第17話 世界一の魔術ショップ、ミセスマジック。お香。
リンカはミルの言葉に少し安心し、ようやくメニューを開いて何を食べようかと考え始めた。
そんな彼女の元にスーッと音も立てずに老婆の店員が再び戻ってきた。
どうしたのかとリンカが彼女を見つめていると、その店員はテーブルに近づいて来て、熱々の湯気が昇るオムライスをリンカの前に差し出した。
「こちら、当店自慢のオムライスでございます」
「えっ! まだ頼んでないのに……?」
「ここってメニューオムライスしかないからね」
リンカがメニューをよく見てみると、見開き2ページに渡ってオムライスとだけでかでかと書かれていた。
「何のためのメニュー!? で、でも……すっごいおいしそう!!」
出されたオムライスはこんもりと盛られたチキンライスの上に今にも溶けてしまいそうなふわふわの卵が乗っており、ゆらゆらと暖かそうな湯気を出していた。
卵のいい香りがテーブルの周りを包んでいく。
店員はミルの分もオムライスを差し出すと、再びスーッと音を立てず消えていった。
「でしょ? ここは穴場なんだから」
ミルは満足げに言う。
「じゃあ、さっそく……いただきますっ!」
リンカはスプーンでオムライスをすくって1口食べた。
その瞬間、リンカの口の中に卵の香りが一気に広がった。
チキンライスの甘みと酸味、そしてそれを包むふわふわの卵が見事なハーモニーを奏でる、彼女は今まで食べたことのないおいしさだった。
リンカはその1口目をしばらく噛み締めながらも、噛めば噛むほど表情がとろけていった。
「お……おいひぃいい……」
ため息と共にそう呟いた彼女は、スプーンを運び、2口目に挑戦する。
するとあまりのおいしさに手が止まらず、リンカのスプーンを動かすスピードはどんどん速くなっていった。
彼女はミルや彼女たちを見つめる店員達の存在も忘れ、ひたすらにオムライスと向き合ってその味を堪能した。
それはリンカにとって初めての体験だった。
一気に最後まで平らげてしまったリンカはスプーンをゆっくり置いて、口に付いたケチャップを拭いた所でようやく現実に戻ってきた。
「どうだった? リンカちゃん」
ミルがリンカに聞いた。
「私、こんなおいしいもの食べたの初めてだ……」
リンカは半分放心状態で答える。
「やっぱり、おいしいよね。ここのオムライス」
「おいしいなんてもんじゃないよ!! こんなすごい所に連れてきてくれて、ありがとう!!」
リンカはミルの手を握って感謝の気持ちを伝えた。
「よろこんでくれてよかった。来た甲斐があったね」
「でもこんなおいしいお店よく知ってたね」
「私って卵には目がなくて、いろんな店を食べ歩いたんだ」
「そうなんだー!」
「ここだけの話、将来は雄鶏と結婚して、自分で卵を産もうと思ってるくらいなんだ」
ミルはリンカに顔を近づけ、小声で言った。
「それはたぶん無理だと思うけど……」
リンカ達に続いてミルも食事を終えると、彼女達は店を後にした。店を出ていくリンカ達を見て、大釜を混ぜていた店員たちもにこやかに手を振ってくれた。
「いい店だったね。多分みんな何か勘違いして近づかないんだろうな」
リンカは1人納得しながら頷いた。
「次はさっそく買い物だよね?」
ミルが聞いた。
「うん。これが生徒会長のニーナさんに貰った必要な物リストなんだけど」
リンカはミルにリストを見せた。
「教科書は授業が始まってもしばらく使わないから大丈夫。それに、学園に行けば上級生にもらえることが多いんだって。これ、お母さんから聞いた豆知識なんだ」
「そうなんだ! それは助かるかも」
「だから、必須なのは魔術の道具だね」
「魔術の道具?」
「私の指輪みたいなものだよ。指輪を使ってる人が多いけど、杖とか剣とか魔術を使う為の道具は色々あるんだよ」
「そうなんだ! 勉強になるなぁ」
「だから、私が一番おすすめする魔術道具の専門店に連れてってあげるよ」
「お願いしますっ」
リンカはミルの後を人混みの中ついて行く。かなり人が密集しており、一度はぐれたら見失ってしまいそうだ。
「こっちだよ」
ミルに手を引かれ、横道にそれて裏のトンネルに入ると途端に人通りが減った。
表のトンネルと比べると看板がボロボロで古い店が多く、明かりも少ないためかなり薄暗い。
そんな暗い道をひたすら奥まで進んだところに目的地はあった。
古びた木製の看板には『世界一の魔術ショップ ミセス・マジック』とだけ書かれている。
看板を照らすライトは切れかかっていて、チカチカと点滅している。
