呪詛の行く先
放課後。
家に帰るには、あの道を通らなければならない。見晴らしの良い二車線の交差点が、徐々に近付いてくる。無意識のうちに、肩にかけていた鞄の紐を強く握り締めていた。遠く、とある電信柱の根元に花が供えられているのが見える。
「千鶴、待ってください」
不意に真莉愛に声をかけられ、千鶴は足を止めた。そして、なにかあったのかと声をかけようと隣を歩いていた真莉愛のほうを振り向いたのと同時に、真莉愛の手が千鶴の手を掴んで僅かに彼女のほうへと引き寄せた。
――――そのときだった。
「きゃあああッ!!」
千鶴の背後を、質量のある風が突き抜けた。甲高い女性の悲鳴の直後、けたたましいブレーキの音と硝子の割れる音、重いものがなにかにぶつかったような鈍い音と金属の塊がひしゃげる激しい音が、同時に車道から響いた。
車道側を歩いていた千鶴は、不吉な衝撃音しか聞いていない。だが千鶴を呼び止めた真莉愛は、音の元凶を全て目にしてしまっていた。その証拠に、千鶴の肩を越してその奥、向こう岸の惨状を見つめたまま固まっている。
「真莉愛ちゃん、真莉愛ちゃん大丈夫?」
「……ぁ、だいじょうぶ、です……千鶴は、振り向かないでください……おねがい……見ないで……このまま……」
縋り付くように両の肩にしがみつかれては、振り返るどころか身動きすら取れない。怯えて震える真莉愛の手を振り払うなど出来るはずもなく、そしてなにより、背後から否応なく聞こえてくる野次馬たちの囁く声が、凄惨な状況を伝えてくるのだ。その目で見たら、夢に見るどころではなくなってしまう。
「また、鬼灯中の子が……」
「やっぱあの動画のせいじゃない?」
「そうゆうのマジであるんだ……ヤバ……」
「うわ、ぐちゃぐちゃじゃん」
「え、待って、頭なくない?」
「やだ……! やめてよそうゆうこと言うの」
下校時刻真っ只中だったためか、野次馬は中高生が多いようだ。
数分後、警察と救急車が到着して野次馬の数も減り、目隠しのためのシートが周囲を覆い隠した。千鶴は緊急車両のサイレンと作業の音で何となく察するしかなかったが、真莉愛の様子を見るに、どうやら大方見えなくなったようだ。
「……ごめんなさい、行きましょう。千鶴はあちらを見ないようにしてください」
「うん、ありがとう。真莉愛ちゃんも無理しないでね」
どちらからともなく手を繋ぎ、視線をわざとらしいほどに歩道側へ寄せながら、その場を離れた。
「…………千鶴」
現場から遠ざかり、ざわめきもサイレンも聞こえなくなった頃。真莉愛は千鶴の手をきゅっと握り直し、ぽつりと零した。
「いけないことした鬼灯中学の子、たぶん、あと一人だと思います」
「え……? どうしてわかるの?」
千鶴の問いに、真莉愛は泣きそうな顔をしながら逡巡した。ややあって意を決すると静かに口を開く。
「まりあは、小さい頃からそういうことが、ときどきわかるのです。あまり人に言うとおかしな子だと思われるので、言わないようにしているのですけど……朝、千鶴の首に痣があるのが見えて……」
どこか苦しげな表情で真莉愛は続ける。
「……さっきの事故のとき、大きな影が轢かれた子に絡みついていて……それが千鶴の痣の形に似ていたのです。影が消えるとき、あと一人って聞こえました。でもその影、千鶴のことは怒っていなかったのです。……ごめんなさい、こんなこと急に言われても信じられないですよね」
「う、ううん、そんなことないよ。わたしだって真莉愛ちゃんのこと信じなかったら、自分のこの痣が何なのか説明出来ないし……」
「ありがとう……」
それからは繋いだ手をそのままに、無言で歩き続けた。現場を離れても、まだ事故の衝撃音や悲鳴が耳に張り付いているようで落ち着かない。
「まりあのおうちはこちらなので、ここで……」
分かれ道の前で足を止め、名残惜しそうに手を離す。
「うん、それじゃ……また明日ね」
「はい、また明日です」
手を振り、遠ざかっていく真莉愛の背を見送る。
ここからは歩道と車道の境がない住宅街を抜けていく。道幅が狭い代わりに、無謀な速度を出す車も殆どない。周辺の家々から生活の気配はするが、道を歩く人影はなく、初夏の夕陽が鮮やかに街並みを照らし出している。
間もなく家が見えてくるというところで、前方に人影を認め、足を止めた。
「あれは……?」
その人影は千鶴の家の奥へ向かい、そのまま玄関に入るでもなく裏手へ回っていく。不審者かと思ったが、後ろ姿が鬼灯高校の制服だった。まさか泥棒に入るのに制服姿で来る者もないだろう。
千鶴はそっと謎の人物のあとをつけて裏手へと回った。