表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【終ノ幕】鬼灯祭

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

93/100

子猫の子守歌

 時計の針が午後四時を指し、冬であれば窓の外が黄昏色に染まる時間帯となった頃。台所のほうでなにやら話し声と作業をする音がし始めた。


「小狐共が帰ったか」

「あれ、もうそんな時間?」


 エンディングムービーを見ていた桐斗が、顔を上げて振り向いた。居間の奥、壁一枚隔てた先が食堂で、更にその奥に台所がある。居間でゲームをしていることもあって、人間の耳では意識して漸く音が聞こえる程度だ。しかし桐斗はすぐに「ほんとだー」と言うと、真上に大きく伸びをした。


「じゃあ、僕らはそろそろ帰ったほうがいいかな」

「だなー、片付けっか」


 桐斗と柳雨が立ち上がり、菓子袋や空のグラスなどを纏めていると、居間の扉越しに声がかけられた。


「ぬしさま、いまよろしいでしょうか?」

「入れ」

「失礼いたします」


 丁寧な挨拶と共に障子戸が開き、小狐の薊が入ってきた。薊は皆をぐるりと見回すとちょこんとお辞儀をして、それから話し始めた。


「皆さま、お夕食はいかがいたしましょう?」

「なんだ、此奴らの分も捕ってきたのか」

「あい。今日はなぜか、鮎がとても大量でございまして。それどころか他の川魚までも釣れてしまいましたゆえ、途中で引き上げてきたくらいなのです」


 そこで桐斗と柳雨は、揃って居眠りをしている伊月を見た。つられて、千鶴と桜司も同じく伊月に視線をやると、いい加減気付いたのか伊月が上体を起こして顔から落ちた本を片手で受け止めながら首を振った。そして寝起きでいつにも増して鋭い視線で皆を見据え、目を眇める。


「……なんだ」

「いや……まあいいや。邪魔していいなら、探す手間が省けて助かるけど……」


 一番至近距離にいた柳雨が真っ先に目を逸らし、そう言って桜司を見る。

 今度は全員の視線が桜司に注がれる。桜司はひらひらと手を振り、言葉はないものの「好きにしろ」と諦めの表情で答えた。


「んじゃ、お願い出来っかな」

「僕ら、手伝わなくてへいき?」

「お客様にお手伝いなど、とんでもないことでございます! では、我らはこれより、お夕食のお支度をしてまいりますゆえ、ご用命の際にはお手数ですが、台所へいらしてくださいませ」


 そう言って、桐斗が持ったままだった片付けようとしていたもの一式を受け取ると、薊はまたぺこりとお辞儀をして退室していった。立ち去り際に見えた後ろ姿は、尻尾が機嫌良く揺れていた。


「今日はまだ先輩たちといられるんですね」

「随分うれしそうだねー」

「はい」


 千鶴は桜司の手を握りながら、桐斗と柳雨、伊月を視界に収めて続ける。


「こんなふうに大人数で集まることも、ゲームをしているところを見たりすることも、体験したことがなかったので……お友達と先輩とでは違うのかも知れないですけど……でも、それでも楽しくて」

「そっか、……そーだよね。特異点ってそーゆーもんだし」


 千鶴の頬を、桜司の指先が擽る。隣を見れば慈しみの眼差しで見つめる桜司と視線がぶつかった。千鶴は、彼の慈悲がなければいまここにいない。これまで発生してきた、数多の特異点がそうであったように。人の世に馴染めず、暗がりから伸びる荒魂の手に囚われて魂を喰われていただろう。


「僕らはおーじに追い出されない限りは遊びに来るからさ」

「そうそう。特にオレ様と子猫ちゃんはこの街に住処を持ってねぇから、狐のんとこに住み着いてるし」

「お主まで居候を許可した覚えはないんだがな……」

「家賃なら払うって」


 からりと悪びれなく笑い、柳雨が言う。


(いま、家賃って言ったけど……現物支給とかお手伝いのことなのかな……)


