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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【終ノ幕】鬼灯祭

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祭の夜

 午後になり、徐々に街が賑わい始めた。祭の本番は四時過ぎからだが、縁日は三時を回った辺りから店開きをし始める。黄昏時には提灯が灯り、祭り囃子も聞こえ出す。

 桜司は奉納品の残り半分を受け取るべく居間を出ており、この場にはいない。


「千鶴もそろそろ着替えたほうがいいかな」

「そう、ですね……」


 同意はしたものの、自力で浴衣を着ることが出来ない千鶴は、桜司が出ていて居間にいない現状、足袋を穿く程度のことしか出来ない。

 どうしたものかと悩んでいると、桐斗が千鶴の肩をつんつんと指先でつついた。


「千鶴、僕が着付けてあげる」

「いいんですか?」

「うん。僕も一応和服は慣れてるからねー」


 可愛いでしょ? と言って千鶴の目の前でくるりと回って見せた桐斗の格好は、和と洋を混ぜたような浴衣だった。あわせは着物で帯もあるが、下は短いスカートとなっていて、つま先が足袋の形に作られた膝上の白い靴下を履いている。袖口と裾にフリルが連なり、髪飾は浴衣の生地と揃いとなっている。

 流行に疎い千鶴は、こういうのもあるのかと素直に感心した。そして華やかな浴衣を着こなす桐斗の慣れた立ち振る舞いにも感心と憧憬を抱いた。


「ありがとうございます。それじゃあ、お願いします」

「りょーかい。浴衣は小狐ちゃんたちが千鶴の寝室に持って行ったって言ってたから、そっちで着替えよ」

「はい」


 居間を出て、普段桜司と寝起きしている寝室に入ると、昨晩試着して脱いだばかりの浴衣が洗濯されてのり付けまで終わった状態でかけられていた。


「昨日も見たけど、いい柄だねー」

「格好いいですよね。背の高い人が着たら凄く見栄えしそうです」

「千鶴も似合ってたよ」

「ありがとうございます」


 照れ笑いを浮かべながら、浴衣を桐斗に手渡す。詰め物や襦袢などを整えてから袖を通し、前を合わせて整えていく。


「千鶴はおーじたちと違って目線が近いからやりやすくていいなー」


 慣れていると言っていただけあって、手際よく着付けている。力の入れ具合が桜司と違うのは体格差もあるのだろうが、どこをどう締めると苦しいか、どこをどう留めると動いても乱れないのかを、身を以て理解している気がした。


「帯の結び方にリクエストはある?」

「いえ、よくわからないので、お任せします」

「おっけー」


 背後で何度か上下左右に力が加わるのを感じ、その度に、床に垂れ下がっていた帯が短くなっていくのが鏡越しに見える。帯締めの他にもう一本飾紐が結ばれて、なにやら背後で複雑な結び方をしている気配がする。


「でーきたっ! 見て見て千鶴、可愛く出来たよ!」


 暫くして、明るい声でそう言うと、千鶴の肩に手を添えて半回転させた。鏡に映った帯をどうにか振り向きながら見れば、赤白の椿が背後に咲いていた。その傍に帯締めが彼岸花のように咲いていて、後ろ姿がもの凄く華やかになっている。


「えっすごい……! なにがどうなってるのかわからないけどすごいです」

「えへへー、帯が紅白だったからさー、薔薇の花作る感じで出来ないかなーって思ってやってみたら出来ちゃった」

「この結び方、初めてだったんですか?」

「うん。でもそんなに複雑じゃないよ」


 千鶴には全くそうは見えなくて、先ほどから「すごい」の三文字しか出てこない。

 支度が終わるのとほぼ同時に桜司も午前の分の奉納品の受け取りが終わったらしく、部屋を訪れた。


「着替え終わったか」

「はい。赤猫先輩に着付けてもらいました」

「千鶴、可愛いでしょー? 褒めてくれてもいいんだよー」

「わかったわかった」


 千鶴にするよりいくらか乱暴に、桜司が桐斗の頭をくしゃりと撫でる。桐斗は表情を緩めながら大きな手のひらを受け入れ、擽ったそうに笑った。


「せっかくだから、髪も結おうよ」

「わたし、あんまり長くないですけど、出来るんですか?」

「うん。おーじ、洗面所借りていい?」

「ああ、置いてあるものは好きに使え。といってもお主のものが殆どだろうがな」

「えへへ、ありがとー」


 弾むような足取りの桐斗に背を押されながら、千鶴は洗面所へと向かった。そこには元々桜司が使っていたものの他に、桐斗が持ち込んだものと思しき可愛らしいボトルのヘアケアセットが並んでいる。


「僕が使えてるからそんなにキツくないとは思うけど、匂いがだめだったら言ってね。こーゆーの我慢しちゃうと酔うからさ。特にいまは和服だし」

「はい」


 細やかな気遣いにうれしくなりつつ、スツールに腰掛けて桐斗に身を委ねた。肩まで届くかどうかという長さの髪は千鶴にはとても結えるものではないが、桐斗は櫛の柄の部分で細かく髪束を選り分けながら、なにやら器用に編み込んでいる。


「赤猫先輩って器用ですよね。普段の格好もすごく気遣ってますし」

「そっかなー? ありがとねー」


 鏡越しに、桐斗が照れ笑いを浮かべている様子が見える。櫛の柄と指を器用に手繰りながら、編み物をするように髪を編む。項が涼しくなったのを感じてから暫く経って、背後で桐斗がうれしそうな声を上げた。