入り口には暖簾が掛かっており、中には店員が1人だけいるようだ。
2人は暖簾をくぐって中に入った。
「いらっしゃい」
まさにリンカが想像していた通りに、店の棚には指輪や杖などの魔術の品がいくつも並べられていた。
店内にはお香のような匂いが漂っている。
古びた木のカウンターの向こう側には綺麗な女性が座り、俯いてうたた寝をしていた。
「ただいま、お母さん」
ミルがそう言うと、女性は顔を上げた。
「あらぁ~、ミルちゃん帰ってきたの~? 言ってくれたらよかったのに~」
女性はにこやかな表情で言った。
「え!? お母さん?」
リンカは驚いた。その女性はミルの母親らしい。
「うん、友達を連れてきたよ」
ミルに紹介されリンカは頭を下げた。
「木崎リンカです。こんにちは!」
「あらまぁ! ミルちゃんにこんなに早くお友達ができるなんて! ありがとうねぇ。ちょっと待っててね今お菓子用意するから」
「あ! お気遣いなく!! こちらこそありがとうございます」
「こんな所じゃなんだから、中に入って入って~?」
リンカたちはミルの母親に店の奥へと案内された。
「いいのかな……? ありがとうございます」
リンカ達はミルの母親に導かれるがまま、奥へと進んでいく。
「おすすめのお店ってお母さんのお店だったんだね。ミルちゃんはここに住んでたの?」
リンカがミルに聞いた。
「そうだよ。5歳の時からずっと」
「いいお家だね」
「えー、お香くさいよ~?」
店の奥は生活スペースになっており、机に座ったリンカにミルの母がお茶とお菓子を出してくれた。
「ミルのお母さん、ありがとうございますっ! いただきます!!」
リンカは早速お菓子をパクパクと食べ始めた。
「いやあ、ミルが友達を連れて来るなんて初めてだからね。慣れてなくてごめんね~」
「そんな、気にしないでください。私も友達の家に来るなんて初めてで、ちょっと緊張してますっ……」
リンカはそう言いながらもお菓子を食べる手は止めなかった。
「でも2人はどうして知り合ったの?」
「うーん、話すと長いんですが……。でも、実はまだ今日知り合ったばっかりなんです」
「でももうシャワーを借りるような仲なんだ」
「あらぁ! リンカさん、本当にありがとう。ミルと仲良くしてあげてね。この子は少し変わってるけど、いい子だから……」
ミルの母はリンカの手を握って真剣な表情で言った。
「は、はいっ。任せてください!」
「お母さん、今日はリンカちゃんが学園で使う魔術の道具を選びに来たんだ。おすすめをリンカちゃんに見せてあげて」
「あら! お客さんでもあったのね。これは失礼~」
ミルの母は鼻歌を歌いながら上機嫌で店の方に戻って行く。
「私のお母さんは、お客さんにぴったりの道具を選ぶ天才なんだ」
ミルは言った。
「ぱっとリンカさんを見た感じで選んだんだけどいいかな~?」
戻ってきたミルの母はいくつか商品を持ってきてリンカに見せてくれた。
「ありがとうございますっ!!」
「私からすると、リンカさんは一見かわいらしい感じだけど、心の中には強い芯みたいなものがある人だと思うのね~」
「うん、そうかも」
ミルが言った。
「だから、この指輪はどうかな。大昔に王様だった人も使ってたものなんだけど、リンカさんにも合うと思うわ~」
そう言ってミルの母はリンカに指輪を渡してきた。銀でできたリングに黄色の宝石がはめ込まれており、リングには細かい模様が刻まれている。
リンカが指輪をはめると、宝石が一瞬だけふわりと光った。
「ど、どうですか……?」
ミルの母に見せたが、彼女はあまり納得が言っていないようだ。
「うーん。これはちょっと違ったかも~」
「じゃあ、いくつか見せるからリンカさんがビビッと来たものを教えてくれる? ほんとにフィーリングでいいからね。ビビビッて感じで!」
ミルの母は再び店の方へと戻って商品を追加で持ってきて、机の上に並べて順番に見せてきた。
「これは~?」
「うーん」
「これはどうかな?」
「よく分かんないです……」
「じゃあ~、こっち!」
「う、うーん」
「ここにあるものどれも違うかな?」
リンカは机の上に並べた数々の品を一通り見たが、特にピンとくるものはなかった。
「すみません。こんなに用意してもらったのに……。その~、ビビッていうのがまだあまり分かってなくて……」
「そうだね~……。あ、そうだ! とっておきのものがあるんだけど。ちょっと待っててね~」
「そんなに気負わずに、単純にリンカちゃんの好みでいいんだよー」
ミルはリンカを励ました。
「じゃじゃーん。これなんだけどどうかな~」
