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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【陸ノ幕】おじいさんの時計

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自家薬籠中の物として

 柳雨に抱えられた状態で空を駆け、千鶴と菖蒲は伊織の家の門前に下ろされた。彼は千鶴たちを下ろすと、すぐに神社のほうへ飛び立っていった。

 突然いなくなって心配しているかも知れないと、緊張しながら呼び鈴を押す。

 暫く待っていると、家の奥から門まで響く足音が近付いてきた。


「千鶴!!」


 ガラッと勢いよく扉が開いたかと思うと、伊織は真っ直ぐ千鶴に駆け寄って、勢いのまま千鶴を抱きしめた。余程慌ててきたのか、足元は靴下だけで、靴を引っかけてすらいない。


「お前、いきなり消えるから心配したんだぞ!」

「……ごめん、説明する時間がなかったのと、なんて言ったらいいかわからなくて……わたしも必死だったから……ごめんね」


 締め上げるような強さで、縋るような痛みで以て抱きしめながら、伊織が叫ぶ。その声と言葉と腕が、彼の心を千鶴に刻み込んでいく。それらを全て受け止め、千鶴は広い背中を撫でた。

 暫くそうして、やがて深く長い溜息を吐くと、伊織はそっと体を離した。


「……なにがあったかは、気になるけどあんま聞かないでおくわ。お前も説明しにくいだろうし、たぶん聞いてもわかんねえことばっかだろうし。ていうかお前、怪我は?」

「えっと……治してもらった……かな」

「ああ、うん、じゃあそれも聞かないでおくわ」


 ただ、と。そこで句切ってから、咳払いをして居住まいを正した。


「礼だけはさせてくれ。なにが起きたかわかんなくても、お前に助けられたことくらい俺にだってわかるからな」


 真剣な眼差しで言う伊織に圧されて千鶴が頷くと、満足そうに微笑んだ。と、そこで漸く自分がほぼ素足であることに気付いた伊織が、恥ずかしそうにはにかんだ。そんな彼を面白いものを見ているような目で菖蒲が見ているが、幸いにして菖蒲の姿が見えているのは千鶴だけだ。


「やっべ、寿子さんに怒られる。取り敢えず、部屋に行こうぜ」

「うん」


 飛び石をつま先立ちで踏みながら玄関へ向かい、伊織が扉を開けると、上がり口では寿子が脱衣籠と足拭きタオルを携えて待機していた。


「坊ちゃま、次からは靴をお召しになってから玄関を降りてくださいな」

「……うっす」


 呆れたような、でもどこか微笑ましそうな表情で寿子が言うと、伊織は気まずそうに頷きながら靴下を脱ぎ、足を拭いて玄関を上がった。千鶴と菖蒲も彼に続いて上がり、並んで部屋に入る。

 朝は一つしかなかった座布団が、二つ並んでおかれている。伊織はそれには座らず、自分のベッドに腰掛けた。そして座布団を千鶴に勧めつつ、戸惑いながら口を開く。


「もし一緒にいたらだけど、菖蒲って子もそこに座ってくれ。さっきはその子の座布団用意しなくて悪かったな」


 千鶴が菖蒲のほうを見ると、菖蒲はうれしそうな顔でいそいそと座布団に正座した。


「うれしそうにしてるよ。ありがとう」

『おおきにー』

「そっか、良かった」


 千鶴の言葉を真っ向から受け止め、伊織もうれしそうにはにかむ。


「そうだ。さっき、時計が動き出したんだ」

「えっ、本当? 良かったね」

「ああ。念のため時計屋に見てもらったけど、どこも壊れてないってさ」

「そっか……良かった」


 先ほどから表情が明るかった理由がわかり、千鶴も安堵の表情を浮かべた。隣では、菖蒲も安心したように伊織の話を聞いている。


「あとは爺さんが回復するだけだな」

「そうだね。先輩たちの話だと、峠は越えたみたい」

「マジか……ならほんと、あとは待つしかないな」


 そんな話をしていると、部屋の扉が軽く叩かれ、扉越しに寿子の声がした。


「伊織坊ちゃま、病院からお電話です」

「わかった」


 薄く扉を開いた状態でやりとりすると、伊織は一度千鶴を振り返り「悪い、ちょっと行ってくる」と告げてから退室していった。


「菖蒲ちゃん、おじいさんや宵菊さんのためにがんばってくれてありがとう」

『うちも必死やったき、そのせいで千鶴に怪我させて……』


 ふるふると首を振り、菖蒲は泣きそうな顔で俯く。千鶴はしゅんと俯いた菖蒲の頭を撫で、優しく抱きしめて背中を撫でた。


「わたしは大丈夫。それより宵菊さんは、あのあとどうなったのかな」

『あいたぁ頑丈やき、ちっくと寝ぇたらすっと良うなるわえ』

「そっか……」


 これで残る心配事は、当のおじいさんのことだけとなった。病院から電話があったということは、何かしらの変化があったということだ。いまはそれが良いものであるよう祈ることしか出来ない。


「悪い、待たせた」


 千鶴が菖蒲と手遊びをして待っていると、扉が開いて伊織が顔を覗かせた。


「ううん。それで……どうだった?」


 心配そうに訪ねる千鶴に、伊織は満面の笑みで親指を立てて見せた。


「意識も戻って、あとは経過観察だけだってさ。んで、帰るだの何だのと騒がしいから説得してほしいって言われたんだ」


 困ったように、でも少しうれしそうにしつつ伊織が言うと、菖蒲が真っ直ぐ挙手して立ち上がった。千鶴が思わず菖蒲を見ると伊織も「どうした?」と訊ねて、なにもない空間を見る。


『うちが行っちゃる! 伊織だけじゃ心配やき。それに、あいたぁに言うこと聞かすがやったらうちが言ったほうが早いきにゃ』

「えっと……菖蒲ちゃんも説得してくれるって」

「それは助かるけど、どうやって?」

『前に、千鶴に頼みたいことがあるち言うたじゃろ? それをしてもらうがじゃ』

「そういえば、最初はそういうことだったっけ」


 納得し、菖蒲の言葉を伊織にも伝える。伊織は、それならと頷いて千鶴を促した。


「じゃあ早速で悪いけど、付き合ってくれ」

「うん」


 以前にも世話になった運転手の操る車に乗って、三人は病院へ向かう。

 ERを出たあとは上階の個室に移ったらしく、見舞客で賑わう大部屋の階と違って、廊下が広く取られていたりフロアごとに扉で仕切られている他、休憩室やちょっとしたカフェもあって、どこまでも静かだ。


「あった、ここだ。じいさん、起きてるか」


 目的の部屋を見つけ、伊織がノックしながら声をかけた。暫くして中から身動ぎする気配がしたかと思うと「入れ」と短く応答があった。扉を開け、先に伊織が入る。中は清潔感のある淡い桃色と生成のような色で統一されており、窓からは遙か下方に駅から病院に続く遊歩道が見える。

 扉の前で待機しながら、千鶴は帰る帰せないと言い争う二人の声を聞いていた。

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