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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【終ノ幕】鬼灯祭

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祭りのあと

 帰路もまた、縁日の中を歩いて行く。往路よりは足早に。けれど、居並ぶ店に興味を示せば僅かに足を止めることも変わらずに。千鶴は行きには気付かなかった店を見て、桜司の手を小さく引いた。


「うん? どうした」

「先輩、あれは何ですか?」

「射的だな。見ていくか」

「はい」


 近付いてみると奥に三段ほどの棚があり、そこに大小様々な景品が並んでいる。他の店では商品が並んでいる手前側の台には、細長い銃と小さな皿が等間隔に並んでいて、店主の近くには小さなコルク栓の詰まった箱がある。


「これで狙って撃ち、落としたものがもらえるという遊びだな」

「なになに、射的するの?」


 横から桐斗が顔を覗かせて訊ねると、桜司が千鶴を見た。


「……一緒に、やりませんか?」

「そうだな」


 ふっと笑い、桜司が袂から財布を出すと、その横で桐斗が柳雨の手を引いて「柳雨もやろ!」と誘っている。


「柳雨、僕としょーぶ!」

「わかった、わかったから引っ張んなって。取れるわ」


 元気なふたりと並んで店主に代金を手渡し、引き換えにコルク栓を受け取った。数は一人五つ。見様見真似でコルク栓を銃口に詰め、狙いを定めて引き金を引く。緩く弧を描いて飛んだ弾は景品のあいだを抜けて奥の壁に当たった。


「難しいですね……」

「まあ、初めはそんなものだ」


 正面にある小さなぬいぐるみを狙ってみるものの、当たりはしても軽く揺れるだけで落ちるほどの衝撃を与えることは出来なかった。


「うぅん……何度も当ててたら可哀想になってきました……」

「あはは、わかるー」


 隣では桐斗がいつの間にか五発撃ち終えていて、しかも小さな菓子を入手していた。五百円の成果にしては小さいものだが、本人は満足そうにしている。


「オレ様も終了ーっと。こんなもんかね」

「うっわムカつく」


 柳雨も五発撃ち終え、菓子箱一つと風呂に浮かべるアヒルを手に入れていた。そしてそのアヒルを桐斗の頭に乗せて遊び始めた。


「我らもそろそろ打ち止めだな」

「そうですね、いつの間にか結構撃ってました」

「……そのぬいぐるみが気になるのか?」


 桜司の問いに、千鶴は一つ頷いて自分の皿を見た。しかし気付けば残り一発。自分の腕では仮に当てることが出来たとしても落とせる気がしない。


「まあ、取り敢えず当てることだけ考えるのだな」

「はい」


 弾を込め、狙いを定めて引き金を引く。軽い音を立てて当たりはしたが、やはりまた揺れるだけで落ちることはなかった。そう、思ったときだった。隣から弾が放たれたと思えば千鶴が揺らしたぬいぐるみに当たり、衝撃が重なったことで大きく仰け反り棚を転げ落ちた。


「せ、先輩……?」

「ひとりで無理なら二度当てれば良いだけだろう?」


 桜司は店主から景品を受け取ると、千鶴にそれを渡して頬を撫でた。自力では一つも取れなかった千鶴には、手のひらに収まる駄菓子が一つ、残念賞として贈られた。


「先輩、ありがとうございます」

「なに、我はこれといって目当てもなかったゆえ気にするな」

「おーじのかっこつけー」

「喧しいわ」


 顔を赤く染めて桐斗に噛みつく桜司を、同じくらい赤くなった顔で千鶴が見つめる。じゃれ合いながら射的の屋台を離れ、再び帰路を辿り始めた。


「お祭りのお店って、普段あまり見ないものが多くて目移りしますね」

「そうだな。特にお主は初めて来るのだから、目新しいものばかりであろう」

「はい。この雰囲気も好きですし……気が早いですけど、来年も来たいです」

「ああ、来年もまた共に参ろう」


 未来の約束をして、帰路につく。なにを疑うことなくそのときが来るのだと信じて、先を願いながら歩いて行く。石段を登り、小狐の石像が並ぶ鳥居を潜り、拝殿を越えて本殿へと向かう。

 祭り囃子はすっかり遠く、雑踏も遙か下方へと去ってしまった。一抹の寂しさと胸を満たす幸福感を抱えながら、千鶴は桜司の社へと入った。


「お帰りなさいませ!」

「ただいま」


 小狐たちの出迎えを受け、千鶴たちは揃って居間へ向かう。道中、小狐の薊が一先ず金魚は小さな盥に入れて、桜司と千鶴の寝室の棚に置いていることを伝えた。


「明日は金魚鉢や餌を買いに行かないとですね」

「そうだな。ペットショップとやらへ行けば良いのだったか」


 居間に入ると、柳雨が早速テレビ前のソファを占拠した。彼が誰よりも一番夏休みの学生そのものな生活をしているように見え、千鶴は微笑ましい気持ちになりつつ右隣のソファに桜司と並んで腰を下ろした。伊月は千鶴たちの正面に座り、袂から取り出した本を開いて読み始めた。


