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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【愛ノ幕】結びの春

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桐に雨

 学校に着くと、前方からピンク色の頭が真っ直ぐ千鶴に駆け寄ってきて飛びついた。そのままぎゅうっと抱きしめながら、桐斗は機嫌良さそうに笑う。


「千鶴、おめでと!」

「え? えっと……??」

「二人で来たってことは、おーじのお嫁さんになるんでしょ?」

「!?? え、ど、どうしてそれを……?」


 驚く千鶴の背後からもう一つ別の気配が近付いてきて、肩に大きな手が軽く触れた。


「おチビちゃん、部室から消えてそのまま狐のんとこ行ったろ」

「あの場所に招かれたなら話すことは一つだし、一緒にいるなら同意したんだろうし、見ればわかるみたいな?」

「……そう……です……」


 桐斗たちから改めて言われると、実感が重なって顔が熱くなる。

 千鶴が火照った顔のままどうにか肯定すると、桐斗が一層はしゃいで飛び跳ねた。


「あははっ、やっぱり! よかったー! 僕、ずっと千鶴のこと心配してたんだから、しあわせになってくれないと僕が報われないんだからね」

「はい。あの……ありがとうございます」

「千鶴いい子ー!」


 ぎゅうぎゅうに抱きしめたまま、桐斗がうれしそうに笑って千鶴を撫で回す。そして千鶴に張り付いたままで桜司を見上げると、不服そうにしている金眼を見つめて笑みを浮かべた。


「千鶴のこと泣かしたら僕が暫く閉じ込めちゃうからね」

「いらぬ心配だ」


 悪戯っぽく言う桐斗に、桜司も負けじと言い返す。


「あ、でもおーじ、千鶴の卒業までは待つんでしょ?」

「一応そのつもりだ。我の元へ来る以上学歴など最早無意味ではあるが、友人と過ごす時間まで奪うほど鬼ではないからな」

「へえ、やっさしー」

「おチビちゃんにあんなことしたくせになー」

「ねー」


 横から茶化す柳雨と桐斗に、桜司はじっとりと睨んで「うるさい」と一言。そして、千鶴にくっついたままの桐斗を引き剥がすと、自らの腕の中に閉じ込めた。


「おチビちゃんには優しいのにオレ様たちには優しくなーい」

「やさしくなーい」

「喧しい」


 妙に息の合った二人を雑にあしらうと、桜司は千鶴の手を引いて歩き出した。千鶴はそこで初めて登校時刻真っ只中の校庭でじゃれ合っていたことを思い出し、今更ながら辺りを見回した。だが周囲の人はまるで千鶴たちを気にしておらず、それぞれが友人と談笑しながら通り過ぎていく。

 変に自意識過剰だったことに恥ずかしくなりながらも安堵しつつ、千鶴は桜司の手を握り返した。


「では、またあとでな」

「はい」


 教室の前で桜司と別れる―――はずが、一度離した手を再び掴まれて、振り返った。


「……っ!!?」


 瞬間、唇に触れるだけの口づけがされ、千鶴は時間が止まったかのように固まった。真っ赤な顔で硬直したまま桜司を見つめる千鶴を見下ろし、満足げに微笑むと、桜司は千鶴の頭を撫でて「ではな」と言って去って行った。

 廊下のざわめきから逃げるようにして教室に入り、真莉愛に駆け寄る。そのまま細い体を抱きしめ、肩に埋もれて顔を隠した。


「真莉愛ちゃん……わたしの癒し……」

「おはようです、千鶴」


 真莉愛はそんな千鶴の背中を撫でながら、朗らかに挨拶をしている。真莉愛も最近は千鶴の扱いに慣れてきて、なにも言わずに抱きしめられても無抵抗でにこにこしながら受け入れるようになっていた。


