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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【終ノ幕】鬼灯祭

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夢にまで見た

 始まりは、柳雨の一言だった。


「子猫ちゃんがいないんじゃ、オレ様離れで独り寝じゃん。寂しいから皆で寝よーぜ」


 湯上がりの火照った体を程よく冷ましながら雑談に興じていたとき、いまとなっては直前の会話も思い出せないが、柳雨がそんなことを言った。彼はいま桐斗と共に桜司の社の離れで暮らしているという。桜司自身も先ほど知ったことらしく、何でも猫の姿の桐斗を抱き枕に寝ていたらしい。

 それが、今日は桐斗が千鶴と一緒に寝たいと言い出したため、独りになってしまう。だから自分も同室で眠らせてほしいというのならわかるが、なぜかそこでついでの如く伊月も巻き込まれてしまった。


「俺は、別に」

「なんだよ、ここまで付き合ってそれはないだろ?」

「…………」


 困ったような助けを求めるような、何とも複雑な視線が桐斗を抱っこしている千鶴に注がれる。千鶴は伊月と柳雨、腕の中でご機嫌に喉を鳴らしている桐斗を順に見てから最後に桜司を見た。桜司はもうここまで来ると何でもいいらしく、あきらめ顔でいる。


「えっと……わたしは何だかお泊まり会みたいで楽しそうだなって……ごめんなさい、青龍先輩。先輩が嫌なら、無理強いしたりはしませんので、あの……」


 思ったままを口にしてから、伊月にとっては迷惑でしかなかっただろうと思い直して慌てて取り繕った。桐斗を腕に抱いて、背後から桜司に抱き竦められている千鶴を暫し見つめてから、伊月は静かに答えた。


「……お前が、そういうなら」

「オレ様との違いな」


 拗ねたように言うと、柳雨はすっかりただの猫になったかのような桐斗を撫でた。


「ま、子猫ちゃんもこの有様だし? 前夜祭ってことでこのまま邪魔しようぜ」

「全く…………薊、葵!」


 桜司が居間の外へ向けて声をかけると、間もなく「お呼びでございますか」と外から小狐たちの声がした。桜司が促すと、丁寧な所作と挨拶を添えて入室してきた。


「このまま全員泊まっていくことになったゆえ、寝所は客間の一つを使う。白妙の間に二組ずつ並べて敷いておけ」

「あい、かしこまりましてございます」


 小狐たちが退室し、小さな二組の足音が遠ざかっていくのを何となしに見送ってから柳雨は桜司を見てしみじみと呟いた。


「……そうしてると神族っぽいよな」

「喧しい。そういうお主はただの家出少年ではないか」

「返す言葉もねえ」


 柳雨と桜司の軽口を聞きながらくすくす笑っていると、頭上が暗くなった。なにかと思えば、ひとり離れたところにいた伊月も寄ってきていて、千鶴が三方向から背の高い男衆に囲まれたせいだった。


「……? 青龍先輩、どうしました?」

「千鶴は」


 伊月の視線は、じっと千鶴の腕の中に居る桐斗に注がれている。いまの桐斗は黒猫がベースで足先だけが靴下を穿いたように白い柄の猫だ。


「……小さい生き物が好きなのか」

「えっ、そうですね……でも、大きい動物も好きですよ。桜司先輩くらい大きいと全身埋もれちゃいますけど、凄くふわふわですし」

「…………そうか」


 千鶴の答えにどこか哀しそうな顔で頷いた伊月を、千鶴は首を傾げて見つめる。彼の中でいったいどんな思考がなされているのかわからないが、何となく落ち込んだように見える。


「龍神サマにゃ子猫ちゃんみてーな毛皮はねえからなぁ」


 千鶴が困惑していると、桐斗を擽っていた柳雨が笑って言った。


「青龍先輩は、毛皮というより鱗ですもんね……」

「ああ」


 益々落ち込んだ伊月を見上げ、千鶴は暫し逡巡してから口を開いた。


「あっ、あの、でも、ええと……青龍先輩は水の龍ですし、いまの季節は涼しげでいいですよね。家の中は空調がありますけど、外は凄く暑いですから……」

「ん……」


 僅かに目を細め、伊月が小さく頷く。どうやら機嫌が直ったらしい。千鶴を腕の中に閉じ込めたまま一連のやり取りを眺めていた桜司が、小さく「子供か」と呟いた。

 そうしてじゃれていると、部屋の外から寝室の用意が整ったと声がした。桜司が中に招き入れると、小狐たちがちょこんとお辞儀をした。


「我らもゆるりと向かうゆえ、お主らも早めに床につけ。明日も早い」

「あい、お休みなさいませ」


 声を揃え、同じ動作で深々と頭を下げ、鏡映しに後ろを向いて部屋から出て障子戸を閉めると、小狐たちは社の入口方面へと歩いて行った。


「我らも寝るか。此奴もとうに寝こけて居ることだしな」

「はい」


 今回皆で寝る客間は旅館の客室のように似たような扉が並んだ廊下にあった。左右に三つずつ、計六部屋あり、それぞれの扉脇に部屋の名が書かれた灯籠が置かれている。灯籠は桜の絵が描いてあるのだが、よく見るとどれも違う品種のようだった。恐らく、部屋の名前になっている桜が描かれているのであろうそれは、各部屋の襖や欄間などとあわせて作られている。