 千鶴はふと、彼らの現金の出所が気になった。以前買い物に行ったとき、桐斗は確かカードを使っていたが、高校生で持てるものなのだろうかと今更疑問に思う。しかも、妖が人間の戸籍を持っているとも思えない。なにより、あの手のカードは取得に審査というものがあったような気がする。とはいえ、直接聞くのも憚られる話題であるため、思考が巡り巡って出口を見失ってきた。


「おチビちゃん、難しい顔してどした?」

「! あ、い、いえ……ぼんやりしてました」


 千鶴が取り繕うように顔を上げて言うと、柳雨は暫く考えるふうにしてから「あ」と短く声を上げて、ぽんと手を叩いた。


「人間じゃねぇのに金持ってんのが不思議だったか?」

「えっ……!」


 ぐるぐる考え込んでいたことをそのまま当てられ、千鶴は思わずわかりやすい反応をしてしまった。千鶴の心配に反して、彼らは特に気分を害した様子もなく「そういえば話してなかったか」と顔を見合わせている。


「おーじや伊月みたいに社がある神様は供物で生活出来るからいいんだけどね、僕とか特定の家を持たない妖にはちょっとしたツテがあるんだ。妖たちの協会みたいなの」

「協会、ですか……それって、戸籍とかまで作れてしまうものなんですか?」

「うん。人間社会で人間に紛れて生活するときにね、色々制約をつけて、その代わりに便宜を図ってもらうんだよ。人間の孤児にも戸籍を与える施設があるでしょ? それの妖バージョンみたいなところがあるんだ」

「そんなものが……だから先輩、カードまで持ってたんですね」

「まーね」


 どこか得意げに、桐斗が胸を張って答える。そんな桐斗の頭を撫でて肩を組みながら柳雨がにんまり笑って続けた。


「協会で籍を得た妖はな、魄を浄化するとポイントが溜まって、それと引き換えに色々出来るようになるんだわ。子猫ちゃんは特に人間社会が好きだから、人助けがんばって結構あれこれ溜めてるんだぜ」

「ポイント制なんですね……でも、そのポイントってどうやって溜めるんですか?」

「えーっとねー」


 これまで桐斗が魄と対峙した際、それらしい動きはしていなかったと記憶している。千鶴の問いに、桐斗は足元に置いていた鞄から端末を取り出しながら答えた。

 端末を操作して、画像を呼び出して千鶴へ向ける。その画面にはもっさりとした長い前髪で目元が覆われた、黒茶髪の男性が映っている。


「あったあった。このセンリってのが全部見てるんだよー」

「センリさん……」

「千年生きた千里眼持ちの狸、略してセンリ、だな」

「魄の強さ、数、量、それから助けた人間の数なんかを見てるんだよ。でね、特異点を魄から護るとそれだけでもの凄く溜まるんだよね。現金にもなるしカードも作れるしでいいことしかないんだよ。僕みたいなのにとっては、だけど」

「なるほど、だから先輩たちはこうして高校生になってまで集まってたんですね」

「最初はね」


 桐斗の含みのある物言いに、千鶴は首を傾げた。不思議そうなその表情を、にんまり笑って桐斗と柳雨が眺めていて、その奥では伊月がじっと物言いたげな視線で見つめている。


「もう役割だからとか、お金に換えるためだけじゃないって、わかってるんでしょ?」


 千鶴は目を瞠り、それからくしゃりと笑顔になると、頷いて桜司の手を引き寄せた。胸元で、桜司の白い手を自分の両手で包む。


「はい。わたしはもう、先輩たちの好意を疑ったりしません」


 優しいひとたちとの愛しい時間を疑うということは、彼らの心をも踏みにじることに等しい。千鶴はもう孤独で無価値な魂ではないからと、真っ直ぐに応えた。


「千鶴いい子ーっ!」


 ソファから跳びはねるようにして立ち上がったかと思うと、猫の姿になってそのまま千鶴の胸元へと飛び込んだ。突然のことに驚きつつも、すり寄ってごろごろ喉を鳴らす桐斗を千鶴が撫でていると、横から桜司が桐斗の首根っこを摘まんで持ち上げた。

