第70話 リトの正体は?
「そっか〜」
リトは満面の笑みで言った。
そしてその日も父親が帰ってくるまでアダムは稽古を続け、その間ずっとリトはアダムの事を見ていた。
だが前の日と同様に気づくといつの間にかリトは消えていた。
翌日。
「今日こそは剣術教えて欲しいな〜」
リトはアダムにそう言って頼み込んできた。
「ダメだ」
アダムは頑なに断る。
「そもそもお前はどこから来た? どこの子供だ? この辺りに民家はないはずだぞ」
アダムが聞いた。
「剣術も教えてくれない人にプライベートの事は教えられないよ〜」
「こっちこそ、得体の知れないお前に大事な伝統ある剣術を教えるわけにはいかない。どれだけ頼まれてもダメだ。分かったな」
アダムは負けじと言い返した。
「そっかー……。残念だなあ……。じゃあ明日からはもう来るのやめようかな……」
リトは俯いてアダムの事をチラチラ見ながら言った。
「えっ!?」
アダムはリトのその発言に驚いた様子を見せた。
「あ〜あ。せっかくかっこいい剣術学べると思って頑張って来たのになあ」
リトはそう言って本当に門の方へと向かって歩いていってしまう。
「ま、待て!」
アダムは去ろうとするリトを止めた。
「なあにお兄ちゃん。剣術教えてくれないんでしょ〜?」
「くっ……」
アダムはそのまま固まってしばらく考えた。
「わ、分かった。誰にも言わないと約束するなら、少しくらいなら教えてやってもいい」
アダムは言った。
「ほんと!? やった〜!!!!」
リトは飛び上がって喜んだ。
「分かってるな!? 誰にも言ったらダメだからな!?」
リトはそんな念押しをするアダムの手をとった。
「ありがとう!! お兄ちゃん!!」
アダムはもう一度念押しをしようと思ったがキラキラと輝くリトの目を見るとその気になれなかった。
そうしてアダムによるリトへの剣術講座が始まった。
「こ、こう?」
「いいや違う、こうだ」
アダムはどうせやるならと思い熱心に剣術を教えた
「はっ! はっ!」
リトの方もそんなアダムに答えるかのように熱心に取り組んだ。
教えるのは少しだけと言っていたアダムだったが、リトの頑張りと覚えの速さにいつの間にか自分の持ち得る全てを叩きこもうという気になっていた。
「なかなかいいぞ。だがもっと腰を使うんだ」
「わかった! お兄ちゃん!」
リトは笑顔で楽しそうに稽古に取り組み、アダムも楽しんで教えていた。
アウトサイドの外れに住んでいるアダムには友人と遊んだ経験もなく、このリトとの稽古の時間が人生の中で最も楽しい瞬間になった。
その日は2人共時間も忘れアダムの父親が帰ってくるまで汗だくで稽古を続けた。
そしてアダムとリトは次の日も、その次の日も稽古を続け、彼の剣術はみるみるうちに上達して来た。
1週間も経つと2人は稽古試合まで行うようになっていた。
「なかなかやるな、リト」
「お兄ちゃんこそ」
「だがまだ詰めが甘い!」
アダムはリトの隙を突いて彼の腰に剣を当てる。
「ちょっとくらい手加減してよ〜大人気ないなあ」
「手加減などしない。試合になれば互いに上も下もないぞ」
「そうなの〜?」
そのまま2人はベンチに座って休憩した。
「そうだ、今日はうちの料理人にサンドイッチを作ってもらった。お前も食べろ」
アダムはそう言ってランチボックスを取り出し、サンドイッチをリトに渡した。
「い、いいよ。僕は」
リトは断った。
「何故だ? 遠慮するな。ほら」
「わ、わかった」
強引にサンドイッチを押し付けてくるアダムにリトも折れて渋々受け取った。
そしてリトは恐る恐るサンドイッチを齧った。
「どうだ、うまいだろう?」
「お、おいしい……」
リトはすぐに2口目、3口目を食べた。
そしてそのままムシャムシャと物凄い勢いで食べ進めた。
「お、おい。喉に詰まらせるぞ」
その勢いに驚いたアダムだが、リトがサンドイッチを齧りながら涙を流していることに気が付いた。
「どうした……?」
「おいしい……。こんなにおいしいものを食べたのは初めて……」