ミルの母が持ってきてくれたのは、銀色のメリケンサックだった。
メリケンサックにしてはかなり大型で、持ち手の部分に宝石をはめ込む穴が開いており、そこにはピンク色の宝石がはめ込まれていた。
「すごい! メリケンサックだ~」
ミルが珍しく興奮していた。
「わたし! これがいいかもしれないです!」
リンカはメリケンサックを手に取って、念入りに眺めた。
本体は大きいものの、形自体はかなりシンプルで、全体に魔法陣のような装飾が施されている。
リンカが手にもって握ってみると、先ほどの指輪をはめた時よりも宝石が強く光った。
「うんうん。リンカさんに合いそうだと思ったの~」
「わたし、これにします!」
「やったね! けって~い」
リンカはそのままメリケンサックを購入した。
「そうだ! お母さんはね、人の前世の記憶を蘇らせることができるっていう特技もあるんだ~。せっかくだからリンカちゃんもやってもらったら?」
「前世の記憶……? 興味あるかも!」
「リンカちゃんの前の人生が見れるかもしれないね~」
「ミルちゃんの前世はなんだったの?」
「私は蝶だよ~」
ミルはパタパタ~と言いながら部屋の奥へと進んでいった。
「お母さん、リンカちゃんの前世を見せてあげてよ」
ミルは母親に言った。
「あら、前世に興味があるのね~」
「なんだか分かんないけど、興味あります!」
「初めてだったらちょっとびっくりしちゃうかもしれないけど大丈夫?」
「やってみたいです!」
「じゃあ、こっちに来て~」
リンカはミルの母に連れられ、部屋の奥へと進んだ。
リンカ達がやってきた部屋は他の部屋とは大きく雰囲気が異なり、ベッドが1台置いてあるだけのシンプルな部屋だった。
「この部屋は前世を見るのに色々と邪魔にならないように最低限のものしか置いてないんだ。たまにお母さんがお客さんに前世を見せてあげたりしてるから」
「じゃあ、リンカさん~横たわって~」
リンカは言われた通りベッドに横たわり、目を閉じた。
リンカの周りでロウソクに火をつける音が聞こえた。
「深呼吸して息を整えてね~」
ミルに言われた通りリンカは深呼吸する。
「よ~し。準備は良いかな? じゃあ、早速始めるわね~」
ミルの母がそう言うと、部屋の明かりが消え、ロウソクの灯りだけになった。
暗い部屋の中でロウソクの小さな光がゆらゆらと揺れる。
「大丈夫だよ。緊張しなくても」
ミルはリンカの傍で小さな声で言った。
リンカは小さく頷く。
「じゃあリンカさん、想像して~。目の前に大きな大きな扉があるの。今リンカさんが立っている場所が現世だとすると、その扉の向こうに前世の世界が広がってるの」
リンカは深く息を吐いて目を瞑った。
目の前に光り輝く大きな扉。その扉は少し開きかかっていて、今にも向こうが見えそうだ。
「そのドアをゆっくり、ゆっくりと押して開いてみて~」
リンカは言われた通り、扉をゆっくりと押した。扉の隙間は広がっていき、光の中に向こうの世界が少しずつ見えて来た。
「リンカちゃん、何が見える?」
ミルが聞いた。
だが光が強すぎてまだ扉の向こうははっきりとは見えない。
「何も……」
リンカは答えた。
「大丈夫。リラックスして~。深呼吸深呼吸」
ミルの母はそう言いながらリンカの頭に手を置いた。
リンカは再び深呼吸する。
すると扉の向こうの光がゆらゆらと揺れ動く。
ぼんやりと何かが浮かんでくる。
「女の子……。女の子が見えます」
リンカが呟いた。
「そうだね~。それが前世のあなただね~」
そしてぼんやりと見えていた少女の姿は次第に明瞭になっていく。
「私と……似てる。私より髪が長くて、カールがかかっていて、眼鏡をかけてる。多分、両親と一緒に車に乗ってる……?」
「もっと、ゆっくーりゆっくり、扉を開いてね~。怖がらないで~」
リンカはさらに扉をゆっくりと押していく。
向こうの世界がより鮮明に見えるようになって来た。
もっと見たいと思いリンカは足を一歩踏み出し、扉の中に入ろうとした。
その瞬間、何かが強くリンカの腕を掴んだ。
「うわっ!!」
現実のリンカも横たわったままビクッと体を動かす。
「リンカちゃんっ? 大丈夫?」
ミルは聞いた。
リンカは掴まれた腕を振り払おうとしたが、どうあがいても離れない。
そして、リンカはそのまま扉の向こう側の世界へと引き摺り込まれてしまった。
「リンカちゃん? リンカちゃん!」
ミルと彼女の母が何度も問いかけても返事をしない。
リンカの意識はすでに遠のき、前世の記憶の中に沈んでいった。