 白妙の間と書かれた灯籠が添えられた部屋の戸を開けると、修学旅行の部屋のように二組ずつ枕を向かい合わせて並べた布団が出迎えた。


「ほれ、千鶴」

「ありがとうございます」


 桜司に上掛けをめくってもらって、腰を下ろす。桐斗をそっと寝かせると同じ布団に潜り込んだ。千鶴の隣に桜司が、正面に伊月が、桜司の正面で伊月の隣に柳雨が寝る。桐斗の喉を擽ると、ごろごろ鳴る音が僅かに大きくなった。寝ていても撫でられていることは感じるらしく、千鶴の手にすり寄ってくる。


「こうしていると、ほんとに子猫そのものですね……」

「そのまま飼い猫になるんじゃねえか?」

「それは……」


 それもちょっと魅力的かも知れないと思ってしまい、小さく首を振る。


「でも、時々こうして撫でさせてもらえるといいな、とは思います」

「子猫ちゃんも気に入ってるし、それは言えばさせてもらえるんじゃねえの」


 話しながら撫でていると桐斗が仰向けになり、小さな手で千鶴の指先を掴んだ。白い足先についた薄桃色の肉球が指をとらえ、小さな口を開けて甘噛みしている。寝たまま指で遊ぶ器用な姿に和んでいるうち、千鶴の上にも睡魔が降りてきた。

 ごろごろと機嫌良く鳴る喉の音とふわふわの毛並み、小さな体温とやわらかな布団、それらに囲まれて抗える精神力は、残念ながら持ち合わせていなかった。


「お休み、千鶴」


 複数の声が重なり、千鶴を夢の淵へと誘っていった。

 寝入った千鶴を、三対の瞳が見守る。人の世に、人のふりをして生きる神の眼差しを受けて、千鶴は久しぶりに夢も見ずに一晩を過ごした。


 そして、翌朝。

 千鶴の頬を、ざらざらしたなにかが触れている。顔の傍にある温かいなにかを探り、手のひらに触れたやわらかく小さなものを無意識のままに引き寄せて抱きしめた。


「千鶴、そろそろ起きろ」

「ん……ぅ……? っ……!」


 目を開けると、自分を確保している千鶴の手にじゃれついている桐斗が目に入った。それから視線を巡らせて、天井を向くと想像していたものと違う顔が覗き込んでいて、一気に目が覚めた。


「せ、いりゅう、先輩……」

「? どうした」

「え、と……おはよう、ございます」

「ああ。もう皆起きている」


 上体を起こせば伊月の言った通り、周りは全員起床したあとだった。顔を洗いにでも行っているのか、桜司と柳雨の姿がない。


「お前が起きたら、着替えを渡すよう言われている」

「ありがとうございます。桜司先輩は……」

「朝の分の、奉納品を受け取りに行った」

「あ……そういえば、言っていましたね。じゃあ、わたしも着替えますね」


 伊月から渡された一式を手に布団から出ると、桐斗も半日ぶりに人型となった。

 服装は寝起きにも拘らず夜着ではなく私服で、和服のような襟元のシャツと、黒地に桃色の和柄のスカート、足先が足袋になったニーハイソックスを穿いている。


「あれから少しおよーふく増えたんだねー」

「はい。先輩に教えてもらった服屋さんと、他にもいくつか回って買い足しました」


 立ち上がり、備え付けられている鏡の前に立つ。と、桐斗が振り返り、伊月に向けて「女の子が着替えるんだから、外で待ってなよ」と言った。


「……? わかった」


 わかったと言いつつ、何故外に出なければならないのかわかってない様子の伊月に、桐斗が溜息を吐く。退室していったのを確かめてから、千鶴に向き直った。


「ま、アイツに下心なんてないのはわかってるんだけどさ」

「わたしも別に、気にしないですよ?」

「それはダメ。千鶴だって年頃の女の子なんだから」

「そうですけど……」


 それを言い出したら、この寝室の状況から改めなければいけないのではと思ったが、昨晩はとても楽しかったので黙っておくことにした。そして桐斗はというと、この場に平然と残って手鏡で髪を整えている。

 伊月の視線を気にしない千鶴が桐斗を気にするはずもなく、そのまま着替え始めた。


「着替え終わりました」

「へぇ、それも可愛いじゃん」


 夏らしい半袖のワンピースに着替えて声をかけると、桐斗が千鶴の周りを一周した。ワンピースは上半身が白で、裾のほうへいくにつれて橙になっている。水彩画のような滲んだグラデーションに一目惚れして買ったものだ。


「千鶴は起きたか」


 桐斗とじゃれているところへ、部屋の外から声がかけられた。


「起きて着替えたよー」

「……何故お主が答える。というかそこに居る」


 襖の戸を開けながら、呆れた口調で桜司が言う。が、千鶴が駆け寄ると表情を真逆の笑みに変えて抱きしめた。頬を撫で、顎を掬い上げて額に口づけをする。挨拶のように触れる唇に照れる千鶴を満足げに眺め、桜司は桐斗を手招いた。


「朝食を済ませたら、祭までゆるりと過ごすか」

「浴衣は午後になったら着替えようね。慣れてないとずっと着てると疲れちゃうし」

「はい」


 居間の前を通ると、僅かな時間も惜しんで柳雨がゲームに勤しんでいる音がした。

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