リトは食べ終わると目に涙を浮かべたまま言った。
「な、泣くほどか? お前は普段家で何を食べてる? 細いんだからしっかり食べないと大きくならないぞ」
アダムはそう言ってリトの腕を掴んだ。
リトの腕は想像以上に細かったが、だがそれ以上に驚いたことがあった。
彼の体は氷のように冷たく、人の体温とは思えない温度だったのだ。
「お、お前、どうなってる? なんでこんなに冷たいんだ?」
アダムはリトの額に手を当てようとしたがリトが止めた。
「さ、触らないで!」
「す、すまない……」
リトは今までにないほど怯えた表情をしていた。
しばらく2人の間には気まずい沈黙が流れた。
だがすぐに笑顔に切り替えると立ち上がって言った。
「さ、稽古の続きやろ? 今日はお兄ちゃんに勝てるまでやめないからね!」
リトはそう言って剣を拾い上げた。
「あ、ああ……」
アダムもそんなリトに続いて稽古に戻った。
そんなリトとの稽古を繰り返す日々がしばらく続いたある日の事。
その日は大雨で天気が荒れており、かなりの強風と雷まで鳴っている状態だった。
流石にこれではリトは来られないだろうと思い、アダムは稽古を中止して自室で勉強をしていた。
だがそんなアダムの元に少年の声が聞こえてくる。
「はっ! はっ!」
まさかと思いアダムが外を見ると、大雨の中で1人稽古をしているリトの姿があった。
アダムはすぐに外に出て行きリトを呼んだ。
「おいリト! こんな雨の中何をやってる!」
「あ、お兄ちゃん!」
リトはアダムの姿を見ると笑顔になったがアダムは怒ったままリトの腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと」
「うるさい。我慢しろ」
アダムはそう言ってリトの家の中まで連れこんだ。
「ちょっとお兄ちゃん?」
アダムは黙ったままリトの手を引いて自分の部屋まで連れ込んだ。
アダムは自室の扉を閉めた後、びしょ濡れのリトを問い詰めた。
「なんで来たんだ? 雷も鳴っているのに、危ないだろう?」
「だって……。お兄ちゃんに会いたくて……」
リトは俯いたまま言った。
「ほら」
アダムはリトにタオルを渡すと、リトはタオルで自分の体を拭いた。
「なあ、お前はどこから来たんだ? そろそろ教えてくれてもいいだろう?」
アダムも自分の体をタオルで拭きながらリトに聞いた。
「あ……。うん。そんな大した所じゃないよ。近くの町に住んでるんだ」
「嘘だ。ここから一番近くの集落まで50キロはある。どう考えてもこんな雨の中1人で来られる距離じゃない」
「ほ、ほんとだよ……」
「お前まだ濡れてるだろう。ちゃんと拭け」
アダムはそう言ってタオルでリトの頭を拭いた。
「ちょっと、あんまり触っちゃダメだってば……」
アダムはそんなリトの言葉を無視した。
そのまま彼はリトの頭や首元を拭いていると、何やら首元に刺青のようなものが彫られていることに気が付いた。
「なんだ?」
アダムはリトの体を掴んで首の裏を確認すると、そこにはホワイト家の家紋を象ったタトゥーが彫られていた。
「これは……」
「だ、ダメっ!!」
リトは大きな声で叫んで首の裏を隠すが、アダムはもう一度確認しようと近づいた。
「どういうことだ……? お前は、ホワイト家の人間なのか?」
アダムはリトの腕を掴んだ。
「ち、違う!! お願いだから離してっ!!」
リトは必死に抵抗するが、アダムは離すまいと強い力でリトを掴んだ。
「お前は、何者なんだ……」
アダムはリトに近づいていく。
だがその瞬間、突然のノックと共に部屋の扉が開いた。
「アダム、何を騒いでいる?」
そこに現れたのは父親だった。
「お父様……彼はっ……」
アダムはリトのことをどう言い訳しようかと必死に考えたが、すでにそこにリトはいなかった。
「彼? なんのことだ? びしょ濡れだな、服を着替えて後で私の書斎に来なさい」
「分かりました」
父親はアダムにそう言い残して彼の部屋を去った。




