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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【伍ノ幕】 オニアソビ

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切れた縁の糸

 百鬼夜行部部室へ向かうべく、千鶴が手芸部部室の扉を開けた、そのときだった。


「―――……え、……?」


 目の前に広がる光景は、夢で見たあの景色だった。

 ひたすらに生きた気配がなく、音も、声もしない。細い道が延び、左右を森や田畑が占める田舎の風景。振り向けばそこは、目覚める直前までいた古びた小屋で、一時停止していた映像を再生したかのように、全てが綺麗に繋がっていた。


「真莉愛ちゃん……?」


 小屋の中を見回しても、真莉愛の姿はない。外に出ても部室の名残はどこにもなく、完全にあちら側に引きずり込まれてしまったのだと理解した。


「眠らなくても連れ込まれちゃうなんて……どうしよう……」


 ふと、手の中に違和感を覚え、手を開いて見た。そこには、自室に置いてきたはずの夢で拾ったチャームが握られていた。


「本当に、全部昨日の続きなんだ……それなら、昨日行こうと思ってたところに行ってみよう」


 不安からか、独り言が多くなってしまう。

 辺りを気にしつつ小屋を出ると、来た道を戻ってもう一方の道へと進んだ。そちらはあまり舗装されておらず、獣道に近い荒れた細道だった。それでもどうにか奥へ進んで行くと、開けた場所に出た。

 ぽっかりとあいた空間に、無数の足跡。そして向かい側には岩肌にあいた暗い空洞が見える。そこそこ奥行きのある洞窟なのだろうか、奥は全く見通すことが出来ない。


「やだ……行きたくない……」


 暗いからというだけではない。冷たい手で心臓を撫でられるような、不快感を伴った底意知れぬ恐怖が、あの空間から漂ってくるのを感じる。一度入れば二度と戻ってくることは出来ないと、本能が警鐘を鳴らしている。

 すぐにでも目を逸らしたいのに逸らすことが出来ずにいると、背後から誰かの足音が聞こえて体が跳ね、硬直が解けた。


「え、……どう、して……?」

「よかった、やっと見つけました!」


 千鶴が振り向くと、駆け寄ってきたのは真莉愛だった。

 満面の笑みで千鶴の手を取り、軽く引きながら「行きましょう」と囁く。


「急にいなくなったので、探しました。でも、もう大丈夫です。行きましょう」

「で、でも……そっちは真っ暗な洞窟しかないし……」

「大丈夫ですよ。あそこが出口に通じていますから」


 それでも渋っていると、強く手を握って微笑みかけ、


「不安なら、わたしがずっと手を握っていてあげます」


 と、言った。


「……っ!」


 瞬間、千鶴は思い切り繋がれた手を振り払い、真莉愛から距離を取った。


「千鶴……?」


 ぞくりと背筋が粟立つのを感じた。

 目の前にいるのは、姿だけなら親友の真莉愛そのものだ。でも、纏う気配が圧倒的に違う。傍にいるだけで癒される、あの空気感が全くない。それどころか、あの洞窟から漂ってくる気配と同質の不快感すら覚える。


「違う……」


 先輩たちから話を聞いたとき、千鶴は少なからず元凶に同情した。誰も子供のうちに死にたくはなかったはずだ。家に帰りたいという願いもわかる。けれど彼らは、手段を誤った。してはいけないことをし続けていた。

 恐らくこれまで迷い込んだ子供たちも、不安で胸がいっぱいになったところで知人や友人、もしかしたら親兄弟の姿を借りて、あの暗がりへと誘い込んだのだろう。


「違うでしょ? あなたの姿も名前も、そうじゃないはず。ちゃんと教えて。でないと見つけてあげられない」


 千鶴が呟いた瞬間、真莉愛の顔から表情が消えた。造型は変わらないまま人間らしい温度が一切消え失せ、能面のような無機質さを張り付けた顔で千鶴を見据える。千鶴が片足を引くと操り人形めいたぎこちない動きで足を踏み出し、両手を前に伸ばしながらふらふらと左右に揺れる不自然な動きで迫ってきた。


「あっ……!」


 後ろを見ずに下がっていたせいで、木に背中をぶつけてしまった。その隙を突いて、真莉愛の形をしたナニカの手が千鶴の首に迫る。


 ―――そのとき。


「ぎゃっ!?」


 伸ばされた手が、大きな静電気のような光に弾かれ、両手どころか体ごと悲鳴と共に跳ね返った。弾かれた衝撃で擬態が解けたらしく、真莉愛の姿をしていたものは人型の黒い影となっている。


