緩やかに
「あ、おかえりー」
「邪魔してるぜ」
社に戻ると、居間にいつもの顔ぶれが揃っていた。
テレビ前の据え置きゲーム機を桐斗と柳雨が占拠し、それをBGMに伊月がソファに寝そべって本を読んでいる。遊んでいるゲームがアナログか否かというだけで、部室にいるときと何ら変わりない光景がそこにあった。
「おチビちゃん、和服も似合うじゃん」
「ねー、可愛い」
「ありがとうございます」
礼の言葉を口にしながら三人の元へ近付いていく。画面の中ではキャラクターたちが霧の古城を駆け回っている様子が映し出されていて、ゲームに疎い千鶴にはいまなにが起きていてなにをしようとしているのかもわからないが、映像はCGと思えないくらい綺麗だと思った。
「外の景色とか、凄くきれいですね」
桐斗と柳雨のあいだ、ソファの背後から覗きながら言う千鶴に、桐斗は画面に視線を向けたまま「十年くらい前のとは思えないよねー」と同意した。
「このゲームは、なにが目的なんですか?」
「この男の子を操作して、白い女の子とお城の外に逃げるゲームだよ」
「いま出てきた黒い影あんだろ。あれに白い子が捕まって影の巣に連れ込まれちまうとゲームオーバー、セーブからやり直しってわけ」
「へぇ……結構たくさん出てきますね」
「すごいよねー。僕ら、セーブ縛りしてるから捕まったら最初からなんだよ。すっごいドキドキする」
「えっ」
空からも地上からも影が取り囲んできて、二人を引き裂こうと襲ってくる。影は白い少女を攫うと高く飛び上がって、遠くの黒い沼のような場所に引き込んでいくようだ。完全に飲み込まれなければ助け出せるようで、少年が追いついて引っ張り出した。
「お主ら、ゲームでも影退治か」
「あは、言われてみれば」
千鶴がゲーム画面に見入っていると背後から桜司に確保された。真上を見上げれば、月色の瞳が間近で千鶴を見下ろしている。
「長く歩いて疲れたであろう。先に湯に浸かってくるか」
「そう……ですね、そうします。先輩たちは、まだ暫くゲームしていますか?」
「うん、続き気になる?」
「はい。上がったらまた見たいです」
「あいよ。オレらもゆっくりやってるから、急がなくていいぜ」
「いってらー」
先輩たちに見送られ、千鶴はひとり居間を抜けて奥へと向かう。浴室は程よい広さの桜風呂で、桜並木のような優しい香りが湯気と共に満ちている。桜の木が檜などと同様風呂の建材に向いているのかはわからないが、白い木肌や淡い香りはとても心地良い。
浴衣を脱ぎ、桜司の仕草を思い出しながら真似て畳み、脱衣籠に置く。自分の小遣い程度でも買える服と違い、和装というだけで妙な緊張感がある。小物はなくさないよう洗面所の見えるところにまとめて置き、下着類はいつものように。
「タオルと中の紐は別で……服と一緒の感じでいいかな……」
着ていたものを選り分けて、浴室へ。やわらかく漂う湯気を吸い込んで、深く吐く。手桶で浴槽の湯を掬って体にかけると、汗と共に疲れが流れていくのを感じた。
「――――……で、お主らはいつまでいるつもりだ」
千鶴が風呂に癒されている頃。
桜司は伊月の向かい側のソファに腰掛け、自由気ままな客人たちをじっとりと睨んで言った。彼らは相変わらず部室にいたときと同じように寛いでおり、勝手知ったる人の家とばかりに飲み物や菓子類まで拝借している。
「んー、飽きるまではいるよ?」
「お主は元から夏と冬は居座っていたであろうが、そこの鴉まで居着く気か」
「え、オレ様? もうあの息苦しい故郷に帰る気はねぇし、いまは子猫ちゃんのとこで寝起きしてるけど」
「おい、初耳だぞ貴様」
「オレ様もいま初めて言った」
悪びれもせず言い切る柳雨の様子に、呆れて嘆息して伊月を見る。伊月はというと、いつの間にかソファに横たわったまま本を顔の上に載せて居眠りをしていた。
桜司の視線に気付いた柳雨が隣を見、手を伸ばして肩をつつくが、反応はない。
