鬼灯色の灯
「わぁ、ふわふわだー」
「ほんとにふわふわですね……わたし、本物初めて見ました」
桐斗が買うついでに千鶴も買ってもらい、揃ってわたあめを見つめている。ザラメが機械を通すだけで何故こんなにもふわふわな形になるのか、じっと出来るまでの経過を見つめていたが、結局なにもわからなかった。
祭も初めてなら縁日も初めてな千鶴は、感動をその瞳に映しながらじっとわたあめに見入っている。
「気に入ったのはわかるが、食わねば消えるぞ」
「えっ、そうなんですか?」
「うむ。見た目通り儚い飴だからな。人混みで誰ぞかにぶつけてしまう前に食え」
「はい、それじゃあ……頂きます」
唇で挟むようにして一口食べると、当然だが砂糖の味が口に広がる。その容赦のない甘さが寧ろこの空間では心地良く、ふわふわとした食感と見た目もあって飽きることがなかった。
「お祭りで食べるお菓子ってどーしてこうおいしいんだろうねー」
「本当ですね」
「あ、千鶴、ほっぺたにわたあめちょっとついてる」
「えっ、どこですか?」
わたあめを食べているあいだも、もう片方の手を桜司に確保されている千鶴は、そう桐斗に訊ねながらもどう拭えばいいのか困惑していた。すると、桜司の手が千鶴の顎に触れ、そのまま掬い上げたかと思うと唇の端に着いていた飴を舐め取った。
「!!? せ、先輩……!」
「手を離したらはぐれるだろう」
「それはそうですけど……って、先輩は片手あいてるじゃないですか」
提灯の明かりでは誤魔化せないほどに赤くなった千鶴を見て、桜司はくつくつ笑うと手を引いて再び歩き出した。
「……オレら、もしかして祭のあいだ中ずっとこれ見せられんのか?」
「柳雨も伊月とデートすればいいじゃん」
「なんでそこで龍神サマが出てくるんだよ」
「ほっとくと迷うから」
そういって桐斗が指差した先には、少し離れたところで身動きが取れなくなっている伊月がいた。失念していたが、彼はひとりにすると女性に群がられる特性があるのだ。
「世話の焼ける坊ちゃんだな……!!」
柳雨が迎えに行くのに桐斗も着いて行く。柳雨ひとりでは、ダブルデートでもいいと食い下がられる恐れがあるからだ。
「もうっ、なに絡まれてんの」
「ほら、行くぞ。あいつら見失うだろ」
浴衣姿の女性二人に挟まれて抜け出せずにいた伊月の両脇を固めて歩き出そうとしたときだった。
「あっ……」
一声かけずに迎えに来てしまったため、千鶴と桜司はすっかり人混みの遙か彼方へと去ったあとだった。桐斗の人払いも、人が集まっている場所でやると怪我や混乱を招くことになりかねないため、ここでは使えない。
「……すまない……」
「……ま、結果オーライってやつ?」
「行き先は一緒なんだ、公園で合流出来んだろ」
ゆるゆると歩き出し、暫く行ったところで桐斗は伊月の手を握った。表情は然程変化ないものの、驚いたことが手のひらから伝わった桐斗は遙か高みにある顔を見上げて、安心させるように微笑んで見せた。
「またはぐれるかも知れないでしょ? 合流するまでだからさ」
「…………わかった」
手を繋いで縁日を見て回る。ゆっくりとした足取りで、賑わいの一部に溶け込んで。
千鶴と桜司も、繋いだ手をそのままに人波に半ば流されながら歩いていた。途中から三人が着いてきていないことに気付きはしたが、行き先は同じだからと流れに逆らわずそのまま進むことにしたのだ。
「先輩、あれは何ですか?」
千鶴の目が示したほうを見ると、金魚掬いの屋台があった。小さな金魚の群が水色の水槽を泳いでいて、見ているだけでも涼しげだ。
「お嬢ちゃん、やってくかい? 一回二百円だよ」
「えっ、ど、どうしましょう……先輩、金魚って飼うの難しいですか?」
「いや、小赤なら然程ではないとは思うが……なんだ、ほしいのか」
屋台の店主と金魚、それから桜司を順に見てから頷く千鶴に、桜司は「わかった」と言って袂から財布を取り出した。
「ほれ。やってこい」
「! ありがとうございます。おじさん、一回お願いします」
「あいよ」
桜司から受け取った二百円を店主に渡すと、店主は千鶴にポイ一つと水の入った器を渡した。虫眼鏡のような形をした、薄い膜の張った道具は金魚を載せて移すには随分と脆弱に見える。だからこそ遊戯になるのだろうが、隣で千鶴より先に始めたカップルは水につけて泳がせていたせいで、早々に穴を開けていた。
「わ、難しそう……」
袖を抑えながら、自由気ままに泳ぐ金魚を目で追いつつ掬おうと試みるが、やはりというか二度ほど水につけたところで、金魚の尾びれが当たった拍子に破れてしまった。
「ああ、残念だったな嬢ちゃん。コイツはおまけだよ。可愛がってやんな」
「え、いいんですか?」
「最初の一匹まではサービスしてるんだ。多頭飼いしたきゃ店で買うかがんばって掬うこったな」
透明な袋に水と朱色の金魚が入れられ、きゅっと口を結んで紐を輪にしたものを目の前に差し出された。千鶴の指先ほどしかない小さな金魚は、狭い袋の中でもゆるゆると泳いでいて、見ているだけで癒される。
「おじさん、ありがとうございます」
軽く手を上げて見送る店主と別れ、千鶴は金魚の袋に手首を通して大事に持った。