 桐斗は猫になると柳雨の言葉通りの子猫になるらしく、片手で軽々摘ままれている。


「んー、なぅー! んなーぅ!」


 じたばた暴れて抵抗しながら、まるで抗議するように鳴いているのを、顔の高さまで上げて眺めていたかと思うと、溜息を一つ吐いて千鶴の膝に返した。完全に猫の姿だと千鶴の耳には猫の鳴き声にしか聞こえないため、いまどんなやりとりがなされたのかはわからないが、あの桜司が譲渡するような会話だったらしいことだけは伝わってきた。

 戻されたということは撫でても良いということなのだろうと、千鶴は再び背中を撫で始める。


「あれ……? 赤猫先輩、前回とは違う毛並みの猫さんなんですね」


 キャンプのときは三毛猫だったが、いまは白黒のぶち猫だ。目の色も前回は明るめの金色だったのが、いまはヘーゼルと緑が混ざった不思議な色をしている。指先で肉球をぷにぷに遊びながら不思議がっている千鶴に、桐斗は一生懸命鳴いて説明し始めた。


「子猫ちゃん、まだおチビちゃんはその姿だと声は聞こえないと思うぜ」

「んなぅ!?」


 驚いた声を上げたと思うと、桐斗は千鶴の膝でお座りしたままじっと桜司を見つめてなにかを訴えた。


「……はぁ」


 仕方ないと、顔に大きく書かれたような表情で嘆息し、桐斗の頭を鷲掴みにしながら話し始める。


「此奴は『大人になれなかった子猫の集合体』という妖ゆえ、魂の元になった猫のどの姿も取ることが出来るというだけだ」

「えっ、赤猫先輩ってほんとに子猫だったんですか……?」

「オレ様嘘つかなーい」


 膝でちょこんと丸くなっている桐斗を撫でながら、桜司と桐斗を交互に見る。先輩の中でも小さい身長や高めの声など、それらしい要素はあったが、柳雨の呼び名が本当に本質を表わしているとは思わなかった。


「猫又は長生きした猫の妖だが、妖猫はそれに限らん」

「子猫ちゃんの中の子猫ちゃんたちは一歳前後で死んだ子ばかりでな、だいたいが夏や冬を乗り切れなかった子で、あとは事故とかまあ、そんな感じだな」

「そうだったんですか……」


 小さな体を抱き上げて、そっと抱きしめる。耳元で喉を鳴らす音が聞こえて、千鶴はふわふわと手に心地良い毛並みを何度も撫でた。

 今日だけで犬神と桐斗の哀しい出自を聞いた千鶴は、胸が張り裂けそうだった。いまこうして赤猫桐斗として存在してくれていることが奇跡のようで、愛しくて、ぎゅっと抱きしめて頬を寄せた。


「……おい、寝るな」

「んー……」


 横から桜司が桐斗の頬を指先で突っつくと、桐斗の喉から微かな声が漏れた。千鶴に撫でられているうちに眠ってしまったらしく、ごろごろと喉を鳴らす音が徐々に小さくなっていく。


「赤猫先輩、今日は鮎ですよ」

「んなー……なーぅ……」


 欠伸をする音がして、もぞもぞと身動ぎしたかと思うと、膝の上で絶妙なバランスを取りながら後ろ足で耳の裏を掻いた。そしてまた一つ大きな欠伸をしてから床に降り、十数分ぶりに人の姿に戻った。


「はー……うっかり寝ちゃった。千鶴、ありがとね」

「皆さま、お夕食のお支度が調いましてございます」


 真上に伸びをすると、その手で千鶴の頭を撫で、にっこり微笑んだ。とほぼ同時に、部屋の外から小狐の声がして、夕食の支度が調ったとの報せが飛び込んできた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