止められなくなっちゃった……」
「リト……俺はお前を死なせたくない」
「でも、僕が死なないとみんなが困るから……」
「そんなことどうでもいい……。今すぐここから逃げ出そう!」
アダムは言ったがリトは首を横に振った。
「どうでもよくないよ。みんな、死んじゃうんだよ?」
「だったらどうすれば……」
「僕は覚悟を決めたの。だからお兄ちゃんも……」
「急にこんなこと言われても、覚悟なんか出来るわけないだろう……」
アダムは立ち上がってリトに背中を向けた。
「お兄ちゃん……」
アダムはそのまま何も言わずその場から立ち去った。
アダムはその日は自室に籠ってずっとリトの事を考えていた。
考えないようにしても彼の笑顔や笑い声がどうやっても頭に浮かんできた。
「くそっ……くそっ!!」
アダムは部屋に置いてあった花瓶を割った。
そうやって彼は行き場のない怒りを抱えながらその日を過ごした。
翌朝。リトの死ぬ日がやって来た。
リトは執事と父親によって数年ぶりに部屋の外に出され廊下を歩いていた。
そして家の裏手へと出てブラックウォールの目の前まで来た。
予想以上の迫力にリトは一瞬足がすくんだが、ぎゅっと拳を握ると覚悟を決めてその巨大な顔の前に立った。
執事はリトの首に特殊な魔術が掛けられたペンダントをつけた。
リトは自分の暮らしてきた家を見上げ呟いた。
「お兄ちゃん……」
その頃アダムはリトの事を見送る勇気もなく、ただベッドの上で横になって天井を見つめていた。
「俺は、どうしたらいいんだ」
彼はそう呟くも何の解決法も思いつかなかった。
彼がやるべきことはただこの辛い現実を受け入れるだけだった。
だが彼にはそれが出来なかった。
アダムは突然ベッドから立ち上がると、父親の書斎に向かった。
書斎には重厚なガラスケースの中に父親が自慢していたあの巨大な魔剣が飾られていた。
アダムは見つめるとその剣は一瞬だけ青白く光った。
彼はその場にあった椅子を持ち上げてガラスケースを破壊すると中にあった剣を取り出してどこかへと向かった。
彼の向かう先は決まっていた。
彼は家の裏庭へと続く扉を勢いよく開けた。
リト、父親、執事の3人はアダムの持っている巨大な剣に驚いて目を見開いていた。
「やめろ……。リトを開放しろ」
アダムは呟いた。
「お兄ちゃん、ダメ!!」
リトが叫んだがアダムの耳には届かなかった。
「剣を下ろせアダム! 早まるんじゃない!!」
父親が必死にアダムを止めようとするが、アダムは止まらなかった。
アダムはそのまま剣を父親に向けて彼の胸を刺した。
「リトを傷つける奴は許さない」
彼はそう言って執事も刺し殺した。
彼はそのまま剣を置いてリトに近づいた。
「お兄ちゃん……来ないで!!」
リトは叫んだ。
それと同時にブラックウォールが悲痛な叫び声を上げた。
もう壁が限界に迫っているのだろう。
次第にその巨大な顔が壁から飛び出して来ていた。
それでもかまわずアダムはリトに近づいていった。
だがリトはアダムに背を向けた。
「お兄ちゃん……。人を殺しちゃだめだよ。剣術は人を守るためのものでしょ?」
リトはそう呟いた。
「だが、俺は……お前を失いたくなかった……」
アダムも足を止めて答えた。
「お兄ちゃん、罪はちゃんと償ってね。さようなら」
リトはそう言い残してブラックウォールに向かって走っていった。
「リトッ!!!!」
アダムの叫びもむなしくブラックウォールに浮かび上がる顔はリト目掛けて首を伸ばすと、そのまま彼を飲み込んだ。
その瞬間、その巨大な顔はこれまで以上に悲痛な叫び声を上げ、壁全体が一瞬だけ緑色に光った。
アダムはその場に腰を落とし、ただその様子を見つめていた。




