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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【陸ノ幕】おじいさんの時計

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空谷の跫音

 遠くで、電子的なオルゴールの音がした。

 眠い目を擦りながら、殆ど無意識に枕元を手探りして音の発生源を掴む。その音は、携帯端末の着信音だった。通話を開始しつつ耳元に当てると、伊織の声がした。


「お、千鶴、起こしたか?」

「ん……大丈夫。そっちはどう?」

「手術は無事終わった。あとは爺さんがどんだけ気張れるかだな」


 電話越しの声は、昨日に比べてだいぶしっかりしている。病院とはいえ、一晩眠ったことと、手術という大きな山場を越えたことでいくらか落ち着いたようだ。


「そっか……いまから家に帰るの?」

「ああ。だから千鶴んとこ寄って拾ってから行こうと思ってたんだが……」


 のそりと体を起こし、片手だけで伸びをする。窓を開けて、外の空気を胸いっぱいに吸い込んでからゆっくり吐き出すと、千鶴は今一度「大丈夫」と答えた。


「こっち着くのどれくらいになりそう?」

「いまから車呼ぶから、二十分後くらいだな」

「うん、それならわたしも準備出来るよ」

「そんじゃ、またあとで」

「うん、あとでね」


 通話を終え、ベッドから降りる。洗面所で顔を洗って急いで着替えると、祠への朝の挨拶と掃除をしながら伊織が来るのを待った。


「千鶴ー!」


 暫くして家の前に一台の車が止まった音がして、それから伊織の声がした。鞄を肩に提げて門の外に出ると、昨日とは違う車が止まっていた。降りようとした運転手を軽く制して、伊織は後部座席の扉を開けて千鶴を招いた。


「昨日ぶり。ほんと助かった」

「ううん、役に立てたなら良かったよ」


 千鶴が乗り込むと隣に自分も乗り直し、扉を閉める。


「何度か掃除に来たから知ってはいたけど、千鶴んちも結構デカいよな」

「言われてみるとそうなんだよね。いままでアパートとかばかりだったから、余計そう感じるよ。しかもいまは一人だし」

「それだよな」


 などと話しているあいだに、大御門家に到着した。日の光の下で見ると、改めて凄い作りの家だと千鶴は思った。


「ただいま」


 伊織が玄関から奥へ向けて声をかけると、千鶴にも見覚えのある人が小走りで駆けてきた。エプロン姿の中年女性は上がり口に膝をつき、自然な動作で伊織から荷物を受け取った。


