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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【終ノ幕】鬼灯祭

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水面に映ゆ

「あ……あの、先輩、河川敷のほうまで歩きませんか?」

「ふふ。そうだな、元はといえば草履に足を慣れさせる目的であったな」


 立ち上がり、傘を差してから千鶴に手を差し伸べる。素直にその手を取り立ち上がる千鶴を悪戯そうに目を細めて見つめたかと思うと、桜司は千鶴の指先に口づけをして、なにか言われる前にと手を引いて歩き出した。

 言い返す頃合いを見失った千鶴は、熱くなった頬を夏の日差しのせいにして、桜司の隣を黙って歩くことにした。最低限の施設と自宅の往復ばかりであったため、この街に移り住んでもうふた月になるというのに、景色はどれも新鮮なものばかりだ。


「当日は、河川敷までの一本道は車道が封鎖されて縁日が並ぶことになって居る。その所々に休憩所が置かれるのだが、陽が暮れると宴会が始まるのもある種の名物だな」

「お祭りって、お酒も普通に売られるんですね」

「まあな。祭りの日は社に奉納品が届く日でもあるゆえ、我らはそれが来てから縁日へ参ろう。なに、黄昏時には全て届くからな、すぐ行けるであろうよ」

「はい」


 話しながらゆっくりと歩いているこの通りが、祭りの日には縁日が埋め尽くすのだ。黄昏の橙から夜へと空の色が移りゆき、提灯の明かりと縁日の明かりが通りを賑わして人々で溢れかえる。そのときを想像するだけで胸が躍る思いだった。


「お祭りも初めてなので、楽しみです」

「そうか。お主とはたくさん初体験が出来そうだな」

「はい、先輩。色々教えてくださいね」

「ふ、心得た」


 河川敷に着くと、土手に生い茂った夏草の中に紛れ込んでしまった小型犬を探し回る小学生の集団がいた。当の犬のほうは遊んでもらっているつもりらしく、背の高い草をかきわけて走り回るため、四~五人ほどの子供たちの隙間を軽々すり抜けてはしゃいでいる。そのうち子供たちのほうも楽しくなってきたのか笑い声があがり始め、最後には揃って川の浅瀬で水を掛け合い始めた。


「ここが、明日には灯籠でいっぱいになるんですね」

「うむ。昼間とは景色が全く違うゆえ、楽しみにして居れ」

「はい」


 焼け付くような日差しの中、子供たちのはしゃぐ声と犬の鳴き声が響き、遠くからは金属バットがボールを打つ音が聞こえた。音がしたほうを見れば、連なる屋根より高く聳える緑色のネットが見えた。

 千鶴の視線に気付いた桜司が、視線を追って「あれか」と呟く。


「市民球場だな。然程広くはないが、中高の練習試合なんかが彼処で開催される。最も大きい試合ともなるとこの街では賄いきれぬゆえ、本当に練習用の球場だがな」

「だいぶ神社から離れてますけど、あの辺は先輩の管轄じゃないんですか?」

「あの辺りは犬神村だったところゆえ、我ではなく犬神の奴の縄張りになって居る」

「犬神……」


 その単語をどこかで聞いた気がして、千鶴は記憶を辿った。桐斗たちと買い物をしたときの待ち合わせ場所だけではなく、もっと身近なところで聞いたはずだと唸りながら思い出そうと試みる。


「あ、新聞!」

「うん?」

「えっと、犬神ってどこかで聞いたなって思って……」

「ああ、そのことか。そうさな。その犬神が旧犬神村の主よ」

「わたしは会ったことないですよね……?」


 桜司は一つ頷くと、千鶴の肩を抱き寄せた。


「先輩?」

「……彼奴は噂をするとどこからともなく現れるゆえ、一応な」


 疑問符を浮かべながら桜司の顔を見上げていると、背後から中型犬の鳴き声がして、千鶴は思わず肩を跳ね上がらせた。


「呼んでは居らぬぞ」

「えぇー、ここは出て行ったほうがいいかなって思ったんスけどねぇ」


 振り返りながら桜司が睨みを利かせたその先には、枯れ藁色のふわふわした髪と橙の瞳を持った、褐色肌の青年がいた。作務衣の袖を襷で纏めて肩を出した涼しげな形で、足元は素足に草履という、ラフな格好をしている。項にちょこんと結んだ結い髪は犬の巻尾のようで、元結の和紙の白さが彼の浅黒い肌に良く映えている。

