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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【終ノ幕】鬼灯祭

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90/100

前夜祭

 鬼灯祭を明日に控えた日のこと。

 夏着物を着せてもらい、全身鏡の前でじっくりと自分の姿を見ること数十秒。千鶴は見慣れない姿に照れが込み上げてくるのを感じ、傍らの桜司を見上げた。


「あの……変じゃ、ないですか……?」


 桜司は不安そうに訊ねる千鶴を満足げに眺め、髪飾を崩さぬよう頭を撫でる。


「よく似合って居るぞ。さすがは我の嫁だな」

「ありがとう、ございます……」


 袖から覗く小さな手を取り、指先に口づけをすると、千鶴は頬を染めて俯いた。何度触れようとも慣れない姿はいじらしく、桜司の心をやわらかく擽る。


「やはり実際に着てみると印象が違うな」

「そうですね……帯がこの着物には明るすぎるかなって不安でしたけど、意外と合っていて驚きました」


 着物は黒と赤。帯は白を表に、赤い裏地を僅かに覗かせて、差し色を着物と合わせてある。髪飾には小さい金の鈴がついているが、玉が入っていないのか音はしない。


「そういえば千鶴。彼岸花の異名に狐が多く使われていることは知っていたか?」

「えっ、そうなんですか?」

「うむ。狐の嫁入りに使われている狐火、あれに見立てられていたようだな。花火やら蝋燭やら、それから嫁籠なんてのもあるぞ」

「色んな名前があるのは何となく知ってましたけど、それは知りませんでした」


 感心したように言いながら自身の着物を見下ろす千鶴を暫く眺めていたかと思うと、桜司は背後から抱き竦めて耳殻に唇を寄せた。


「それを思うとお主は、嫁入り衣装を着ているようにも見えるな」

「っ……またそういうことを……」


 照れて耳まで赤くなる千鶴を、愛おしさに任せて抱きしめたくなるところだったが、せっかく結んだ帯が崩れてしまうと、寸前で思い留まる。代わりに耳朶へ口づけすると頬を撫で、鏡越しに微笑んで見せた。


「せっかくだ、少し歩くか。草履にも慣れておいたほうが良いだろう」

「はい」


 並んで置かれている草履を、桜司に支えられながら履くと、いつもの靴より少しだけ視線が高くなった。歩く度に、からころと涼しげな音が鳴る。

 手を取られたまま並木道を抜けて石段へ至ると、背後からパタパタと駆け寄ってくる足音が二つ。振り向けばそこには、手足と耳と尻尾が狐のままな、六歳ほどの和服姿の少年がふたり並んでいた。彼らは桜司のお社で修行している小狐で、炊事や洗濯などを担っているのだという話だけは聞いていた。

 彼らはどちらも黒髪で、前髪の一房と耳の先、そして尻尾の先だけが白い。瞳は深い金色と水色のオッドアイだが、目の色は左右が逆の鏡映しとなっている。それ以外にも鏡映しの箇所は多く、例えば前髪の白い部分や髪を結っている箇所、着物の作りなどが向かい合って作ったようになっている。


「ぬしさま、おでかけでございますか」

「ああ、少し出てくる。昼過ぎには戻るゆえ、夕餉の支度を頼むぞ」

「あい、畏まりましてございます」

「そういえば千鶴は、初めてしっかり顔を合わせるか。此方が薊、此方が葵だ」


 桜司は右肩で髪を結っているほうを指してから、鏡合わせのように左肩で髪を結っているほうを指し、順に名を教えた。


「お初にお目にかかります。薊と申します」

「葵と申します」


 ぺこりとお行儀良く揃ってお辞儀をするふたりに千鶴が「初めまして」と答えると、小狐たちはにっこりと微笑んで見上げた。


「お嫁さま、お夕食にご希望はございますか?」

「!? えっ……ええと、この前頂いたお魚が美味しかったので、もし良ければ、またふたりが焼いたお魚が食べたいかな」

「光栄にございますっ」

「おいしいお魚を釣ってまいりますっ」


 呼び方を訂正しようにも、あまりにもうれしそうに尻尾を振られてしまっては、口を挟む気になれなかった。大きな目をきらきらさせて、小狐は張り切って頷く。


「ぬしさま、お嫁さま、行ってらっしゃいませ」


 ふたり揃っての見送りに手を振って、桜司に手を引かれながら石段を降りていく。


「可愛い小狐さんたちですね」

「まあ、否定はせぬよ」


 石段を降りきると、桜司は繋いでいないほうの手で番傘を差しながら公園へ続く道を歩き出した。桜司は千鶴の手を包むようにして握り、千鶴に日陰が出来るようにして、そして千鶴に歩幅を合わせて歩いている。

