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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【陸ノ幕】おじいさんの時計

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陰になり日向になり

 暫しの休息ののち、千鶴は自分の鞄と着替えを持って家を出た。

 見送りに玄関まで来た家政婦の隣には菖蒲がいて、笑顔で手を振っている。

 外に出ると、立派な車が待機していた。リムジンやベンツのような、一目見てそれとわかる形状ではないというのに、良く磨かれた車体と革張りの座席、そしてなにより、傍に控える運転手らしき壮年男性の立ち姿が空間ごと格調高く見せていた。


「伊織坊ちゃまのご友人でいらっしゃいますね。どうぞ、お送り致します」

「よろしく、お願いします……」


 全くの庶民である千鶴は、全身緊張しながら後部座席に乗り込んだ。

 緩やかに発進する車内でぼんやり景色を眺めながら、千鶴は改めて大御門という家がとんでもない家系なのだと実感していた。とはいえ、仲良くなる前にこのことを知っていたらどうだったかと自問してみても、特に意識しなかっただろうと思う。


「私はここでお待ちしております」


 病院に着くと、運転手は後部座席の扉を開けて傍に控え、丁寧に一礼した。


「ありがとうございます。行ってきます」


 千鶴もお辞儀をすると、着替えを持って駆け出した。

 手術室前の待機スペースまで来ると、伊織が顔を上げて千鶴を迎えた。


「はい、着替え持ってきたよ」

「すまねえ、助かった。……で、どうだった?」

「うーんと……なんて言ったらいいのか、時計が止まったから倒れたというより、あの時計とかがおじいさんの心配をしてて、自分に異変を起こすことでおじいさんにそれを報せようとしていたいたというか……」

「お前……霊感ねえとか言ってたわりにだいぶわかってんじゃねえか」


 伊織の感心するような言葉に、千鶴は首を振って曖昧に笑った。


「わたしが見てわかったわけじゃないんだよ。教えてくれた子がいたの。それで、その子が明日もうちに来てほしいって言ってたんだけど……」

「その子が何なのか俺には全然心当たりがなくて怖いんだが……まあ、なら俺も明日の術後には一旦帰るから、そんとき来いよ」


 心当たりがないといいながらも「本当にそんな子がいたのか」と僅かも疑うことなく千鶴の言葉を受け入れた伊織の優しさに、千鶴は胸が温かくなるのを感じた。


「わかった。じゃあ……わたしも帰るね」

「おう、気をつけてな」


 伊織と別れ、駐車場に戻ると、見送ったときのままの姿勢で待機する運転手がいた。夜の病院でじっと佇む姿が現実離れしすぎていて、千鶴は一瞬驚いてしまった。


「お帰りなさいませ。坊ちゃまのご様子は如何でしたでしょう」

「だいぶ落ち着いたみたいです。手術が終わったら一度戻るとも言ってました」


 千鶴が答えると、運転手は「それはようございました」と僅かに目尻を緩めた。だがすぐに表情を戻すと扉を開いて千鶴を促した。


「ご自宅は傀儡町のほうだとお伺いしておりますが」 

「はい。ずっと空き家だった、白蛇さんの祠があるところです」

「畏まりました」


 ゆっくりと車が動き出す。走り出すときも止まるときも体に負荷がかからない見事な技術で、暮れゆく町を走って行く。

 家に着くと、運転手はやはり丁寧な所作で扉を開けて傍に控え、恭しく一礼した。


「ありがとうございました。病院からうちまでは少し遠いので、バスを利用しようかと思っていたので助かりました」

「いえ、伊織坊ちゃまのご友人ですから。私から申し上げることではございませんが、今後もよろしくお願い致します」

「はい、もちろんです」


 そうして最後に一礼してから車に乗り込むと、物語に出てくる執事のような運転手は大御門家へと帰っていった。


「あ、先生のおうちのお水変えなきゃ」


 玄関で靴を脱ぎながらそう言うと、鞄だけ置いて靴を履き直して外へと引き返した。白い盃の水を入れ替え、祠に供えて手を合わせる。毎日学校で顔を合わせているのに、改めてこうして祠を拝むのも不思議な感覚だが、彼女には転校以来数え切れないくらい世話になっている。


「……先生、わたし、伊織くんやおじいさんのためになにが出来るかわからないけど、がんばってみます」


 そう言って立ち上がり、今度こそ部屋へ向かう。

 自室の窓からは、見事な月が見えた。夜空に浮かぶ白い月を見上げながら思うのは、病院でひとり不安と戦っているだろう友人のこと。


「明日になったら、わかることも増えるよね……」


 夕食を簡単に済ませ、風呂で疲れと不安を洗い流して。一息吐きつつ無人の家の中でぼんやり空を見上げて呟く。静かな家にはとうに慣れているはずが、今日は何故か妙に寂しく感じられた。

 何故こんなにも不安に思うのだろうと、千鶴は一人布団に潜り込みながら考えた。


「…………そっか。いつもと違って、わたしが頼られてる側だから……」


 思い至ったのは、単純な答え。

 普段は千鶴が頼る側にある。頼もしい先輩たちに守られて、自分ではなにも考えたり戦ったりしなくていい環境にあったのが、いまは逆の立場にあるためだ。頼られるのが嫌なわけではない。友人のため、力になれるなら手伝いたいというのも本音だ。ただ、だからこそ、もし何にも出来なかったらと不安に思ってしまう自分に気付いた。


「菖蒲ちゃんが言ってたひとも気になるし、明日、がんばろう……」


 静かに目を閉じ、深く呼吸をする。

 人と好意的な付き合いをしてこなかった、させてもらえなかった千鶴にとって、この一連の出来事はある意味転機であり、新境地でもあった。

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