「わたし、お魚は飼ったことがないからわからないんですけど、学校のメダカは確か、空気が出る機械とか色々使ってた記憶があるんですよね……」
「そうだな。祭のあいだくらいは保つだろうが……心配なら小狐に持ち帰らせるか?」
「小狐ちゃんたちに、ですか?」
言われて思いだしたが、小狐たちは共に来ていない。人間の年齢と照らし合わせても仕様がないと思いつつ、今更ながら幼い子供である彼らこそ祭に誘わなくて良かったのだろうかと過ぎる。
「彼奴らは社で留守番して居るゆえ、呼べば来るぞ」
「うーん……それじゃあ、お使いだけっていうのもですし、先輩さえ良ければですが、なにかお土産になるものも一緒に渡したいです」
「ふむ……まあ、今日くらいは良いか」
桜司の許可も得て、千鶴は改めて周囲を見回した。自分のためとなると萎縮しがちな心も、誰かのお土産となると遠慮無く祭の空気を楽しもうとするらしく、先ほどよりも辺りが輝いて見える。
千鶴は林檎飴の屋台に目を付け、よく見るサイズの林檎の他に、小狐たちが持つのに丁度良さそうな大きさの林檎があることに気付いて近寄った。
「いらっしゃい。大きいのは五百円、小さいのは三百円だよ」
「先輩、これにしたいです。小さいのを二つ買いましょう」
「うむ。ではそうするか」
桜司が代金を渡すと、店主は桜司に小さな林檎飴を二つ手渡した。つやつやした飴が真っ赤な林檎を包んだそれは、提灯の明かりを反射して宝石のように輝いて見える。
林檎飴を千鶴と桜司で一つずつ手に持ち、空いている手を繋いで歩く。
「間もなく開けた場所に出るゆえ、そこで呼ぶぞ」
「はい」
暫く歩いて行くと、桜司の言う通り少しだけ開けた場所に出た。少し広い花壇の縁を休憩所のように使っていて、人の流れを二分する中州の如く、中央にゴミ捨て場が設置されている。定期的に片付けているのか、ゴミで溢れかえっていることもなく、分別もきちんとされていた。
人の流れが僅かに途切れたのを見て、桜司は僅かに領域の気配を濃くした。すると、ふたりの周囲に人払いをしたかのような空間が出来、人はふたりを認識しなくなった。
「わ、すごい……!」
「猫ほど得意ではないが、我らも人払い程度なら出来るのでな。さて……」
桜司が指を咥えて軽く吹くと、足下に小狐が二匹、小さな煙を伴って姿を現した。
「ぬしさま、ご用命にございますか」
「うむ。千鶴が金魚を飼いたいというのでな、先に持ち帰って大きな桶に移しておいてほしいのだ」
「あい、畏まりましてございます」
小狐の視線を受け、千鶴は軽く屈んで金魚を手渡した。
「お願いします」
「お任せくださいませ」
「それから……」
桜司は千鶴に持っていた林檎飴を手渡し、目を細めた。二つの林檎飴を両手に持ち、千鶴は薊と葵、それぞれの前に差し出した。
「せっかくのお祭りだから、気分だけでも味わってもらえたらと思って。良かったら、ふたりで食べて」
「なんとっ!」
大きな瞳を更に大きくまん丸にさせたかと思うと、尻尾の毛並みがぶわっと膨張し、周囲に桜の花弁が舞い散った。それに驚いたのは千鶴で、桜司は「お主らな」と呆れた声を漏らしている。
「はわわっ! ぬしさま、これは、その……」
「わかった、わかったから落ち着け。それから千鶴に言うことがあるだろう」
「はっ……! お嫁さま、お心遣いありがたく存じますっ」
「家宝にいたします!」
「出来れば、食べてほしいかな……」
声を揃え、同じ仕草で頭を下げると、小狐たちはうれしそうに林檎飴を両手で大事に受け取った。まだ小狐の周囲には、はらはらと粉雪のように花弁が舞っている。
「ほれ、早う行かねばお主らに預けた意味がなくなるぞ」
「はいっ、では我らはこれにて失礼いたします」
「お嫁さま、お祭り、ごゆっくりお楽しみくださいませ」
満面の笑みで尻尾を振りながらも丁寧に挨拶をすると、現れたとき同様に小さな煙をあげて消えた。残された花弁を見下ろして、桜司が改めて嘆息する。
「あの、この花びらはいったい……?」
「彼奴らは我の眷属ゆえ、狐の姿をしてはいるが本質は桜でな。化けるのが覚束ないと以前に言ったであろう?」
桜司の言葉を思い出し、千鶴はこくりと頷く。未熟なために完全な人型に化けるのが難しく、狐の姿を露わにしてしまうと聞いたことがあった。
「桜から狐、更にそこから人の子に化けておるゆえ、彼奴らは感情が高ぶると狐の姿を通り越して桜の本性を露呈してしまうのだ」
「そうだったんですね……見ている分には可愛いですけど、季節関係なく桜の花びらが残っていると普通の人は驚いてしまいますよね」
「全くだ」
そうぼやきつつ、桜司は旋風を巻き上げて桜の花弁を遠くへ飛ばした。夜空に消えた花弁を目で追うと、祭会場を遙か離れて山のほうへ飛んでいくのが見えた。
「伊月の社なら誰も来ないであろうよ」
「押しつけたんですね……」
与り知らぬところで桜の飾り付けをされた伊月に若干同情しつつ、千鶴は桜司の手を取った。
「そろそろお面屋さんを探しませんか?」
「そうだな、参ろうか」
領域を解除し、手を繋いで歩き出す。
公園が近いのか、祭り囃子に紛れて、遠くから盆踊りの音頭が微かに聞こえてきた。




