第13話 リンカの祖父はなぜ死んだのか。あと、フランクフルトは本当においしいのか。
「……」
ニーナは黙って答えない。
「おじいちゃんが亡くなった日、本当は久しぶりに武術の稽古をつけてくれるはずだったんです。でも、結局仕事に出たまま帰ってこなかった。代わりに綺麗なお姉さんがやってきておじいちゃんが亡くなったことを伝えてくれました。でもなぜ亡くなったのか分からなくて……。実はそのお姉さん、この学校の制服を着ていたんです。だから、もしかしてニーナさんは何か知ってるんじゃないですか?」
リンカのその質問を聞くとニーナは足を止めた。
リンカも足を止め、ニーナを見た。
するとニーナは言った。
「ここでは話せない。部屋に着いたら話す」
ニーナは再びそそくさと歩き始めると2階へと続く階段を上がって行った。
ぼうっと立ち尽くしていたリンカも遅れまいと慌てて階段を駆け上がる。
2階の一番奥の部屋がニーナの部屋、生徒会長室だった。
生徒会長室ということだけあり、他の部屋とは段違いに扉が大きい。
ニーナがドア付近のモニターに手をかざすと、扉がひとりでに開いた。
部屋の中はかなり広く、リンカの家の倍以上の広さはありそうだ。レトロな木の作りで高い天井にはシャンデリアが吊るされ、高級感漂う雰囲気だ。
ニーナは部屋の奥に置かれていた背もたれの大きな革の椅子に座った。ニーナの背が低いせいで机から顔を少しだけ出す形になっている。
「座って」
ニーナに言われ、リンカもニーナの正面に座った。
2人はしばらく黙ったまま見つめ合った。
ニーナは口を開かずじっとリンカの事を見つめ、リンカは沈黙の気まずさに少しずつ動揺し始めた。
「あ、あのう……」
リンカは思わず口を開いた。
「おじいちゃんのこと、教えてくれるんですよね?」
リンカが聞くとニーナは静かに頷くと、口を開いた。
「あなたの祖父の死を伝えに行ったのはこの学園にいた人間で間違いない。彼女は以前の生徒会長」
「や、やっぱりそうだったんですね……。でもなんで学園の生徒会長が私のおじいちゃんと?」
「彼女はシナプスという組織の当時のリーダーだった。だから彼女があなたの祖父の死を伝えに行った」
「シナプスって?」
「シナプスは元々はサイファーを倒すため約20年前に当時の王女だったジェーン・ブラックウォールによって創設された組織。あなたの祖父もそのメンバーだった」
「でも、20年前にサイファーは倒したんですよね?」
「確かにサイファーは20年前に死んだ。でも、数年前に蘇った」
「蘇った?」
「正確には誰かがサイファーの名を語って再び活動を行うようになった、と我々は考えている。シナプスは彼を追い、被害を防ごうと戦った。そして……」
「まさか……。そんな……」
「そう。あなたの祖父はサイファーに殺された」
ニーナは淡々と言った。
「殺されたなんて……。し、信じられません! 何かの間違いです! あんなに強いおじいちゃんが負けるはずありませんから!」
リンカは思わず立ち上がって言った。
だがニーナは小さく首を振った。
「サイファーはそれ以上に強い。だから大勢が殺された。あなたの祖父だけでは無く、彼の死をあなたに伝えに行った彼女もサイファーに殺された」
「そ……そんな……」
リンカは落胆して椅子に座り込んで顔を手で覆った。
「あなたをこの学園に入れることはあなたの祖父の遺言でもあった。だからそれを果たすために私はあなたを迎えに行った」
「おじいちゃん……」
リンカの脳裏には祖父との思い出が浮かんできた。毎日怒られながらも稽古をしたこと。一緒に山で狩猟や魚釣りをしたこと。稽古が嫌になって喧嘩して家出したリンカを迎えに来てくれたこと。そして、ハヤトを暖かく迎え入れてくれた日のこと。
もっと一緒に居たかった。そう思うと彼女の目から涙が溢れてきた。
「あなたの祖父が亡くなる直前に残した手紙を預かっている。あなたが学園に来た時に渡すよう言われていた」
ニーナはリンカに一通の便箋を手渡した。
「ありがとう……ニーナさん」
リンカは涙をぬぐって手紙を受け取った。
「ここにサインすればあなたは無事にこの学園の生徒になる」
ニーナが1枚の紙を差し出した。
「ただ」
ニーナは続けた。
「1つだけ私からの要望がある」
「なんですか?」
「私達シナプスに協力してほしい。木崎源十郎の武術を継いだあなたならきっと戦力になる」
「でも私は……」
リンカはすぐにはいとは言えなかった。今は祖父の死を受け止めるのが精一杯でそこまで考える余裕がなかったのだ。さらにその相手が祖父を殺した人間だというのならば尚更だ。
「あなたの気持ちも分かる。しばらく考えて」
「分かりました」
リンカはそう言って書類にサインをした。
「授業は明後日から。明日は自由にしてていい。そして、これが寮の鍵。ビビエルが案内してくれる」
リンカはニーナに鍵を渡された。
「いろいろとありがとうございました」
ニーナはリンカを見て一度だけこくんと頷いた。
「あと、最後にもう1つだけ」
部屋を後にしようとするリンカをニーナが引き止めた。
「あなたの体重は?」
「え?」