「あれ、龍神サマおねむ?」
「彼奴が最も自由だな……己の社のほうが静かだろうに」
「そーだよねえ。前ならこんな騒がしいところにいないで、一人になれる静かな場所を探して……」
そこまで言って、桐斗は言葉を切った。
「なんだ?」
「ううん、変わったのはおーじだけじゃないんだなって思っただけ」
うれしそうに、擽ったそうに笑う桐斗に、桜司は言葉の意図がわからず首を傾げる。伊月をつっつくのをやめてゲームに戻った柳雨には桐斗の言葉が伝わっているらしく、桐斗と似たような表情をしているのが何だか腹立たしい。が、まあいいかと背もたれに体を預けて一つ伸びをした。
暫くして、奥から居間へ向けてパタパタと駆けてくる足音が聞こえてきた。
「戻りました」
「おかえりー」
ひらりと手を振り、桐斗が答える。千鶴は大きなTシャツをワンピースのように着ており、湯上がりで火照った頬を手のひらで扇ぎながら桜司の隣に腰を下ろした。
「はい、お風呂入ったんなら水分補給したほうがいいよー。おーじの冷蔵庫から勝手に取ってきたやつだけどね」
「えっ」
自然な動作で桐斗に手渡された麦茶入りのグラスを受け取ってから、隣の桜司を見て顔色を窺う。桜司は最早あきらめ顔で、千鶴の頭を撫でた。
「気にするな。もう今更だ」
「はい、それじゃあ……頂きます」
空調の効いた室内で、冷えた麦茶を飲む。何だかとても贅沢をしているような心地で飲み干すと、グラスを手にしたままゲーム画面を見た。石畳の硬い質感や波の音、霞む遠景に謎の多い仕掛け。どれもよく作り込まれていて、横で見ているだけでも世界観に引き込まれる。
「これ終わったらどうしよっか。僕ら晩ご飯のこと何にも考えてなかったよね」
「あー……忘れてた。どっか食いに行くか? 作るの面倒くせぇし、小狐ちゃんにまで世話になるのはちょっとなー」
「ねー、おーじならともかく」
「お主ら……」
三人の会話を聞いていた千鶴が、小さく肩を震わせて顔を背けた。
「なーに、千鶴、いきなり笑い出して」
「ご、ごめんなさい……ふふ、仲が良くて羨ましいなって思ったら、つい……」
そんな千鶴を横目で見ながら、桐斗もつられて口元を緩める。
「まーね。僕ら、何だかんだで付き合い長いし」
「一番短いオレ様と子猫ちゃんでも百年くらいか?」
「規模が……」
軽く三桁の年数が飛び出してくる彼らの感覚に、千鶴は言葉をなくした。それだけの時間を共に過ごしてきたなら、仲が良いのも息が合うのも当然という説得力がある。
「おチビちゃんもどうせすぐオレらと同じ感覚が身につくから心配すんな」
「それは……安心していいんでしょうか……」
「てゆーか、身につかないとしんどいと思うよ? 知ってる人が次々先にいなくなっていっちゃうわけだし」
「……確かに、そうですね」
桐斗の言葉を受けて、千鶴は先のことを少しだけ想像してみた。両親を見送ることは通常の年齢からしても覚悟をしていることで、仕方ないことだ。けれど年の近い友人はどうだろうか。真莉愛のように、運命をやわらかく受け入れることが出来るだろうか。彼女以外の友人や大切な人は、幸か不幸か然程多くはない。それでも……と、そこまで考えて、首を振った。
どれほど想像しても、そのときになれば寂しくなるとわかりきっているのだ。
「でも、そのときに独りじゃなかったら、たぶん大丈夫だと思います」
「そーだね」
大きな画面の中では、主人公と女の子が第三者の登場によって引き裂かれたところが映し出されていた。桐斗は操作するキャラクターがいなくなったためコントローラーを一旦置いて、観戦の構えとなる。
「我がお主を独りにすると思うか?」
傍らから降ってきた声に振り向くが、桜司の視線はゲーム画面に向いている。千鶴は唇をやんわりと緩めて目を細め、同じ画面に視線を移して桜司の手を握った。
「いえ、少しも」
迷いのない答えを聞いて、桜司は満足げに千鶴の肩を抱き寄せた。




