第16話 行ってみよう、魔術師の街。リンカとミルとオムライス。
ミルはシャワーを浴びてリンカの制服を借りた。
「ありがとう、リンカちゃん。もうピッカピカだよ」
ミルは制服姿をリンカに披露し、一回転して見せる。
「でも制服しかなくてごめんね。私、洋服って全然持ってなくて……」
「気にしないで。でも、この道着を着たかったな」
「な、なんで?」
「だってこれすっごいかわいいよ?」
ハンガーにかかったリンカのボロボロの道着を見ながら目を輝かせて言った。
「そ、そうかな……? かわいいとは思わないけど……」
「そういえばリンカちゃん、木崎源十郎の娘って本当?」
ミルは目を輝かせてリンカに聞いた。
「そうだよ。おじいちゃんってやっぱりここでは有名人なんだね」
「だって救世主だもん。すごいよ。でも娘なのにおじいちゃんって呼んでるの?」
「うーん。ずっとおじいちゃんだと思ってたんだけどね、お父さんだったっていうのを知ったのはつい昨日のこと」
「ふふふ。複雑だね」
「そう、複雑なんだ」
リンカはふとあることを思い出した。
「あ! 私買い物に行かなきゃいけなかったんだ」
「あ、授業に使う道具とかだよね? それだったら一緒に行こ? 私が案内してあげるから」
「ほんと!? ミルさんって買い物よく行くの?」
「うん。よく行くよ」
「よかった! どこに行けばいいか分からなくて彷徨ってる所だったんだ」
「そっか。だったら善は急げだよ。早速出発しよう。レッツゴー、ひろみゴー」
「ひろみゴー!」
2人は学園を出てすぐ傍のバス停でバスを待った。
学園の周りに植えられた桜の木は花びらを目一杯開き、その花びら一枚一枚が風に乗ってリンカ達の元へと飛んでいく。
「お花綺麗だね! アウトサイドにはこんなの咲いてなかったな」
リンカは風に舞う花びらを見て言った。
「これは桜っていうんだよ。占いでよく使うんだ。花びら1枚1枚に精霊が宿ってるって言われてるから。毎年春になるとこうやって綺麗な花が咲くの」
「占い好きなんだね!」
「そうだよ。私、占いを学ぶために学園に来たんだ。将来は立派な占い師になるんだよ」
「すごい! どうして占い師になろうと思ったの?」
「もちろん貴族に憧れてるからだよ。有名な占い師になれば、名家に雇ってもらえて貴族になれるんだ」
「貴族?」
「うん。そうだよ。私、一度はあのセリフを言ってみたかったから。『ですわよ』ってやつ」
ミルは指を立てて言った。
「ですわよくらい言ってもいいんじゃないの?」
「ダメだよー。貴族が言わないと品が出ないでしょ? 品って大事なんだから」
「そうなのかな……?」
「でも、リンカちゃんはどうして学園に来たの?」
「私は魔術を学んで、魔術師にも負けない最強の格闘家になる為に来たんだっ」
「そうなんだ、なんか熱いね」
「あはは……そうかな」
「そういえば私、リンカちゃんって呼んじゃってるけど大丈夫かな?」
「もちろんだよっ! 私も……ミルちゃんって呼んでも大丈夫?」
「私はミルでいいよ」
「ミル……。やっぱり急に呼び捨てはちょっと恥ずかしいな……」
「そっか。好きなように呼んでいいよ。あ、もうバスが来たみたいだよ」
ミルが指をさす方向を見ると、確かに大きな乗り物がこちらに向かって来ていた。
アウトサイド出身のリンカとしては不思議な乗り物だった。アウトサイドで見かける車は旧型のものが多く、タイヤを回転させて進むものが主流だった。
しかし、やって来たバスはタイヤは付いておらず、なんと宙に浮いたまま移動している。
「このバスが浮いてるのって魔法?」
リンカは聞いた。
「うーん。多分違うと思うな。これは科学の力だね。すげー」
バスが2人の目の前に止まり、ひとりでに扉が開いた。
「誰も乗ってないよ? 運転手さんは?」
