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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【終ノ幕】鬼灯祭

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黄昏色の境を越えて

 お面屋は、探すまでもなく公園の近くに二件あった。千鶴たちは先に見つけたほうの店に立ち寄り、立てかけられた無数の面を眺めた。定番の狐、猫、兎面に、魔法少女のアニメに登場するキャラクターを模したもの、特撮シリーズのヒーローや人気ゲームのキャラクターまで様々ある。

 朝の天気予報とその前後に報じられるニュースくらいしかテレビを見ない千鶴には、どれがなにやらわからないが、親子連れの子供のほうが母親にあれがほしいとねだってしきりにピンク髪のキャラクターの面を指している。


「千鶴はどうする?」

「うーん……じゃあ、これにします」


 そう言って手に取ったのは、白い狐の面だった。目元に赤い化粧が差してあり、額と頬に桜の絵が描かれている。


「それは鬼灯神社のお狐様を模した面だよ」


 他の接客が終わった店主が、千鶴に声をかけた。それ、と言ったときに見ていたのは千鶴の手にある面だ。


「大昔の洪水から村を護り、長い飢饉から救い、そういう大それた災害が少なくなったいまも町を見守ってくださってるんだと」

「そう、なんですね……なら、やっぱりこれがいいです」

「ふふ。そうか、ではそれを二つ頂こう」

「はいはい、まいど。公園に着く前に付けるんだよ」


 店主からそれぞれ面を受け取ると、桜司は頭に斜めに引っかけた。店から少し離れたところで、千鶴は桜司を見上げる。


「目の前で先輩の話をされると、どう反応すればいいのか悩みますね」

「よもや彼奴も、本人が己の店で買い物して居るとは思わぬであろうしなあ」


 可笑しそうに言う桜司の口調は、千鶴への悪戯が成功したときのそれと同じものだ。ああいう反応が楽しくて祭に来ているのではと思うほどに、機嫌が良い。


「さて、そろそろだな。つけてやろう」

「はい」


 面をつけると僅かに視界が狭くなった。歩くのに困難なほどではないが、繋いだ手を思わず確かめた。


「大丈夫だ、手を離したりはせぬよ」


 公園に入ると、以前千鶴のクラスメイトが鬼事をしていたと思われる広場に、立派な櫓が組まれていた。見上げると、和太鼓を叩いている人と笛を吹いている人が見える。櫓を取り囲むようにして盆踊りに興じる人の列がぐるりと輪になっており、銘々気分で踊りの輪を抜けたり加わったりしている。

 初めて見る盆踊りの実物に見入っていると、背後から肩を叩かれた。振り向くと猫の面を付けた桐斗と鴉の面頬をつけた柳雨、それから、何故かさっき女児がねだっていたピンク髪のキャラクターの面をつけている伊月がいて、千鶴は主に伊月に驚いた。


「あ、赤猫先ぱ……えっと、青龍先輩はなにがあったんですか」

「面倒くさがって何でもいいっつったから、みるきぃプリンセスの刑に処した」


 どうやら伊月の何とも言えない姿は、柳雨の悪戯であるらしい。買い直したりせずにそのままで来る辺り、本人は気にしていないようだ。

 千鶴は全く知らないが桐斗は件のアニメを知っているようで、伊月の異様な姿を見て「こんなデカいみるきぃピンクやだ」と目を背けている。


「柳雨はいいよね、自前であるんだもん」

「それ、先輩の私物なんですか?」

「私物っつーか、着物の一部っつーか、変化するともれなくついてくる的な?」

「それは……なんていうか、便利ですね」


 なるべく伊月を視界にいれないようにしつつ話していると、視界の端に見慣れた姿を見つけた。やわらかな金色の髪に、淡いピンク色の浴衣を着たその後ろ姿。


「真莉愛ちゃん……?」


 思わず声をかけると、長い髪が揺れて振り向いた。顔には白い兎面をつけているが、間違いなかったようで、小走りで近付いてくる。一緒に駆け寄ってくる小さな少女は、恐らく英玲奈だろう。


「千鶴も来ていたのですね」

「うん、真莉愛ちゃんもこっちに戻ってたんだ」

「はい。せっかくなので、えれなとお祭りに来ました」


 英玲奈も朱の化粧が施された白い鳥の面をつけていて、見上げる姿は小鳥のようだ。そんなことを思いながら千鶴が英玲奈を見つめていると、面の奥で笑う気配がした。


「ここと灯籠流しの川は特に垣根が薄くなる場所ですから、いまなら姉さんの旦那様が見えるかも知れませんね」

「えっ」


 驚く千鶴に、英玲奈は真莉愛の背後、少し奥へ視線をやった。つられて見ると、背の高い男性の後ろ姿が見えた。薄水色をした細い滝のような長髪を背に流し、頭の左右に伸びる鹿に似た形の角には繊細な宝石飾りが巻き付いている。口元だけを隠す面をしているため目元が露わになっており、振り向いた瞬間にバッチリと目が合った。

 水晶のような薄蒼色の瞳は氷のようで、ただ目が合っただけなのに射抜かれたような心地になる。

 目をそらせずにいると、その男性が真莉愛に近付いてきて耳元に顔を寄せた。何事か囁いているようだが日本語ではなさそうで、なにを言っているのかわからなかった。


「はい。こちらが千鶴です。まりあの大切な親友なのですよ」


 真莉愛の紹介と共に再び氷の眼差しが千鶴に向き、千鶴は思わず肩を跳ねさせた。


「ふふ。大丈夫ですよ。のえるは大人しいひとなので、かみついたりしません」

「うん……えっと、初めまして」


 視線の強さに気圧されながらもお辞儀をすると、真莉愛にノエルと呼ばれた男性は、顎に手を当てて暫く考え込む仕草をしてから同じような動作をした。伊月に並ぶ長身がちょこんとお辞儀をする様に、思わず口から「可愛い」と飛び出そうになり、すんでのところで飲み込んだ。