「体重を教えて」
「ちょっと今すぐには分からないですけど……」
「そう。なら平均体重で計算する」
「どういうことですか?」
「あなたを運んだバイクの燃料代を請求したい」
「あ、はいっ」
「あなたとの重さを16歳女子の平均体重である52キロと仮定して、私の体重との比率と今日の移動距離から計算した結果、あなたには992ウォール請求したい」
ニーナは電卓を打って計算して見せた。
「こ、細かっ!」
「じゃあ、これが請求書」
「は、はいっ!」
リンカはニーナから請求書を受け取り、ニーナにお金を払った。
「領収書は?」
「い、いや、大丈夫です……。じゃあ私はこれで、失礼します」
リンカはニーナに頭を下げて、部屋を出ていった。
カタンという扉が閉まる音を最後にその部屋には静寂が訪れた。
ニーナは椅子から立ち上がり、カーテンを閉めた。
そして机の上にあった黒電話を使って誰かに電話をかけ始めた。
「木崎源十郎の孫を学園に引き入れた。シナプスにも入るようアプローチするつもり」
彼女は電話相手に淡々と伝えた。
「ほう~。やるじゃないか。で、戦力にはなりそうなのかい?」
「彼女はかなり強い。木崎源十郎か、訓練次第ではもしくはそれを超える可能性もある」
「ふぅん、それはなかなか楽しみだ。やっぱり目をつけといて正解だったってことだな。あたしの目に間違いはない。また何か進捗あったら連絡くれよ。ニーナちゃん」
「了解」
最後にそういってニーナは電話を切った。
◇
生徒会室を出た後、廊下をとぼとぼ歩くリンカはため息をついた。
「おじいちゃん、私どうしたらいいの?」
祖父からの手紙に向かって問いかけるが答えは返ってこない。
リンカは重い足取りのまま建物を出た。
ニーナと2人の静かな空間から外に出ると、余計騒がしく聞こえた。
学園に来たときはその騒がしさが心地よかったはずが、今は何故か不快に感じる。
リンカはもう一度息を吐きだす。
「やっほー、リンカ遅かったね」
ビビエルが何やら食べ物をたくさん抱えて現れた。
「ほら、フランクフルト。あげる」
彼女はそう言って持っていたフランクフルトをリンカに差し出した。
「だ、大丈夫です」
「いいからいいから!」
リンカはビビエルにフランクフルトを半分無理やり押し付けられ、仕方なくリンカは一口かじった。
「……おいしい」
「そうでしょ! 何言われたか知らないけどさ、元気出しなよ~」
ビビエルは自分のフランクフルトを頬張りながら言った。
「え?」
「お姉ちゃんって何も考えずものを言っちゃうタイプだから気にしないであげて。あれでも一応思いやりは持ってる人だから」
「ニーナさんは悪くないんです。ただちょっとおじいちゃんのこと思い出してしまって……」
「今日はいろいろあったからね。寮に行って休んだらいいよ」
「はい、ありがとうございます」
通りに出ている出店は大賑わいで、皆浮かれ騒いでいる様子だ。
「今日って何かのお祭りなんですか?」
「学園の新学期が近いからね。みんな浮かれてるんだ。新学期が始まるまではこんな感じだよ」
「すごいなあ」
「そういえば連れていかれたクリスちゃんはどうなったんでしょう……」
「あ、それならきっと大丈夫! 気にしなくていいよ。お姉ちゃんが何とかしてくれるから。いま捜査中なんだって」
「そうですか……。少し安心しました……」
「大丈夫。なんてったって学園の生徒会長様だからね」
2人はしばらく歩いて通りの喧騒から離れ、学園の奥にある静かな通りにやってきた。
「これが全部寮なんだ」
通りに面して何軒も立ち並ぶ建物が全て学園の寮らしい。まるで1つの街だ。
「すっごいですね……」
「この国唯一の学校だからね。これぐらいはしないと」
「リンカの寮はD棟だね。ちょっと古いけど、いい人ばかりだよ」
ビビエルの言う通りD棟は他の建物に比べると色がくすんでおり、所々ひび割れや痛みが見受けられた。だが、アウトサイドの山小屋に住んでいたリンカには少しも気にならない。
「あの奥の綺麗な建物は何ですか?」
リンカは学園の一番奥にそびえたつ真っ白な宮殿のような建物を指さした。
「あれはA棟だね。あそこも寮なんだけど、値段が高いから入るのは大体お金持ちだね~」
「そうなんですね……」
リンカがぼうっとA棟のほうを眺めていると、ビビエルが手招きした。
「リンカ~? はやく~」
「リンカの部屋は202号室だからここだね。鍵は持ってるよね?」
ビビエルはリンカの部屋の前まで案内してくれた。
「はいっ。今日はありがとうございました」
リンカはペコリとお辞儀をする。
「気にしない気にしない! 明後日からは私もリンカの先輩だからね」
「先輩かあ~」
先輩という言葉の響きに、リンカは学園に来た感じがして少しドキドキした。
「いつでも頼って良いんだよ。後輩クンっ」
ビビエルは先輩と言われて心底嬉しそうだ。
「じゃ、私行くから。またね~」
「えっ!? もうですか?」
ビビエルは驚くリンカを置いて颯爽と去っていった。
「さよなら~」
ホバースケートで既に遠くまで行ってしまったビビエルを眺めながらリンカは小さく手を振った。




