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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【愛ノ幕】結びの春

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鶴に幕

 部室棟の部屋近くまで来たところで、伊月が足を止めた。肩を抱かれていた千鶴も、それにつられる形で足を止めて傍らの高い位置にある顔を見上げる。


「……治してからでないとうるさいな」

「あー……」


 柳雨が千鶴の顔を覗き込み、左頬を撫でる。そこはすっかり熱を持っていて、恐らく叩いた手も今頃痺れているだろうほどだ。


「じっとしていろ」

「はい」


 上向きのまま顎を固定され、赤くなっているところに伊月の手が触れる。微かに水の匂いがしたかと思うとヒリヒリしていた箇所がスウッと冷え、とけるようにして痛みが消えていった。


「すごい……ありがとうございます」

「大したことではない」

「おチビちゃん、今日は狐のが離さねえと思うから、その……達者でな」

「!?」


 不吉な言葉と共に部室の扉が開かれ、同時に柳雨がひらりと身をかわした。真っ直ぐ千鶴めがけて飛んできた白いものを受け止めきれずに倒れかけたのを、傍にいた伊月が片腕で支えながら嘆息した。


「も……無理、しぬかと思った……」

「お疲れ子猫ちゃん。今日はオレ様が労ってやるからな」


 部室からは桐斗が息も絶え絶えといった様子で這い出てきているが、桜司に埋もれている千鶴からは、その姿を見ることは出来ていない。


「落ち着け」

「これが落ち着いていられるか! 猫を使ってまで我を閉じ込めおって!」


 冷静に諭す伊月に対して、千鶴をぎゅうぎゅうに抱きしめながら叫ぶ桜司を、千鶴は伊月に支えられながら抱き返し、優しく宥めるように背中を撫でた。


「先輩、わたしなら大丈夫ですから……」

「聞かぬ。お主の大丈夫ほど信用ならん言葉はない」

「うぅ……わたし、そこまで無茶したことないはずですけど……」


 伊月が千鶴を支えていないほうの手で桜司の首根っこを掴んで引き起こすと、倒れる寸前のような体勢から漸く解放された千鶴がそっと息を吐いた。そこで漸く桐斗の姿に気付くが、桐斗はひらひらと手を振るだけで精一杯のようで、肩で息をしながらひとり部室入口で座り込んでいる。


「……帰るぞ」

「えっ!?」


 桜司は低く唸るように呟いたかと思うと、千鶴を横抱きに抱え上げ、有無を言わせず歩き出した。


「先輩、わたし、鞄がまだ教室に……!」

「おチビちゃん、あとでオレ様が届けるからがんばれー!」

「ええっ!? そんな……!」


 ぐったりしている桐斗を介抱しながら柳雨が叫ぶ。問答無用で部室が遠ざかり、遂に角を曲がって見えなくなった。

 夏休みとあって早々に生徒は帰っており、殆ど無人の校舎の片隅で、足を止める。


「…………お主は」

「……?」


 ぎゅっと抱く腕に力がこもり、喉元に桜司の顔が埋められる。そのままの格好で頭をすり寄せると、桜司は消え入りそうな声で呟いた。


「……もっと、己を大事にしろ」

「先輩……」


 泣きそうな、か細い声だった。その一言でどれほど心配かけたのかを今更思い知り、千鶴は己の軽率な行動を反省した。


「その身は最早、お主一人のものではないのだぞ」

「……そうですね。すみません……ずっと、よくあることだったから、ああいうのにも慣れてしまってて、つい……でも、もうしません」


 桜司は答えの代わりのつもりか捕えた獲物にするように千鶴の喉元を甘噛みすると、抱えたままキスをした。


「帰るぞ」

「えっ……このままですか……?」

「このほうが早い」


 そう言って、昇降口を跳ねるように越えると、次の瞬間には目の前に社があった。 


「い、いまのは……?」

「境界と境界を繋いだだけだ。部室もこの要領で異界と学校を繋いでいるのだぞ」

「なるほど……??」


 何度体験しても慣れないものは慣れないし、理解出来ないものは理解出来ない。だが事実は小説より奇っ怪な姿でもって容赦なく千鶴の目の前に現れる。

 桜司は奥の社に入ると真っ直ぐ寝所へ向かい、千鶴を寝台にそっと寝かせてその上に覆い被さった。


「え、あの……先輩……?」


 所謂「押し倒された」格好で桜司を見上げ、困惑する千鶴を真剣な眼差しで見下ろしながら、桜司は貪るように唇を塞いだ。


「っ……ふ、ぁ……せ、んぱ……んぅっ」


 零れかけた言葉も全て飲み込むように、何度も深く口づけをする。濡れた音が千鶴の聴覚を擽り、寝台に縫い付けられている手首から伝わる高すぎる体温に侵され、全身がむせ返る春の香りに飲まれていく。


「……はぁ……はぁ……桜司、先輩……」


 のぼせたような、どこかとろけた表情で名前を呼ぶ千鶴の色づいた頬を撫で、桜司は望月の瞳に獰猛な光を宿して口元に笑みを引いた。


「どうもお主は未だ誰のものか自覚しておらぬようだからな、その身と魂に確と刻んでやろうぞ」


 この期に及んで、桜司の言葉の意味がわからないほど子供ではない千鶴は、既に赤い顔を更に赤くさせながら桜司を見つめ、そして小さく頷いた。


「……良いのか? あとになって嫌だと言っても退かぬぞ」

「はい……」


 熱で潤んだ目を細めて微笑み、桜司の肩に腕を回す。そっと引き寄せると、千鶴から桜司に口づけをして、さらりと指に馴染むやわらかな白い髪を撫でた。


「わたしの全部を、先輩の色で染めてください」

「……そうか。ならば最早聞かぬ。お主の全て、我がもらいうける」


 純白の春に、五感全てが満たされる。

 微睡みにも似た幸福が全身を包むのを感じながら、千鶴は甘い唇を受け入れた。

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