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バニラパンチ  作者: うみこん(宇宙みかんコンピューター)
第二章 学園
18/124

第18話 木崎リンカの前世、三島リンカは何者か。そして、サイファーが動き始める。

 2080年3月。


 天気は生憎の雨。三島リンカは両親と車で出かけている途中だった。


 彼女は窓から車の外の景色をぼうっと眺めていた。


 突然降ってきた雨に、道行く人々が急ぎ足で地下鉄の入り口に入って行くのが見えた。


「リンカ、おばさんに迷惑はかけちゃダメよ」


「はーい」


 母親に念を押され、リンカは素直に返事をする。


「母さん、リンカはいつだっていい子なんだから大丈夫さ」


 父はリンカのことをよく褒めてくれる。


 リンカは父の言葉にご機嫌な表情を見せた。


「あなたはいつものリンカを知らないからそんなことが言えるの」


 2人の言い合いも今のリンカにはなぜだか心地よく聞こえた。


 両親は仕事の都合でしばらく海外に行く為、リンカは叔母の家に預けられることになったのだ。


 少しワクワクする反面寂しい気持ちも大きい。


 しばらく車は進み、最終的に叔母の家の前で止まった。


 両親は車を降りて傘をさす。


 次は彼らにいつ会えるだろうか。


 リンカはそんな事を車の中で考えた。


「おーい、リンカ? どうした?」


 父親が窓の外から呼んでいる。


 リンカは慌てて鞄を持つと、外に出て傘を差した。


「じゃあ、元気でなリンカ」


 父親はリンカの頭を優しく撫でてくれる。


「風邪ひかないようにあったかくして寝なきゃダメよ」


 母親が言った。


「私もう子供じゃないんだよ~?」


 リンカは不機嫌そうに言った。


「いいや、お前はまだまだ子供だ」


 リンカはもうこの春から高校生だ。リンカは子供扱いに不貞腐れながらも、両親の見送りに手を振り返した。


 荷物を抱えて、叔母の家のチャイムを鳴らした。


「おばさん、私だよ~! リンカ!」


 リンカが大声で呼びかけると、中から誰かが玄関に向かってくる音がした。


 そしてガチャっという音と共に扉が開いた。


「もう来たのかー? 来るのは日曜日じゃなかったか?」


 出て来たのはリンカの叔母、黒壁アンナだ。


 彼女はボサボサの髪であくびをしながら言った。


「もう日曜日よアンナ、だらしないわね」


 リンカの母がアンナの身だしなみに注意する。


 アンナは少し伸びたタンクトップ1枚にハーフパンツという随分ラフな姿でリンカをで迎えていた。


 胸が大きいせいでタンクトップから今にもはみ出してしまいそうだ。


「家の中くらいいいだろ~? 姉ちゃん」


「じゃ、お邪魔するねー!」


 リンカは2人の会話に構わずアンナの家の中へと入り、自分の荷物を下ろした。


「おい、ちゃんと手は洗えよー!」


「もう洗ってるー!」


 アンナの呼びかけにリンカは洗面所から答える。


「あなたにリンカを任せるのは不本意だけど……。ちゃんと勉強もさせてね? あの子は今が一番大事な時期なんだから」


「わ~かってるって~。私はこう見えても大学の研究員だぞ。勉強なら任せろ~」


「うーん、心配ねえ……。リンカ~? ちゃんと勉強はしなさいよ~?」


 リンカの母は背伸びして部屋の中を覗きながら言った。