「出来た出来たー! あとはこれをつけるだけー」


 歌うように言いながら、浴衣と揃いの髪飾を左耳の傍に付ける。そして三面鏡の形をした大きめの手鏡を手にして千鶴へと向けた。


「後ろはこんな感じになったよ。どう? 涼しくていいでしょ?」

「わぁ……!」


 後頭部は細い編み込みが大きな編み込みの形となって、右側頭部から左側へと流れるように編まれている。頭頂部も太い編み込みカチューシャになっていて、それらは全て左側の髪飾へと吸い込まれている。


「先輩、ありがとうございます」

「えへへ、僕も久々に人の髪いじれて楽しかったよ」


 上機嫌な桐斗と並んで手を繋いで、皆が集まっている居間へ向かう。部屋に入ると、全員支度を終えて揃っていた。


「すみません、お待たせしました」

「いや、此奴が遊んでいるのを見ておったゆえ、気にするな」

「早くしろ」

「うぃっす」


 柳雨も支度を終えてはいるが、そのあともゲームをしていたらしく、伊月の氷点下の視線を全身に浴びながら片付けをしている。


「なんか結局、みんなで行く感じになったね」

「まあ、良いであろうよ。どうせはぐれる」


 そう言う桜司の視線は、伊月に注がれている。桐斗は何となく察し、笑って頷いた。


「よっし、終了! お待たせ!」


 片付けが終わると誰からということもなく歩き出し、玄関へと向かう。


「ほらほら、早く行こー! 僕、わたあめ食べたーい」

「わかったから、急かすな」


 桜司が千鶴の手を引いて歩き、その後ろから桐斗が二人の背を押しながら着いてきている。伊月を先頭に外へ出ると、街は既に祭の空気に染まっていた。


「ふむ。まあまあ良い頃合いであったな」

「どこからかお囃子が聞こえますね」

「あの辺り」


 千鶴が辺りを見回しながら言うと、桜司が河川敷のほうを指した。境内の奥なので、立ち並ぶ桜の木々に遮られて見ることは出来ないとわかっていながら目で追う千鶴に、桜司は微笑ましくなりながら説明する。


「櫓が組まれて居てな、そこで演奏して居るぞ。あとで見に行こうな」

「余所だと最近は録音したのをラジカセとかで流すところが多いみたいだけど、ここは昭和で時間が止まってるとこがあるからさ、祭が近くなると男衆が練習するんだよね。公民館の隣にあるちっちゃい体育館みたいな会場使って」


 ゆったりと歩き出しながら、桐斗が言った。

 駅周辺と隣町が近い北側は時代相応に発展しているが、南下するにつれて山や田畑が増え、元号変化に取り残されたような風景が広がっている。鬼灯神社の周辺も祭らしい飾り付けがされており、わざわざ社の写真を撮りに訪れる人の姿もあった。


「公園にも櫓があったよね。確か盆踊りの会場だっけ?」

「ああ、そうだな。だが彼処へ行くにはまず面を買わねばならぬぞ」

「そうだった。じゃあ先に縁日だねー」


 行き先は公園と河川敷のあいだ。縁日を北上し、まずは公園を目指すことになった。千鶴は桜司に手を引かれながら、ふと傍らを見上げた。


「あの……どうして公園に行く前にお面が必要なんですか?」

「うん? ああ、盆踊りのことか。あれはな、彼岸より戻った魂も生者と共に垣根なく踊れるよう、顔を隠す習わしなのだ。公園にいるあいだは面を取ってはならぬぞ」

「特におチビちゃんは、妖だけじゃなく死人連中にとってご馳走でしかない魂持ってるからな。取ったら喰われるぜ」

「う……気をつけます」


 ただ傍にあるだけでも影響を与える特異点の魂は、やはりこういうときにも良からぬものを引き寄せてしまうらしい。柳雨の口調は軽いものだったが、その内容は軽く見て良いものではないだろうと、これまでの経験から嫌というほど理解している。

 無意識に桜司の手をぎゅっと握ると、桜司は優しく握り返して引き寄せてくれた。


「まあ、我らとはぐれなければ良い」

「はい」


 暫く歩いて行くと、前方に縁日が見えてきた。夜空を橙の灯りが照らし、ぼんやりと屋台が朱く滲んで見える。行き交う人々は祭の空気に浮かされて、屋台で買った軽食や玩具等を手に、浴衣姿で談笑している。


「千鶴、なんかほしいもんあったらいいなよ。おーじに」

「えっ」

「猫に言われるのは癪だが、まあ、そうだな。遠慮せず言え」

「でも、わたし自分で……」


 そう言いかけて、ふと気付いた。

 居間から真っ直ぐ玄関に向かったため、寝所に置いていた鞄を拾っていない。当然、鞄の中にある財布もなにも持ってきていない。


「……お財布、置いてきちゃいました」

「うん、まあ、そういうこともあるよ。ねっ」


 千鶴ににっこり笑いかけてから、桐斗は視線を上げて桜司に向けてにんまりと悪戯な笑みを見せた。居間から玄関への道中、妙に急かしていたのはこのためかと気付くが、桐斗は桜司が気付いたことに気付いて可笑しそうに笑いながら千鶴の両肩に手を添え、先を促した。


「か、帰ったら返しますので……」

「いいから、たまには甘えろ。先輩に気分良く奢らせるのも後輩の勤めだ」

「そういうものですか……?」

「そういうものだ」

「そうそう! ほら、そうと決まれば、なにがみたい?」


 桐斗と桜司に促され、千鶴は周囲を見回した。辺りは夜だというのに眩しいくらいの賑わいで、目移りしてしまう。

 その中で、桐斗が食べたいと言っていたわたあめの店を見つけ、千鶴は小さく桜司の手を引いて視線をやった。


「あれか。……猫、行くぞ」

「やったー!」


 千鶴たちが、忘れてきた財布のことで話しているあいだ、早速近くの屋台で買い物をしていた伊月と柳雨もしれっと合流し、人混みを縫いながら屋台を目指した。

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