 なにより彼は左手に柴犬のパペットをつけており、それを動かすと本物の犬のような声がパペットの口元から聞こえてくるのだ。


「初めまして、特異点。おれは萩尾夜刀。萩の尻尾に夜の刀って書くッス」

「あ、は、初めまして。四季宮千鶴です」


 人好きのする笑みで挨拶をされ、思わず千鶴もつられて答えた。

 ぺこりとお辞儀をしてから顔を上げると、にんまり笑う夜刀と目が合った。


「いやあ、可愛らしいッスねえ。しかも十五年モノの特異点なんて滅多にあるもんじゃないッスよ」

「人を酒かなにかのように言うな、犬っころめが」

「似たようなもんでしょ。おれみたいな妖連中にとっては天上の酒も同様なんスから。ねえ、特異点」

「えっ」


 わからない話をしていたと思ったら急に話題を振られ、千鶴は目を丸くした。千鶴の反応を見て機嫌良さそうに笑うと、夜刀は袂から器用に名刺を取り出して、千鶴の前にスッと差し出した。


「はい、どうぞッス」

「え、っと……ありがとう、ございます……?」


 受け取った名刺には名前の横に『犬神新聞代表 兼 記者 兼 編集長』と書かれている。あまりに役職が多く、大文字で書かれている名前よりも役職のほうが飛び抜けてしまっていた。


「もしかして、お一人で……?」

「いや、一応助手はいるんスけど先パイんとこにいる小狐ちゃんみたいなもんでして、大きな仕事は任せられないんスよ」

「ああ、なるほど」


 頷きながら、小さな耳と尻尾のついた子犬が一生懸命お手伝いしているところを想像した。可愛くはあるが、記者としての仕事は難しそうに思う。


「先パイが許可してくれるんなら、うちの子犬にも会ってやってほしいッス」


 じっと、千鶴と夜刀の視線が桜司に注がれる。

 桜司は大仰に溜息を吐いて見せてから、仕方ないと言いたげに頷いた。


「我も同行するからな」

「それは勿論ッス!」


 ぱあっと笑顔になるのと同時に、夜刀の背後で影の巻尾が機嫌良く揺れた。

 本人には耳も尻尾もない、人間の姿をしているのに、影には犬耳と尻尾があることに今更気付いた千鶴が目を瞠る。


「おれ、先パイ方ん中で一番若い妖なんで、化けるのあんま得意じゃなくて。影までは集中力が持たねぇんスよねぇ……なんせ近代に人間が作った妖ッスから」


 うぅんと唸りながら一瞬影の耳と尻尾を隠すものの、すぐに元通りになってしまう。その微笑ましい仕草も気になるが、それより千鶴は気になることがあった。


「あの……人間が作ったって……?」

「あれ、犬神の作り方、知らないんスか?」


 きょとんとした丸い目が千鶴を見つめる。

 それならと、夜刀はパペットを動かしながら人形劇のようにして説明を始めた。


「まず犬を首だけ出して地面に埋めるでしょ。そんで、ギリギリ食えない位置にエサを置いてそのまま放置して、餓死寸前で首を落とすと出来上がりッス。犬神の首は陶器の瓶に入れて軒下に置いとくのが村での主流だったッスねえ」


 明るい口調で、犬神は自らの成り立ちを話して聞かせる。そのあまりに悲惨な内容に千鶴が言葉を失っていると、横から桜司が千鶴の頭を撫でた。


「あまり気に病むな。お主が生まれる何十年も前の話だ」

「ッスね。それに、鬼灯町の犬神筋は皆死に絶えてるんで、そいつらに呪われることもないッスよ」

「えっ……」


 先ほどから衝撃的なことばかり告げられて、処理が追いつかない。そんな千鶴を当の本人である夜刀は、丸い目で不思議そうに見つめている。


「ここに来るまで、おれらに無縁だったってほんとなんスねぇ」

「ごめんなさい、なにも知らなくて……」

「!?」


 しみじみと言う夜刀に落ち込んだ様子で千鶴が謝ると、夜刀が驚いて千鶴と桜司とを交互に見た。どうしたものかとオロオロしている様子を暫く眺めてから、桜司が小さく嘆息して「落ち着け、ふたりとも」と呟いた。