「旦那さんとは、鬼遊びで秘密基地に突撃したとき以来だねー」

「そうなんですか?」


 傍らで様子を見守っていた桐斗が、明るく「久しぶり」とノエルに手を振って言う。どうやら千鶴が秘密基地に囚われていたあいだに色々あったらしい。


「千鶴には言ってなかったけど、あのとき手芸部部室がイギリスのファンタジーな湖畔みたいな風景になってたんだよ」

「オレらを呼びつけるには領域を主張するのが手っ取り早いからなぁ……それにしてもすげー光景だったよな……」

「学校なのに神喚びの詩が聞こえたからどこからだろうと思ってたら、突然異国の風が吹いてきたときは何事かと思ったよね」

「そんなことになってたんですか……」


 それどころではなかったとはいえ、見てみたかったと少しだけ思ってしまった。

 桐斗たちが話しているのを、ノエルはよくわかっていない様子で見つめている。話がわからないのではなく言葉がわからないのだと千鶴が理解したのは、そのあと真莉愛が通訳をしているのに気付いたときだった。


「真莉愛ちゃんは、このあとどうするの?」

「まりあたちはこちらに灯籠を流す相手はおりませんので、離れたところで灯籠流しを見てから帰ろうと思います」

「そっか。じゃあ、また今度遊ぼうね。英玲奈ちゃんも」

「はい」


 姉妹揃っての返事を受け、千鶴は二人とノエルに手を振った。

 真莉愛たちと別れるや否や、桜司に背後から確保され、千鶴は大きな手に自分の手を重ねた。寂しがり屋の白狐は相変わらずで、千鶴は指を絡めて手を繋ぎ直す。


「そろそろ灯籠が配られる頃だな。参ろうか」

「僕も行くー!」


 手を上げて宣言すると、桐斗は伊月と柳雨のあいだに入って二人の腕を掴み、千鶴のあとに続いた。河川敷までの道は灯籠流しに向かう人の流れが出来ており、千鶴たちもその流れに乗ってゆっくりと歩いて行く。公園から出ると面を外し、視界を確保した。


「まるで百鬼夜行だな。人妖入り乱れ、黄昏の中を練り歩いていると隣人がどちら側かわからなくなるな」

「盆踊り会場なんか特にね。真莉愛ちゃんの旦那さん以外にも結構いたし」

「えっ」


 祭り囃子に紛れて水の流れる音が微かに聞こえ始める頃。運営の役員たちがテントの下で鬼灯灯籠を配っている様子が見えてきた。


「千鶴も、もらいに行くか」

「はい」


 桜司に手を引かれ、灯籠を受け取る列に並ぶ。灯籠を受け取ると、火を入れるための火種を借りる列からは逸れて、会場の端へときた。ライターを貸し出しているテントの中で、小さい男の子が火を付けたいとねだるのを父親が宥めている様子が見える。


「先輩、並ばなくていいんですか?」

「ああ。……硫黄の匂いがどうも苦手でな。代わりと言ってはなんだが」


 そう言って千鶴を手招き、千鶴が手にしている鬼灯灯籠を指す。不思議に思いつつも灯籠を差し出すと、桜司は長い尾を一つ現し、手のひらで撫でた。


「わ……!」


 瞬間、ふわりと炎が灯り、人魂のように揺らめきながら鬼灯灯籠の中に宿った。朱の火が灯った灯籠は一層鬼灯らしさが増し、辺りをぼんやりと照らしている。


「自前の狐火があるなら使わぬ手はなかろうよ」

「すごい……こんなことも出来るんですね」

「まあ、仮にも狐だからな。さ、参ろうか」

「はい」


 灯籠は両手で持つ必要があるため、桜司が千鶴の肩を抱いて皆の元へ誘導していく。テント付近は人が多く、水や人の流れも悪いので社に近い上流へと移った。


「千鶴、こっちこっち!」


 桐斗が飛び跳ねて呼ぶ声に従い、川縁へと向かう。三人と合流すると、千鶴は灯籠を手に川面を覗く格好でしゃがみ込んだ。


「流しながら、縁への感謝と安息を祈るのだぞ」

「はい、先輩」


 両手でそっと水面へ乗せ、緩やかな流れに任せて手を離す。しゃがんだままでそっと手を合わせ、静かに目を閉じると、千鶴は亡き祖父母へ祈りを捧げた。

 いくつもの灯籠が蛍火のように川面を舞い泳ぎ、下流へと消えて行く。灯火に込めた生者の祈りと共に、ゆらゆらと。

 流した鬼灯灯籠が無数の灯籠たちに紛れて遠ざかった頃、千鶴は傍らでじっと待っていた桜司を見上げた。暗がりの中でもなお白い狐神は、黙って千鶴の頭を撫でた。


「……戻るか」

「そうですね」


 並んで歩き出す二人に、伊月たちも続いて歩き出す。灯籠の灯はまだ途切れる様子はなく、背後に遠ざかる祭り囃子も名残を惜しむように奏でられていた。

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