「はぁ……癒された」


 暫くそのまま埋もれて、漸く不意打ちから立ち直って顔を上げると、笑顔の真莉愛と目が合った。真莉愛の表情はいつになくうれしそうで、千鶴は首を傾げた。


「真莉愛ちゃん、どうかした?」

「ふふ、千鶴も、まりあと同じです」


 そう言って、真莉愛は千鶴の手を取る。そのまま千鶴の左手の薬指を指先で撫でて、にっこりと笑って見せた。真莉愛の指は、左手薬指の付け根にある。それがなにを意味するのか理解した途端に、一度は落ち着いたはずの顔の熱が再び上昇した。


「千鶴がしあわせを見つけたのが、まりあはとてもうれしいのです」

「……真莉愛ちゃんは何でもお見通しだね」


 照れ笑いを浮かべる千鶴を、今度は真莉愛が抱きしめた。耳元で、うれしそうに笑う真莉愛の声がする。

 体を離すと、真莉愛の頬が淡く染まっていた。本当に心から千鶴のしあわせを喜んでいるのだと、その表情と仕草が物語っている。


「千鶴は、卒業までいられるのですか?」

「うん、先輩が待ってくれるって。……真莉愛ちゃんは?」

「まりあも卒業までちゃんと待ってもらえます。一緒ですね」

「良かった。真莉愛ちゃんと一緒に卒業出来るんだね」


 真莉愛とじゃれていると伊織も登校してきて二人の輪に加わった。


「おはよう、相変わらず仲いいな」

「おはよ、伊織くん」

「おはようです。まりあは伊織とも仲良しですよ。ね、千鶴」

「ねー」


 顔を見合わせて笑いながら言う二人を見て、伊織が「やっぱ仲良しだろお前ら」と、笑った。


「そういや夏休みは、二人ともなんか予定あんのか?」

「まりあは一度、英国へ帰る予定です」

「あれ、そうなんだ」

「はい。未来の旦那様のお家を訪ねるのです」

「えっ」


 真莉愛の言葉に反応したのは伊織だ。

 伊織は婚約者の存在を聞いていなかったようで、驚いた顔で真莉愛を見つめている。


「真莉愛、婚約者がいたのか」

「はい、産まれたときから決まっていた相手です」

「すげぇな……」


 感心する伊織の目が、千鶴のほうを向く。


「もしかしてさっき、その話をしてたのか?」

「うん、そんなとこ。帰国の話はいま聞いたんだけどね」

「帰国は一週間ほどなので、鬼灯祭までには戻ってきます」


 鬼灯祭。鬼灯町が出来たときから存在する祭で、白狐村の縁日と龍神村の灯籠流し、それから犬神村の花火と盆踊りが一つに合わさった、二日間続く祭だ。


「お祭りは家族と行く予定ですけれど、千鶴と伊織はどうですか?」

「俺は毎年爺さんに連れられてたんだけど、今年はどうだろうな。元気そうなら今年は俺が連れ出してみようかと思ってる」

「いいんじゃない? わたしは先輩と鬼灯灯籠を流す約束をしてるんだ」

「そっか……千鶴は灯籠を流す相手がいるんだな」


 伊織が眉を下げて千鶴を見る。

 灯籠流しは、単なる風物詩ではない。流すべき相手がいる者だけが流すことになっており、相手がいないのに流すと、自分や家族などがそれに乗って流れて逝ってしまうと言われている、一種の慰霊の儀式だ。


「鬼灯祭はそれぞれバラバラだし、なんかどっかで遊びたいよな」

「そうだね。せっかくの夏休みだし……そうだ、前に真莉愛ちゃん、うちでもお泊まりしようって言ったよね。伊織くんも一緒にどう?」

「え、いいのか? 真莉愛との約束なんじゃ……」

「はいっ。お泊まりはたくさんが楽しいですから、伊織も一緒にお泊まりしましょう」

「そっか、じゃあ俺も邪魔するわ」

「やった!」


 夏休みの予定が早くも一つ決まったところで、神蛇が鐘の音と共に入ってきた。皆に講堂へ向かうよう声をかけ、いよいよ終業式が始まる。

 生徒たちの纏う空気は既に夏休みのそれで、講堂までの道中も休暇の予定についての話題ばかりだった。

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