「このバスは自動運転かな。でも、ちゃんとシートベルトは締めないとね」
リンカは言われるがままに席に座り、シートベルトを締めた。その瞬間、バスが突然スピードを上げて走り始めた。
リンカ達はその勢いでグッと座席の背もたれに体が押し付けられた。
「すぐ走り始めるんだね、すごい」
「このバスはせっかちな性格なのかも」
「バスにも性格とかあるの?」
「もちろんあるよ。AIだからね。例えば、恥ずかしがり屋さんのバスは堂々と走れないから後ろ向きで走るんだ。それでたまに事故が起きるんだけどね」
「ちょ、ちょっと怖くなってきたよ……」
2人を乗せたバスは学園を囲む森の中を通り抜け、街に出た。
「昨日も見たけど、やっぱりすごい街並みだなあ」
高層ビルが立ち並ぶ光景にリンカは見とれている。
「今から行くのは109地区って言ってセントラルシティ一の繁華街だよ」
ミルの言う通りバスが進むにつれ、周りに車や人の通りが次第に増えてきた。
「せっかくだから一緒にお昼ご飯食べようよ。リンカちゃん苦手なものってある?」
「特にないかなあ。おじいちゃんからいつもなんでも食べなさいって言われてたからね。ミルちゃんは何かあるの?」
「うーん。フライパンは食べられないよ。パンはパンでも」
「うーむ。そりゃそうだ」
バスは渋滞を通り抜け、両側にショッピングビルが立ち並ぶ通りにたどり着いた。通りに面したバス停の前でバスは止まった。
「お金はいくらかかるのかな」
「大丈夫だよ。学園の生徒なら無料だから」
そんな事を言いながら2人はバスを降り、大きなビルを見上げた。
「すごいなあ……。私こんなに近くでビルを見たのは初めてだよ。いつも遠くから眺めてたから」
「じゃあ、じっくり見る……? 私、ランチ食べながら待ってるから大丈夫だよ?」
「いや一緒に食べようよ! そんなにビル見るつもりもないし!!」
「そうなの? じゃあ、オムライス食べに行こう」
「やった! 私、オムライスって初めて食べる」
「魔術師御用達の良いお店があるんだよ。ついて来て」
リンカは言われた通り、ミルについて行った。
「あったあった」
ミルが見つけたのは道端にある公衆電話のような四角い箱。だが外からは中が見えず特に何の表示もない為、一体何の箱なのか分からない。
ミルはその箱の扉を開けてリンカをその中に誘った。
「これっていろんな所にあったけど、なんなの?」
リンカの質問にミルは答えない。
「ふふふ。入ってみてのお楽しみだよ」
リンカはミルに続いて箱の中に入って扉を閉めた。
中は特に何があるわけでもなく、本当にただの箱のようだ。
「どういうこと?」
「まあ見てて」
ミルはどこからか指輪を取り出し指にはめると、箱の壁に手をかざした。すると指輪に埋め込まれていた宝石が光り、ガタンという音と共に箱が動きだした。
「それって魔法の指輪?」
「そう。魔法だよ」
ミルは嬉しそうに笑顔を見せる。
箱はしばらく動き続けた。リンカの体感からして、どうやら地下に向かっているようだ。
「これは魔法のエレベーターなんだ」
ミルがそう言うと、箱の動きが止まった。
「ドア、開けてみて」
言われた通りリンカが扉を開けるとこれまた見たことのない世界がリンカの前に広がっていた。
大きなトンネルのような穴がかなり遠くまで続いており、壁には様々な店の看板が掛かっている。
元々あったトンネルの壁に穴を開け、その空間を店にしてしまっているようだ。
トンネル内はかなりの人数の人で溢れかえり、時々その上を物凄いスピードで箒に乗った魔法使いが通り過ぎていく。
「ここは……?」
「ここは魔術師の街だよ」
「どういうこと……」
「魔術に関する道具はだいたいここで揃えるんだ~」
「でもなんでこんなところに……」