「わかったわかった、ちゃんとさせるから、姉さんは安心して海外行ってきなって。じゃあな~」


 リンカの母はまだ何か言おうとしていたが、アンナが無理やり扉を閉めて彼女を追い出した。


「ねえ、おばさん! ゲームしようよ」


 リンカは玄関から戻って来たアンナに言った。


「あたしはおばさんじゃねえ。アンナさんだ」


 アンナはそういいながらドカッとソファに座ってコントローラーを手に取った。


「やって来てそうそうゲームって、つまんないやつだな。あたしはあんた相手でも一切手加減しないよ?」


 リンカもアンナの横に座るとコントローラーを手に取った。


「私、家じゃ滅多にゲームなんてできないんだから、ちょっとは手加減してよー」


「あたしは姉さん達と違ってあんたを子供扱いしたりしない。本気でかかって来な」


 アンナはリンカの頭を掴んでニヤリと笑みを浮かべた。


「おっけー! アンナさん!」


 2人はしばらくゲームを続け、気が付けば夕方になっていた。


「あ~、腹減ったなぁ~」


「ねえ! 出前取ろうよ! ピザだよピザ!」


「~ったくしょうがないなあ」


 2人はピザを注文して、テレビを見ながら食べた。


「こんなのは今日だけだからな」


「ねえ、アンナさん明日大学に行くの?」


「そりゃ当たり前だろ? それがあたしの仕事なんだから」


「ねえ、私も連れてって!!」


「あ~? ダメに決まってるだろ~?」


「なんで! 私だって将来研究員目指してるんだからいいでしょ! オープンキャンパスみたいなもんだよ~」


「わ~かったよ。ほんとお前は口だけはうまいな~。でも邪魔にならないようにしろよ?」


「わかってるって~! もう高校生だもん」


    ◇


「リンカちゃん! リンカちゃん!」


 ミルの必死な呼びかけにリンカはようやく気付いた。


「あれ……私……」


「目を覚ましたのね~。よかった~~! ごめんなさいね……こんなことになるなんて」


「私、どうなったんですか?」


「リンカちゃんが途中から返事しなくなったから心配したんだよ」


 ミルが答えた。


「私、夢を見てたんですかね……? それとも、本当に前世の記憶だったのかな」


 リンカは先ほどまで見ていた光景を思い出しながら言った。


 夢にしてはあまりに鮮明ではっきりと感じた。


「うーん。こんなことになったのは初めてだから、分からないわ。ごめんなさいね」


 ミルの母も困った様子で言った。


「私もごめんね、リンカちゃん。私が前世を見せようなんて言ったから」


 ミルは本当にリンカを心配しているようだ。


「だ、大丈夫だよ! ありがと。ちょっと集中しすぎちゃっただけなんだと思う。体も特になんともないしね」


 リンカはほら! と言って力こぶを作るポーズをして見せる。


「よかった。死ぬんじゃないかと思ったよ」


「大丈夫だよ、死なないよっ」


「あ、あの、すみませんお騒がせしちゃったみたいで……。私、もう帰ります。これ以上長居してもお店にも迷惑だと思いますし……」


 リンカはミルの母に頭を下げた。


「そんな~、気にしなくていいのに~。どうせお客さんなんて来ないんだから~。もうちょっとゆっくりしていってもいいのよ?」


「そうだよ、リンカちゃん。気絶してたんだし」


「でも、メリケンサックは買えたし、前世も見せてもらったので今日は満足ですっ。ありがとうございました!」


 リンカはベッドから降りてペコリと頭を下げた。