「ただいまお茶をお持ち致します」

「お風呂は既に整えておりますゆえ、いつでもどうぞ」

「ありがとう」


 小狐たちと話すのに目を逸らした一瞬のあいだに、柳雨は浴衣姿からラフなシャツとパンツ姿になっていた。彼らの変化術を応用した早着替えは羨ましいの一言に尽きる。


「いつ見ても便利ですね、それ」

「千鶴も出来るようになればいいのにねー」

「本当に……」


 柳雨の隣でゲーム画面を見ながら言う桐斗に、千鶴はしみじみ同意した。

 小狐たちのお茶で一服しつつ、何となく解散し難くて柳雨が操作する画面を眺める。以前見たゲームと似た雰囲気だが、今回の主人公は少年というより青年のようだ。

 剣を片手に馬を駆り、広いフィールドを駆け回りながら、各地に眠る石像を破壊していくという、何とも不思議なストーリーだ。


「あー……オレ様コイツ苦手」

「ふっ、あははっ! なにそんなとこで苦戦してんのー?」

「うるせえよ」


 大きな龍にも似た生き物が水面から顔を出す度に飛び移り、しがみついて這い上がるものの握力が足りずに転げ落ち、またよじ登り直すという作業を先ほどから三回くらい繰り返している。


「千鶴、いまのうちお風呂行って来たら? たぶん諦めてトカゲ狩りに行くから、当分話は進まないと思うよ」

「くっそ、握力が足りねえ」

「……ほらね?」


 握力とトカゲの関係はわからないが、桐斗曰くあの広大な大地を走り回ってトカゲを数匹探す作業をするらしい。不慣れな浴衣で何となく背筋が伸びっぱなしだったため、その言葉に甘えることにした。


「じゃあ、行ってきますね」

「おう、いってら」

「ごゆっくりー」


 画面から目を離さず言う柳雨と、ひらひら手を振りながら言う桐斗、それから僅かに視線を寄越した伊月と、立ち上がる際に手を貸した桜司。四者四様の見送りを受けて、千鶴は浴室へ向かった。

 何だか、柳雨のゲームが切りの良いところでひとり風呂に抜けるのが日常となりつつあることにくすぐったさを覚え、口元に笑みを浮かべながら汗を流す。全身桜の香りに包まれて程よく温まったところで、楽な格好に着替えて皆の元へ戻った。

 画面は大きな湖から広いフィールドに移っていて、弓矢で小さいなにかを追っているところだった。


「これくらいあれば行けっかな」

「ていうか最初から全然取ってなかったじゃん。それじゃ無理だよ」

「それな。すっかり忘れてた」


 帰りしなに小狐たちからもらった冷たい麦茶を手に、桜司の隣に腰を下ろす。柳雨と桐斗は相変わらず楽しそうに画面を追っていて、桜司の手が自然と千鶴の頭を撫でた。伊月はいつの間にか横になっていて、本を顔の上に伏せているため、寝ているようにも見える。

 ゲームの音楽と、楽しげに話す声。髪を撫でる手の感触に隣を見れば、望月が二つ、緩やかに弧を描いた。


「疲れてはおらぬか」

「はい。不思議と今日はまだあまり眠くなくて……お祭りの余韻がまだ残ってるのか、眠ってしまうのがもったいない気がするんです」

「そうか。なら、たまの休みくらいは夜更かしするか」

「はい」


 ゲームに興じる柳雨と、その横から茶々を入れる桐斗の微笑ましい光景を眺め、隣に座る桜司の手を取って何となく指を絡めたり握ったりして遊んでみる。手指は細いが、繊細ながらも男らしい手はどれほど見ても飽きが来ない。色白を通り越して真っ白で、並べて見ると違いが顕著にわかる。


「どうした、ひとの手をまじまじと見て」

「あ……いえ、きれいだなって思って……」

「そうか。お主の手は小さくて愛らしいな」

「そ、そうですか……? ありがとうございます……」


 照れを誤魔化すようにして手のひらを合わせて比べてみると、千鶴の手は桜司の手の第二関節を越すかどうかという大きさだった。


「何となく気になったんですけど、この中で一番手が大きいのって誰なんでしょう?」

「伊月かそこの鴉ではないか?」

「んぁ? 呼んだか?」


 丁度ゲームが一段落したらしく、コントローラーを手にしたままながら画面から目を離して柳雨が訊ねる。画面には騎乗している青年の後ろ姿が映っている。


「千鶴がな」

「大したことでは……何となく、誰の手が一番大きいのかなって思って」

「あー……待ってな」


 そういうと柳雨はコントローラーを桐斗に預け、本で顔を隠している伊月の傍らまでいくと、ソファから垂れ下がっている手を取って自分の手と合わせた。


「うぉ……龍神サマの手、やべーくらいでけぇな」

「いいなー! ちょっと僕も!」


 コントローラーは桐斗の手からソファのクッションへと預けられ、柳雨の隣で桐斗も伊月と手を合わせている。どうやら第一関節どころか第二関節にやっと届くほどだったらしく、お手本のような二度見をした。


「ちょっと悔しいから、千鶴」

「はい」


 そう言って真っ直ぐ千鶴の前まで来ると、桐斗は正面にしゃがんで千鶴の手と自分の手を合わせた。僅かだが、桐斗のほうが大きい。そして作りはしっかり男子の手をしているため、比較すると千鶴の手の小ささが際立って見える。


「…………うん、あれから変わってないし、僕のプライドはギリギリ保たれたかな!」

「おチビちゃんと比較してギリ保たれるプライドってのもどうよ」

「いいのー!」


 いつになく賑やかに夜が更けていく。

 日付が変わる頃、千鶴が船をこぎ出すまで、祭の余韻は続いた。

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