「魔術師はみんなタネを隠したがるから。一般人が簡単に入れないように隠れてるんだよ」
確かに辺りの店を見ると、見たこともないような道具を売っている店ばかりだ。
店先では客が道具を試して炎が上がったり、体が浮かび上がったりと普通では考えられない光景ばかりだ。
「今日はびっくりすることばかりだなあ」
「大昔、この辺りは列車が通る場所だったらしいよ。チカテツって言ってね」
「へえ……ここを列車が……。でもこんなところにオムライスのお店がほんとにあるの? 魔術師のお店ばかりみたいだけど」
「あるよ。そこに」
「え!?」
ミルが指さした先には確かにオムライスの形をしたキャッチーな看板が掲げられており、そこにはオムライスのむらいという文字が書かれていた。
「でもあそこに完全予約制って書いてあるよ」
「大丈夫だよ。今から予約するから」
ミルはそう言って携帯電話を取り出して何やら話し始めた。
「うん。10秒後の予約を取っておいたよ」
「はやっ!」
2人は人混みをかき分け、店へと近づいていく。
近づく程によく見えてくる外観は実に不気味なものだった。
その店はトンネルのコンクリートの壁に小さな扉が1つ付けられているだけで他に店の要素が見当たらない。
周りの他の店は、壁に穴を開けたり、窓を付けたりして店内が見えるような設計になっているがこの店は外からは中の様子が全く見えない。
本当に扉の向こうに店があるのかも疑ってしまうほどだ。
その壁に太い釘で打ち付けられた看板だけがその店の存在を示していた。
看板こそオムライスの形でキャッチーに作られていたが、近づいてよく見ると、その文字は何かドロドロの液体で書かれており、ぽたぽたと汁が滴り落ちていた。
リンカ達はそんな店の前まで辿り着いた。
「ほ、本当にここってお店なの……?」
リンカはミルに問いかけたが、ミルは躊躇なく中に入って行ってしまう。
リンカも彼女の後に続いて中に入るしかなかった。
その扉は異常に小さく、扉と言うよりは小窓で、小柄なリンカでもかなり屈んで入らなければ通れない程だ。
何とか扉を通り抜けたリンカが顔を上げると、すぐ目の前に不気味な笑みを浮かべた老婆が立っていた。
「いらっしゃい」
店内は思った以上に広かった。
余裕のあるスペースにいくつものテーブルが立ち並ぶ広々とした雰囲気だ。
壁際にはまるで魔女が使っていそうな大釜がいくつも並べられており、その大釜それぞれに店員が付いて不気味な笑みを浮かべながら何かをぐつぐつと煮込んでいた。
店内には客らしき人間は全くおらず、席はどこも空っぽだった。
「お名前は?」
出迎えてくれた老婆の店員がリンカ達に聞いた。
「ミル・クリスタルです」
ミルの名を聞いて、その店員は持っていた手帳をペラペラと1枚1枚、ゆっくりめくっていった。
ミルの名前を予約表から探しているのだろう。
だがその動きがあまりにゆっくりで彼女たちはその場でしばらく待たされることになった。
リンカは老婆のそのゆっくりな動きに、段々じれったくなっていったが、ミルは表情1つ変えず、ただじっとその様子を見つめていた。
ようやく最後のページまでたどり着いた老婆は手帳にミルの名前を見つけると、2人に笑顔で会釈し、席まで案内された。
「メニューはこちらになります。ごゆっくり」
店員はメニューを渡すとスッと奥に消えていった。
リンカ達は店の中心に位置する席に2人で座った。
周りに客が全く居ないせいで、壁際で大釜を混ぜる数人の店員にじっと見つめられる。
「ほ、本当にここ大丈夫なの……? 私たち食べられたりしないよね!?」
リンカは大釜をまわす店員と一瞬目が合って、慌ててメニューで顔を隠した。
「大丈夫だよ。私何回も来てるから。ここのオムライスは本当においしいんだから」
「な、ならよかったよ」