「そう? じゃあ~、リンカさんまた来てね? もちろんミルちゃんも」


「はいっ! また来ますっ!」


 リンカは心配をかけないよう、元気よく言った。


「じゃあミルちゃん、行こっか」


 リンカはミルに言うと、ミルは頷いた。


「お母さん、またね」


 ミルが母親に手を振ると、2人は荷物を持った。


「は~い。リンカさん、ミルちゃんをよろしくね~」


 ミルの母親はリンカ達に手を振る。


「ありがとうございました~!」


 そう言って2人は店を後にした。


 ミルの母は最後まで2人に手を振っていた。


「ごめんね。あんなことになるなんて」


 帰りのバスの中でミルはリンカに謝罪した。


「私は全然大丈夫だよ。それに前世の記憶が見られてなんだかよかった気がする。なんだか幸せそうだったもん」


「そっか。辛い記憶じゃなくてよかったね」


「うん」


 リンカは店で買ったメリケンサックを眺めながら前世の記憶を反芻した。


 2人はバスの中から沈んでいく夕日を眺めた。


 学園に帰ると、明日から授業が始まってしまうせいか辺りはお祭り騒ぎだった。


 出店や人通りの数は前日より明らかに増え、さらには学園の奥の方で花火が打ち上がっている。


 人混みのせいで寮に帰るのも一苦労しそうだ。


「大賑わいだね」


「リンカちゃんせっかくだし何か食べる?」


 ミルはいつの間にか買っていたわたあめを食べながらリンカに聞いてきた。


「じゃあ~、ホットドック食べようかな」


「よし、買おう」


 リンカとミルは早速ホットドックの出店に向かった。


「結構並んでるね~」


 出店はかなり混んでおり、かなり時間がかかりそうだ。


 2人が列に並んでしばらく待っていると、今朝出会った3人組がぞろぞろと歩きながら2人の元に近づいて来た。


「あらあら、ごきげんよう。今朝はお世話になりましたわね」


「えーと、エリオさん。こんばんは!」


 リンカが言った。


「リンカさんと、ミルさんだったわね」


「そうだよー」


 ミルはわたあめを食べながら手を挙げて答えた。


「今朝はひじょ~にお世話になったので、あれからあなたのことを色々と調べさせてもらったの。リンカさん」


 エリオがリンカに向かって挑戦的に言った。


「私?」


「ええ。あんな人間離れした技を見せられては気になってもしょうがないでしょう?」


「うーん。確かに」


 ミルは納得の表情を浮かべた。


「何を調べたんですか?」


「それはもう、色々とよ。あなた、アウトサイド出身なんですってね」


 エリオはニヤニヤと笑みを浮かべながら言った。


「そうですけど」


 エリオの両脇に居るペギーとロージーがクスクスと笑う。


「そんなに堂々と言われるとこっちも面白くないですね。もっとたじろいで貰わないと」


「私はアウトサイド出身だってことを恥だとは思ってないですから」


「あらそう。でも、そう言っていられるのは今のうちですわよ。それに、ミルさん。あなたについても調べましたのよ」


「ほんとー?」


「お母様と2人暮らしでなかなか貧しい暮らしをなさっていたみたいじゃないですか」


「よく知ってるね」


「私からあなた方にはっきり申し上げておきますわ。この学園は高貴な貴族や、内に秘める才能を認められた一握りの優秀な人間が通う場所。残念ですが、あなた方のような人間が来ていい場所じゃないですわ」