「寿子さん、改めて千鶴にお礼がしたいから、朝飯は千鶴の分も頼んでいいかな」

「畏まりました」


 隣で千鶴が「えっ」と書かれた顔をしているのに気付いているのかいないのか。そう告げると、伊織は玄関を上がって千鶴を促した。


「飯出来るまで部屋にいようぜ」

「えっと……お邪魔します」


 緊張しながら家に上がると、伊織のあとに続いて廊下を進んで行く。その途中で赤い着物が隊列に加わったことに気付きながらも、取り敢えず部屋を目指した。


「取り敢えず入って。適当に寛いでてくれな。俺ちょっと飲み物取ってくる」

「行ってらっしゃい」


 伊織を見送ると、合流してからそわそわしていた菖蒲が口を開いた。


『千鶴! 来てくれると思っちょったぞ!』

「約束したからね。とは言っても、わたしになにが出来るかわからないけど」

『なに、ちっくと付き合ってくれりゃあえい』


 そう菖蒲は言うが、伊織の話を聞く限り回復には時間がかかりそうな上、家族でない千鶴が病室に行けるのがいつになるかもわからない。

 どうしたものかと悩んでいると、伊織がグラスを二つお盆に載せて戻ってきた。


「お中元でもらったのがあったからカルピスにしたけど、へいきだったか?」

「うん、ありがとう」


 隣から好奇心に輝く視線を浴びながら一口飲む。濃いめに作られているようで、氷の冷たさと独特の甘さがスッと胸に染みた。


『にゃあにゃあうちもそれ飲みたい!』

「えっ」

「どした?」

「えーっと……」


 思わず声に出してしまい、伊織の不思議そうな視線が注がれる。自分の隣にちんまり座ってカルピスを見つめている菖蒲を見てから、そろりと伊織に視線を移した。


「実は……ここに、小さい着物の女の子……じゃなかった、男の子みたいなんだけど、赤い着物を着た子がいてね」

「マジで?」


 こくこく頷く千鶴の横で、菖蒲は胸を張って伊織を見つめている。伊織の目にはその様子が映っていないらしく、千鶴となにもない空間を交互に見ては難しい顔をした。


「いや、俺には見えないけど……まあ、別に疑うつもりはねえよ」

「ありがとう。その子がカルピス飲んでみたいっていうものだから、驚いちゃって……どうすればあげられるんだろう?」

「うーん……? 俺もそういうの詳しくねえからなあ……」


 二人で首を捻っていると、部屋をノックする音がした。


「伊織坊ちゃま、ご朝食の用意が調いました」

「わかった、すぐ行く」


 家政婦の寿子にそう答えると、伊織は徐に立ち上がった。


「飯にしようぜ。その子には……うちに住んでる子なら、どっかにお供えする場所でもあるかも知れねえな」

「あ、そっか」


 立ち上がりつつ、傍らの菖蒲に手を差し出す。伊織からすればなにもない空間に手を差し伸べているという奇妙な光景だが、特になにか言うことはしなかった。


「菖蒲ちゃんは、いつもどこでご飯もらってるの?」

『うちか? うちは奥座敷じゃな。そこで菊にぃと一緒に飯にしゆう』

「伊織くん、奥座敷だって。なにか知らない?」

「奥座敷? それなら毎日寿子さんが届けてるの見たことあるな。あれがそうなのか」


 部屋の扉を開けると、寿子がお膳を持って廊下を歩いているのが見えた。千鶴が隣の菖蒲を見ると、菖蒲は「あれがうちのじゃ」と千鶴を見上げて言った。


「寿子さん、ちょっと」

「はい、なんでございましょう」

「奥座敷のお供えにさ、カルピスも一緒に置いてくれないかな」

「カルピスでございますか……?」


 不思議そうに聞き返され、千鶴は内心ではらはらしながら見守った。


「せっかくもらったもんだし、俺だけじゃ飲みきれないからさ」

「はあ……畏まりました。後ほどお持ち致しましょう」


 寿子と別れ、食卓へ向かう途中、千鶴は伊織くんに小さく「ありがとう」と呟いた。カルピスがもらえるとあって、菖蒲はうれしそうにしている。


「まあ、それはいいんだけど。奥座敷の子って何なんだろうな?」

「……そういえば」


 千鶴に見えているということは、ただの幽霊というわけではなさそうだ。菖蒲は胸を張って得意げな顔になると、千鶴を見上げて言った。


『うちは座敷童じゃ。伊織のじじいより三つ先に生まれたお兄さんじゃな』

「え!?」


 驚いた千鶴の声に伊織がつられて驚き、その反応に菖蒲も驚いた。


「なんだって?」

「えっと、座敷童だって言ってるんだけど、それは何となくわかってたからよくて……そこじゃなくて……」


 どう答えたものかと逡巡する千鶴の背を、小さな手が叩く。安心させるように微笑むその顔は、外見よりずっと大人びて見えた。


『別に、言うてもかまんぜよ』

「うん……その、いま入院しているおじいさんの、三つ上のお兄さん、らしいの」

「え……?」


 食卓に着くと、菖蒲は千鶴の手から離れて一歩下がった。


『うちの飯は向こうやきにゃ。早う行ってやらんと菊にぃも拗ねるき、またあとで』


 手を振りぱたぱたと駆けていく小さな後ろ姿を見送ると、千鶴は伊織に倣って食卓に着いた。食卓は洋間で、台所に隣接した場所にある。テーブルの上には湯気が立ち上る食事が並んでおり、どれも美味しそうだ。

 柳葉魚の塩焼き、綺麗に巻かれた黄色い卵焼き、小鉢には昆布巻きと白身魚の糝薯、ご飯のお供にはアサリの佃煮と納豆が添えられ、味噌汁の具材はネギと豆腐のようだ。

 千鶴が見事な食事に思わず見入っていると、伊織の苦笑する声がした。


「見てても腹いっぱいにはならねえから、食おうぜ」

「あ……う、うん、ごめん、そうだね」


 はしたないところを見られたと慌てて手を合わせ、揃って「頂きます」と言った。

 幼少期から所謂鍵っ子で、拙いながらも自炊をして生活してきた千鶴は、ある程度のものは作れる自負があった。だが仕事としている人はやはり別格で、比べることすらも烏滸がましいほどに、どれも美味しい。出汁の味がやわらかく舌に触れては、ふわりと香りが抜けていく感覚がして、思わず頬が緩んだ。特に白身魚の糝薯は、千鶴の好みに合ったらしい。飲み込むのを惜しむようにじっくり噛みしめていたが、白身魚と山芋で出来たやわらかな身は喉の奥へ容易く滑り込み、出汁の香りを残して消えていった。


「……お前、美味そうに食うよな」

「えっ」


 千鶴は思わず食器を置き、両手で頬を包んでむにむにと揉みしだいた。そこまで顔に出ていた自覚がなかったため、じわじわと顔が熱くなる。


「そういえば……先輩にもそんな感じのこと言われたっけ」

「すげえ顔に出てるから、そりゃ思うだろうな」


 口元を綻ばせてしみじみと言われ、更に顔が熱くなるのを感じた。


「うぅ……全然気付かなかった……」

「いいじゃん、仏頂面で不味そうに食うよりは。こっちも見てて気分いいし」

「……それは、まあ……そうかも知れないけど……」


 視線から逃れようと、汁椀を口元へ運んだ。

 食事が終わったら、本格的にお手伝いの時間となる。

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