 そのさり気ない優しさがうれしくて、思わず笑みが漏れた。


「なんだ、随分機嫌が良いな」

「先輩と一緒にいられてうれしいからですよ」


 傍らを歩く桜司を見上げて言う千鶴を、桜司は目を丸くして見下ろした。その表情が擽ったくて、千鶴は繋いでいる手に少しだけ力を込めて握り返してみた。


「お主には敵わぬな」

「お互い様です、先輩」


 からころ、からころ。小気味良い音を奏でながら夏の街を行く。

 公園が見えてくると、夏真っ盛りの真昼間だというのに、元気にはしゃぎ回る子供の姿があった。保護者と思しき女性が数人、四阿の下で子供たちを見守っている。

 中央公園は敷地が広く、噴水や土を堆く盛って作った山やアスレチックがある他に、敷地を一周出来るジョギングコースや自動販売機を併設した休憩所などが整っており、更に近くには町営プールがあるため、夏場は多くの人が訪れる。

 鬼灯祭の縁日もこの公園から河川敷へ通じる道に並ぶため、既に準備をしている人がいくらか見られた。

 桜司は千鶴の手を引いて木陰へ移動すると、丁度良い位置にあるベンチに腰掛けた。さすがにここでは膝に招くことはしなかったが、隣に座る千鶴の手は依然握ったまま、時折指を絡めたりして遊んでいる。


「もうこの辺はお祭りの気配がありますね」

「そうだな。公民館のほうでは鬼灯提灯が並んでいる頃だろう」

「このお祭りって、確か一ヶ月くらい前から準備してるんですよね」

「うむ。街一番の名物だからなあ。合併以降は祭も一つになって、だいぶ賑わうようになったものだ」


 昔を懐かしむように目を細めて言う桜司の横顔を、千鶴は眩しそうに見上げた。


「先輩」

「うん?」


 この街が村だった頃から見守って来た彼の目に映る鬼灯町はどんな色をしているのか気になった千鶴は、そっと寄り添いながら訊ねてみることにした。


「昔の鬼灯町ってどんな感じだったんですか?」

「そうさなあ……」


 遠くを見る目で公園を眺めてから、ぽつりと話し始める。


「……千年ほど前に伊月の奴が移り住んで来るまでは、雨が降る度に川の増水がひどい土地であったな」

「千年……それまでは、桜司先輩しかいなかったんですか?」

「ああ、この辺りはまず、千五百年ほど前に白狐村が出来たのが始まりでな。それまでここは、人が住めるような土地ではなかった。我も人型など取ることなく、ただの桜であった」

「えっ」


 驚き目を丸くする千鶴を、にんまり笑って見下ろすと、頭を撫でながら続けた。


「人が住むようになった頃には、我はだいぶ大きな木になっていてな。荒れた土地ゆえ拠り所がほしかったのであろう人の手によりご神木と呼ばれるようになり、社が出来、気付けばこうなっていた」

「あれ……? でも、先輩のお社は稲荷神社ですよね」

「うむ。偶然迷い込んだ白い狐……まあ、冬に見たせいで毛並みが白かっただけだが、それを神の使いと信じた当時の民が、我と狐を混同したのが始まりよ」

「そうだったんですね……」

「抑々、稲荷神は豊穣の女神……桜が元であるゆえにこの姿というわけだ」


 稲荷が女神であることも知らなかった千鶴は、ただ感心して聞き入った。街のことを聞くだけのつもりだったが、思わぬところで桜司の成り立ちを知ることが出来た。


「その人たちのお陰で、わたしはこうして先輩に触れられるんですよね」


 千鶴は繋いだままの桜司の手を自身の頬へと寄せて呟く。


「まあ、あれがなければどうなっていたかはわからぬからなあ……我の大元である桜の木は雷雨で折れてしまっているし」

「えっ、そうなんですか?」

「元々天候の荒れやすい土地であった上、高台に立つ大きな木とくれば雷が落ちるのはそこしかあるまい。昔は建物も荒ら屋のようなものばかりであったからな」

「それは……残念ですね。きっといまも生きていたら、綺麗に咲いたでしょうに……」


 愛おしむように手にすり寄る千鶴を暫く見守っていたかと思うと、桜司は千鶴の手を自分のほうへと引き寄せて唇を触れるだけの口づけをした。


「なに、神域に来れば見られるぞ。お主になら見せてやっても良い」

「本当ですか?」

「嫁に隠し事はせぬよ」


 蜂蜜の如く甘い双眸を緩めて笑み、桜司は千鶴を抱き寄せる。そしてそのまま唇へとそっと口づけをすると、真っ赤に頬を染めて固まる千鶴を愛おしげに撫でた。


「……公園ですよ……?」

「構うものか。それに、お主が可愛いのが悪い」

「その責任転嫁の仕方はひどいと思います……」


 照れて俯きかけた顔に手を添えて、そっと仰のかせる。抵抗しないのを良いことに、また口づけをした。

 蝉の声が遠く聞こえて、千鶴は木陰にいるにも拘らず熱が上がるのを感じた。

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