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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【陸ノ幕】おじいさんの時計

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端倪すべからず

「私は離れのほうにおりますから、なにかありましたら内線でお呼びくださいな」


 食事が終わると寿子が二人にそう告げ、食器を集めて台所に下がっていった。千鶴は伊織と共に食卓をあとにし、一度伊織の部屋に戻った。


「どうしようかな……正直、わたしだけじゃわからないことが多すぎて、なにから手をつけたらいいのかなんだけど……」


 頭の中で、起こったことを時系列で並べてみる。

 菖蒲の口ぶりからして、恐らく曾祖父の体に異変が起きたのが最初。そして、それを知らせるために大時計が突然止まった。それでも病院へ行かずにいたら倒れてしまい、現在は入院中となっている。

 これらの出来事のうち、千鶴がどうにか出来ることは何だろうか。


「……菖蒲ちゃんはちょっと付き合ってほしいみたいなこと言ってたけど、なにかしてほしいことがあるのかな?」

「さっき思ったけど、俺とか全然見えないし声も聞こえないから、話が出来るだけでもだいぶ力になれるんじゃねえかな」

「うん……あ、そうだ、奥座敷へのお供え物って昔からの習慣なの?」

「ああ、爺さんがなにがあっても絶対欠かすなって昔から言ってたことなんだ。まさか座敷童のためだとは思わなかったけど……」


 そう言ってから、伊織は言葉を切って考え込む仕草をした。


「いや、座敷童だとわかってたわけじゃねえのか。さっきも寿子さんが微妙な顔してたもんな」

「じゃあ……お兄さんのため……?」


 二人で顔を見合わせていると、屋敷の奥から悲鳴のような声が聞こえた。

 

「菖蒲ちゃん!?」

「どうした、千鶴?」


 立ち上がり走り出しかけた千鶴の手を取り、伊織が引き留める。


「菖蒲ちゃんの声が……なんかあったみたい」

「方向はどっちだ?」

「向こうのほう……」


 部屋を出て廊下の奥を指す。その方向にあるのは、奥座敷だ。

 揃って駆け出し、声のした場所を目指す。突き当たりの襖を開くと、広い座敷の奥にぽつんとお膳が一式調っているのが見える。だがそれは伊織の目で見る座敷だ。千鶴の目には、お膳や床の間の掛け軸などが全く目に入らないほどの異常が映っていた。


『菊にぃ! ヤケになったらいかん! それ以上壊れたら戻れんようなるぜよ!!』


 頭から血を流しながら必死に叫ぶ菖蒲の視線の先。そこには、黒ずんだ鉤爪が生えた大きな手で顔を覆いながら蹲る、髪の長い和装の男性がいた。黒い着物は死人合わせとなっていて、裾には彼岸花が描かれている。そしてその男性の背中からは、蜘蛛の脚のような三対の骨が生えていた。骨にはゼンマイや歯車が無造作に張り付き、ギリギリと軋む音を立てながら畳や壁を突き刺している。


「菖蒲ちゃん!」


 千鶴が菖蒲の傍に駆け寄り小さな肩を抱いて庇うと、菖蒲はいま気付いた顔で千鶴を見上げ、泣き顔で縋り付いた。


『菊にぃが……伝わらんなら、届かんのなら、いっそ、こっちに呼んだら聞いてくれるじゃろうて、ほいたらこがなことに……』


 泣きじゃくる菖蒲を宥めながら、そっと歪に形を変えつつある『菊にぃ』から距離を取る。もう少しで部屋の境に来るというところで、鋭い脚の一つが真っ直ぐ千鶴の肩を貫いた。


「千鶴!!?」


 伊織の目には、なにもないのに突然千鶴の肩が傷つき血を流したように映っている。この部屋にいったいなにがいるのか、なにが起きているのか、千鶴以上にわからず混乱していた。


『何故。九十年、共にいたのは嘘だったのか。置いて行くのか。お前は私を忘れ、私は捨てられるのか。宝だと言ったのは、兄弟と言ったのは、全て、全て、全て……』


 ビキリ、と、軋む音が響く。その度に影が纏わり付き、形が歪んでいく。刀や根付、時計の内部機構、針、文字盤、帯留、煙管。様々なものが複雑に絡み合い、ガラクタの山のようになっていく。

 やがて、無造作に寄り集まった器物群は巨大な蜘蛛の胴体から人間の上半身が生えた化物のような姿となり、心臓を握りつぶさんばかりの悲哀に満ちた咆哮を上げた。


(なにも、出来ないの……?)


 それを呆然と眺めながら、千鶴は肩を押さえて痛みに耐えた。


「千鶴……なにが起きてんのかわかんねえけど、手当しないと……」

「……ううん、わたしより、大変なひとが」

「いい加減にしろよ! お前だって怪我してんだろうが!!」


 聞いたことのない剣幕で怒鳴られ、千鶴は目を丸くした。伊織は、苦しそうな表情で千鶴の肩を抱き、懇願するように呟く。


「これ以上、俺に惨めな思い、させないでくれよ……目の前で友達が怪我してんのに、お前を傷つけたヤツすらわかんねえで、どうすることも出来ねえの、もう……」


 その言葉で、千鶴は自分を縛り付けていたものが綺麗に消えてなくなるのを感じた。雲が晴れたように、視界が開けたように、“身の程を思い知った”のだ。


「ごめん……」


 伊織にそう言うと、千鶴は菖蒲の頭を撫でながら、暴れ狂う堕ちかけの荒魂を見た。あの姿、あの嘆きには覚えがある。ひとに裏切られ、思いを踏みにじられ、捨てられる苦痛と寂しさを嘆く声だ。

 何故あれを、何の力もない自分がどうにか出来る気でいたのか。千鶴は苦笑して息を吸い、菖蒲を抱きしめながら、口を開いた。


「すみません、先輩……助けてください」


 すんなりと胸から言葉が零れてきた。

 そのときだった。


「おっっそ―――い!!!」


 声が降ってきたかと思うと、硝子が砕けるような音と共に、周囲の景色が一変した。先ほどまで薄暗い奥座敷にいたはずが、一瞬で病院の屋上に移っている。


「これ以上、僕の領域で好き勝手させないからね!!」


 左手を腰に当てて仁王立ちになりながら、半化生の姿となった桐斗がビシッと前方を指差して叫ぶ。小柄な背中がとても広く見えて、千鶴は思わず見入ってしまった。

 ふとその顔が千鶴を振り返り、悪戯っぽく笑ってウィンクをした。


「この街にいる限り、どこにだって駆けつけるから」


 二つに裂けた長い尾が、ご機嫌に揺れていた。

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