 エリオは2人を指さしながら言った。


「それで、私たちにどうしろって言うんですか?」


 リンカは少し怒った様子だ。


「痛い目を見る前にこの学園から立ち去りなさい。どうしても残りたいっていうのならば、それ相応の覚悟をしてもらうことになりますわ」


「私は何を言われようと帰る気なんてないですから。ミルちゃんの事だって私が守ります。手出しはさせません」


「あらそうですか。ま、好きになさってくださいな」


 3人組はそのままおーほっほっほと高笑いをしながらリンカ達の元を去って行った。


「ほら、ホットドック。買えたよ」


 ミルはいつの間にかホットドックを購入してきたようだ。


「ありがとう。ってお金は?」


「私のおごりだよ。今日は助けてもらったからね~」


「ありがとう!!」


「でもなんだか嫌な人に目をつけられちゃったね。寮に戻って食べる?」


「うん。そうしよ」


 2人はホットドッグを持ったままなんとか人混みをかき分けて、寮へと続く道へと戻った。


 活気あふれる出店通りと違い、こちらの道は静かで空気もいくらか冷たい。


 彼女達はそんな帰り道をエリオの文句を言いながら歩いた。


「エリオさんってなんであんなに偉そうなのかなー! 王様のつもりかな!」


 リンカは少しずつエリオ達に対して腹が立ってきていた。


「まあ、一応王族の人間だからね~」


「で、でも~! それでも偉そうだよ! ミルちゃんは何とも思わないの?」


「うーん。私はあんまり気にしてないよ?」


 ミルは表情1つ変えずに言った。


「そ、そうなんだ……。強いなあ」


 そんな話をしていると、ふと近くに生えている木がリンカの目に留まった。


 その傍に誰かが立っているのが見えたのだ。


「あれ……?」


 リンカはその光景に違和感を覚えた。


 彼女達の居る場所は、歩道こそ街灯で照らされていたものの、木々が生えている辺りには明かりは一切無く、ほとんど真っ暗だった。


 そんな状況で1人きりでじっと立っている様子は、明らかに不自然だった。


「あれってなんだか変じゃない?」


「うん。すごく変」


 2人はその様子を注意深く観察しながら歩みを進めた。


 近づくにつれてその人物の正体が次第に分かってきた。


 それは学園の制服を着た少女で、立っているのではなく宙に浮いていた。


「浮いてる……?」


 何かおかしなことが起きている。


 それは確実だった。


 2人は嫌な予感がして、駆け足でその少女に近づいた。


 そして、目の前で見ることでようやく何が起きているかを理解した。


 その少女は胸のあたりから血を流して死んでいたのだ。


「キャーーーー!!」


 リンカは思わず悲鳴を上げて叫んだ。


「こ、殺されてる!」

 

 リンカは少女の死体を見たショックでその場にしゃがんでしまった。


「リンカちゃん」


 ミルはそんなリンカの肩にそっと手を添えた。


 リンカの悲鳴を聞いて、何事か気になった生徒達がぞろぞろと集まってきた。


 野次馬たちの騒ぎ声で辺りはどんどん騒がしくなっていった。


 彼らは押し合いへし合いで宙に浮かぶ少女の遺体を眺めた。


「お、おい! 動いてるぞ!!」


 野次馬の中から1人の男が言った。


 確かに少女の体が動き始めていた。


 その動きはどんどん激しくなっていく。


 少女はぐわんぐわんと体を捻らせ苦しそうに蠢いた後、口を開いておぞましい声で話し始めた。


「サイファーが蘇った……。サイファーが蘇った……。サイファーが蘇った……。ア~ハッハッハッハッハッハ!!」


 不気味な笑い声と共に少女の動きは止まった。あれだけ騒いでいた生徒達も怯えて声も出せず、辺りはしんと静まり返った。


「リンカ!」


 ショックでしゃがみ込んだリンカの元に駆け寄って来たのはビビエルだった。


「大丈夫? 怪我はない?」


「は、はい。私はなんとも、ないです……」

 

 リンカはそう言ったが明らかに動揺した様子で呼吸が乱れていた。


 彼女の脳裏にはあの日死んだハヤトの兄の姿が浮かび上がっていた。


 リンカが敗北したあの日、もう2度と負けないと誓ったあの日の記憶が鮮明に蘇ってきて、恐怖の感情に支配された。

 

 ビビエルは宙に浮く遺体を観察しながら誰かに連絡をしていた。おそらく相手は姉のニーナだろう。


「生徒会室から学園生徒に連絡する。学内で事件が発生した。学園の生徒はすぐに寮に戻ってそのまま待機して。明日の午前9時までの外出を禁止する。事件の目撃者や関係者は生徒会の指示に従って。以上」


 そんなニーナの声が学園中のスピーカーから流れる。


「みんな止まらないで! 早く寮に戻って! お祭りは中止です! 寮に帰ってください!」


 生徒会のメンバーであろう腕章をつけた生徒が野次馬達を寮へと誘導し始めた。


「あなた達が第一発見者ね? 私は風紀委員長のベッキー・マッカラム。詳しく話を聞かせてもらえるかしら?」


 髪を1つ結びしてメガネを掛けた生徒会の少女がリンカ達に話しかけて来た。


「うーん、私たちが来た時には彼女死んでたから、よく分からないな」


 ミルが動揺したリンカを落ち着かせながら答えた。


「彼女の遺体が浮かんでいた事以外に何か変わったことはなかった? 誰かを見たとか」


「誰も見てないよ。リンカちゃんは?」


 リンカはその問いかけに対して首を横に振った。

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