「いま、なにが……?」


 胸元を見下ろすと、伊月にもらった赤いペンダントが淡く光を放っていた。常に身につけていろと言われた通り、風呂でも寝るときでも身につけていたため、前回夢に見たときも首から提げていたのだ。当然学校にもつけてきていたので、この世界でも忠実に再現されていたのだろう。


「青龍先輩……」


 胸元のペンダントから、冷たく澄んだ水の匂いが広がる。それは、瞬く間に膨張して千鶴を包み込み、間欠泉のように天を衝いて吹き上がった。


「きゃ……!」


 反射的に目を瞑り、腕で顔を覆う。

 体をなにか冷たいものが包んでいるのを感じてそろりと目を開けると、周囲の景色が歪んで見えた。何度か瞬きをして、気付く。この透明な揺らぎは水面に映る景色を見ているときと同じであると。


「これ……えっ、水……?」


 辺りを見回し、そして上を見上げる。そこで漸く、自分を取り巻いている水の正体を理解した。


「水の、龍…………まさか、青龍先輩……?」


 混じり物のない、純粋な水。それが龍の形を取っていた。長い体で千鶴を覆い隠し、透明な眼差しは影を通して洞窟を睨んでいる。千鶴も恐る恐る洞窟を見るが、暗闇から無数の手が這い出ているのを見て思わず目を背けた。


「お、いたいた!」

「おっきいからすぐわかるねー」


 ここから動くことも、なにかすることも出来ないでいると、上空から聞き慣れた声が聞こえてきた。見上げても、水面越しのようにしか見えないが、それでも慣れ親しんだ気配で察することは出来る。


「黒烏先輩、赤猫先輩、どうしてここに……?」

「真莉愛ちゃんが僕らを呼んでくれたんだよ。そんでいま、あの子が扉代わりになってくれてるの」

「扉代わり……ですか?」

「うん」


 伊月の体を、まるで水のカーテンを抜けるかのような気安さで突き抜けながら千鶴の側まで来ると、桐斗は千鶴の手を握った。


「僕らに人間のような死はないから、人間の誰かがこっちと接続してくれないと千鶴のところまで来るのが難しくって。出来なくはないけど時間がかかるからさ」

「目の前でおチビちゃんの魂が影に飲み込まれたのを見て、慌ててオレ様たちを呼んで自分の魂をこの場所に繋いでくれたんだぜ。自分ももしかしたら危ないってのにな」

「真莉愛ちゃん……」


 どこまでも優しい親友を想うと胸が締め付けられる。そんな千鶴を見て桐斗は握った手に軽く力を込めると、その手を彼自身の胸まで導いて笑いかけた。


「大丈夫。この世界ごとぶち壊して、さっさと帰るよ」

「はい」


 千鶴が頷くと、水の龍が大きく震えて咆哮を上げた。その声は、地上のどんな生物のものとも似つかない、天地が震えるような荘厳な音で、千鶴は魂ごと揺さぶられるのを感じた。圧倒的な存在感は抗いようのない畏怖を聞く者に刻みつけ、声をあげることはおろか、その前で息をすることさえも躊躇われるほどだった。

 清浄なる水の龍。それがいま、格の違いを堕落した魂に思い知らせている。


「……っ」


 息を飲み、目の前の光景に釘付けになる。

 洞窟から這い出ていた無数の黒い手が、苦しむかのようにのたうち回り、洞窟を破壊し始めた。更にもう一度、龍の咆哮が叩きつけられる。今度は洞窟のみならず、辺りの風景までもが震えてひびが入り、脆い硝子細工のように崩れ始めた。演劇のセットか、はたまたドールハウスの如くに、あまりにも儚く、田舎の景色が割れて剥がれて壊れていく。


 ――――みつけて……


 最後に雷鳴のような大きな音が轟いたとき、囁く声が不思議なほどに良く聞こえた。小学生くらいの男の子と思われるその声は、最後に途切れ途切れに名前を紡いだ。切に願う声。隠れたまま見つけてもらえない子供の、最後の願い。


「……っ、あ…………」


 その声を聞いた瞬間、千鶴は意識が白く染まるのを感じた。

 倒れる寸前、誰かの腕に抱かれたのを感じたが、白く染まっていく意識の中、ついにその腕の持ち主が誰だったのか確かめることは出来なかった。


 ただ、優しい春の匂いを感じたような気が、した。

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