「犬っころは己の出自を自覚しろ。千鶴も、すぐに謝るな」

「はい……」


 頭上に桜司の手のひらを乗せたまま俯く千鶴を見、夜刀は目の前にしゃがんで千鶴の顔を見上げた。


「あの、おれの成り立ちは確かにあんな様ッスけど、でも別に、おれ個人は人間全部を恨んでたりはしないんで気にしなくていいッスよ。それにおれも、一応は特異点の保護部隊所属なんで、先パイ方みたいに仲良くなれたらなーって思ってるんス」

「……? 保護……えっ……いつの間にそんなものが……」

「百鬼夜行部のことだぞ、千鶴」

「あっ」


 得心がいった顔で千鶴が短く声を上げると、夜刀は端末の画面を見せた。


「おれはこれで参加してたッス」


 その画面には、抑々彼の噂をするに至った発端である、犬神新聞が表示されていた。古臭い日焼けしたような紙面に古印体のような掠れた字体、どこか時代を感じる煽りが書かれた見出し文と本文。それなのに内容は平成天皇から令和天皇へと変わったことが日常の一部かのように書かれている。

 その横に、特異点が鬼灯町入りすることを知らせる一文が添えてあった。


「ずっと、陰で支えていてくれてたんですね。ありがとうございます」

「お安いご用ッス」


 歯を見せて笑う夜刀の、影の尻尾が揺れている。それをじっと見ていると、気付いた夜刀が自分の影を振り返ってから千鶴に向き直り、ぽんっという、随分気の抜けた音と共に耳と尻尾を露わにして見せた。


「特異点、もしかして動物好きッスか?」

「はい、凄く……」

「だからさっきあんなヘコんでたんスね」


 なるほどなぁ、と笑いながら言うと、夜刀は跳ねるようにして千鶴に一歩近付いた。そしてお座りの格好のまま見上げると桜司をそっと窺いつつ千鶴の手にすり寄った。


「特別に撫でてもいいッスよ」

「わぁ……! すごい、ふわふわしてますね」


 人型ではあるが、毛並みの感触は犬に近かった。ふわふわと手にやわらかく馴染み、撫でている側も心地良い。


「先輩の毛並みはふわふわでさらさらですけど、夜刀さんはもの凄くふわふわですね。お腹を撫でているみたいな……」

「千鶴……お主というやつは」


 恋人の目の前で別の男を撫でるという、無神経と言われても仕方のないことをしても嘆息して呆れるだけで、咎めようとはしない。依然なら荒れていただろうが、嫁入りを約束したという事実は、桜司にとっての強みにもなったようだ。


「桜司先輩、すごくふわふわでした」

「……まあ、お主が堪能したならなによりだ」


 そう呆れつつも、上機嫌な千鶴の頬を撫でて抱き寄せ、夜刀を見下ろす。


「我らは社に戻る。犬っころもそろそろ戻れ。事務所はいま、子犬だけにして居るのであろう」

「あ、そういえば忘れてたッス。んじゃ、今度はうちに遊びに来てくださいね」

「はい、ぜひ」


 元気よく手を振って去って行く夜刀を見送ると、桜司は辺りを窺いもせず、傘の陰で千鶴に口づけをした。手でも頬でもない、唇を深く塞ぐ口づけを、真昼の河川敷で。


「……っ」

「我は嫉妬深いと言ったであろう?」

「知ってます……けど、完全に散歩中のわんこを撫でてる気分でした……」

「だろうよ」


 だからこそ見守っていたのだと、桜司は眉を下げて笑った。

 寄り添ったまま手を繋ぎ、来た道とは別の道を通って帰路につく。歩幅の違う足音が二つ分、からころと機嫌良く歌いながら道を進んでいく。

 社に着く頃には、陽はすっかり中天を越えていた。

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