表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【陸ノ幕】おじいさんの時計

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/100

老いては子に従え

 ハラハラしながら待っていると、伊織が扉を開けて顔を覗かせた。


「……悪い、手伝ってくれ」

「うん、そのつもりで来たから」


 傍らに立つ菖蒲を見ると、千鶴を見上げながらにっこり笑い『うちに任せちょき』と頼もしい言葉で以て応えた。

 伊織に先導され、緊張しながら病室に入る。やはりというか当然というか、何者かという怪訝な目で見られて思わず萎縮した。


「じいさん、紹介するよ。俺の友達」

「初めまして。伊織くんにはいつもお世話になってます、四季宮千鶴といいます」


 睨めつけるような視線に臆する千鶴の背に、小さな手が添えられる。菖蒲はそのまま両手を背中に当てた格好のまま、千鶴の名を呼んだ。


『暫し借りるぞ』

「えっ」

『後ろの正面―――』


 だあれ。

 背後で菖蒲が囁いたかと思うと、千鶴は一瞬目眩を起こしたようにふらつき、両手をベッドのフットボードについた。


「おい、大丈夫か……?」


 伊織が心配して声をかけた瞬間、先ほどまでの怯えた表情から一変、強気の眼差しで曾祖父を見据え、スウッと息を吸った。そして、


「おんしゃあ、いい加減にせんかえ!!」


 千鶴の口から、少女とも少年ともつかない、幼い子供の声が飛び出した。驚きに目を丸くする二人を余所に、千鶴―――の口を借りた菖蒲が叫ぶ。


「散々心配かけて、世話にまでなっといて、言うことがそれかえ!! 情けのうて涙も出んわ! おんしゃがどう思っちょってもじじいじゃいうことは変わらんがじゃ!! 悪あがきせんと、身の程っちゅうもんを思い知ったらどうじゃ!!」


 唇を噛みしめ、震える手でフットボードを握り締める。曾祖父は点滴のついた右手で布団をキツく握り、一筋の涙を零した。


「おまん……兄貴か……ずっと、ずっと家に居ったがか……」

「おんしゃが頼りないき、成仏する暇もなかったぜよ。ひ孫に次々逃げられるわ、一番おんしゃを慕ってくれちゅう子ぉまで散々傷つけて、それでも一人で家を守りゆう気になっちゅうおんしゃが心配でのぉ!」


 ぐっと、言葉に詰まる声がした。 

 やがて静かに項垂れると、曾祖父は「そうか……」と力なく呟いた。


「我が子に絶縁されて、孫も抱かせてもらえん母親の気持ちも考えられんほどおんしは人でなしになったがか」

「孫……じゃと……」


 伊織も伊織の母も、決して口にはしなかったことだ。県外で暮らす次子は一族の柵を逃れて、生まれたままの我が子を何一つ否定せず育てている。


「ほがなこと、誰も……」

「ひ孫が出て行っても気にもせんかったがはおんしゃのほうじゃろうが」


 存在すら知らされずにいたことに驚くが、菖蒲は当然だと言い捨てる。

 返す言葉もないとはこのことだ。長子に海外へ逃げられた直後だったこともあって、女孫がいなくなろうとどうでも良いと突っぱねたのは曾祖父自身なのだ。


「おんしに会わいたら跡継ぎに取り上げられるじゃろうて、逃げたひ孫の子じゃ。今更じじいのはげ頭一つ下げたくらいじゃあ赦されんじゃろうが、ふんぞり返ったまんまで家が持つと思うなや」


 いままでどれほど言いたいことが溜まっていたやら、菖蒲は次々に彼の家族の誰もが言えずにいたであろうことを投げつけていく。手術を乗り越えたばかりの老体だろうとお構いなしだ。


「ちったぁ反省せぇよ」


 項垂れる曾祖父にそう言うと、わざとらしく咳払いをして、


「ほうじゃ、たまにはうちの膳にもかるぴすとやらを供えとうせ」


 最後にそう言うと、千鶴の体を解放した。

 一瞬ふわりと体が浮くような感覚がしたのち、千鶴は意識を取り戻した。先ほどまで菖蒲が自分の体を通して喋っていたことは、どこか意識の遠いところで聞いていたが、ぼんやりとしか覚えていない。

 頭を軽く振り、部屋を見回す。菖蒲は帰ったのか、室内には見当たらなかった。


「あの……」


 千鶴が声をかけようとしたとき、曾祖父は首を振ってから顔を上げた。


「すまんが、暫く一人にしてくれ」

「爺さん……」

「心配するな。もう勝手に帰るとは言わん」


 伊織と言い争っていたときの勢いは最早どこにもない。点滴に繋がれたか弱い老人の姿に見合った、乾いて枯れた声で伊織に告げる。


「……わかった。なんか必要なものがあったら呼んでくれな」


 それだけ言うと、伊織は千鶴に目配せをして促し、二人揃って病室を出た。

 病院の一階ロビー近くにあるレストランに入り、千鶴と伊織は一先ずといった様子で一息ついた。伊織はアイスコーヒー、千鶴は紅茶を頼んで、窓際の席に向かい合う形で座ると「お疲れさま」と言い合った。


「おじいさんは、たぶんもう大丈夫だと思うよ」

「そうなのか……? だいぶ堪えてたみたいだけど」

「うん」


 菖蒲を通して見ていたからだろうか。彼の表情が、言葉の端々から滲み出る感情が、何故か手に取るように理解出来た。


「菖蒲ちゃんが……お兄さんが小さい頃に亡くなって、自分が家を守らなきゃっていう使命感だけでずっと頑なになってたみたい。男の子が長生き出来ない時代は終わってたはずなのに、息子さんが立て続けに亡くなったこともあったのかな……」

「俺の爺ちゃん……小さい頃に死んだ爺ちゃんの兄弟たちも、戦争とか何とかで早死にしちまってたらしいしな」

「ずっと自分が何とかしなきゃって思ってたけど、お兄さんに見られてたってわかって肩の力が抜けたみたいだった。だから、もう大丈夫だよ」


 テーブルの上に置かれた伊織の手を両手で包みながら、千鶴が優しく微笑む。


「そっか。……そうか……良かった」


 噛みしめるように、伊織が呟く。千鶴の手の中で、小さくぎゅっと握り締める気配がして、千鶴は固められた拳を宥めるように撫でた。吹き抜けのように高い天井まで届く大きな窓からは、病院前の遊歩道と広場が見える。


「そうだ。菖蒲ちゃんとおじいさん、どこかの方言喋ってるみたいだったけど、どこの方言か知らない?」


 芝生の上を子供や小型犬が駆け回る姿を視界の端に捕えながら、千鶴はふと気付いたことを訊ねた。


「ああ……あれな。爺さんのおじさんが高知出身でさ、四国や九州辺りを転々としてた人で、土産話を訛り全開で聞かせてくれてたらしい。その人も家を継がずに出て行った人だから当時の家長から好かれてなかったっぽいんだけど。だからその人と兄さんとで話すときだけの、秘密の言葉みたいなもんだったんだと」

「成る程、それで……」

「爺さんも、どこかで自由にあちこち行くような生活に憧れがあったのかもな」


 菖蒲は出会ったときからあの喋り方だったが、もしかしたら彼にとってはその時間が一番記憶に残る出来事だったのかも知れない。知らない土地の知らない話に兄弟揃って目を輝かせる様が見えるようで、千鶴は眩しい朝日に目を細めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