失われた影と
翌日。千鶴が登校すると、教室が異様なざわめきに包まれていた。
「おはよう真莉愛ちゃん。……ねえ、なにかあったの?」
「千鶴、おはようです。実は……」
席に着きながら千鶴が訊ねると、真莉愛は言いづらそうに声を潜めて話し始めた。
「隣のクラスの、斉藤純菜さん……ええと、昨日千鶴に話しかけていたあの人がいなくなってしまったそうなのです。鞄だけは交番に届けられていたので、家族の人が取りに来たみたいですけど……」
「え……じゃあ、やっぱりあのあと鬼ごっこはしてたんだ……」
「俺が帰るときにはまだやってたな。でも俺が見たときは、誰かがいなくなったような空気じゃなかった気がする」
千鶴と真莉愛の会話に、横から伊織が割って入った。
「伊織のお家は千鶴の近くなのですよね。公園の向こう、傀儡町でしたっけ」
「ああ。別にコンビニ寄った帰りにショートカットで通り過ぎただけだから、そこまで気をつけて見ちゃいなかったが、遊んでて探してるのといなくなって探してるのとじゃ全然違うだろうしな」
「小学生のほうも、遊んでいるときは気付かなかったそうですから……」
朝の予鈴が鳴り、担任の神蛇小夜子が入ってくる。どこか落ち着かない空気のまま、連絡事項が彼女の口から伝えられた。
「最近、学校や公園で遊んでいる未成年を狙った事件が増えているわ。小学生だけじゃなく、あなたたちくらいの子も平気で攫う不審者が彷徨いていることが考えられるの。一人になった瞬間を狙うようだから、暫くそういった遊びはしないようにして頂戴ね。それから、帰り道はなるべく一人にならないようにするのよ」
心底生徒たちを心配していることが伝わってくる、優しい口調と声音でそう言うと、神蛇は授業のため退室していった。
神蛇の話を聞いて、千鶴は改めて神隠しのような事件が現実に起きているのだと実感した。それから、昨晩見た奇妙な夢もそれに関連しているのだと、妙な確信を抱いた。根拠はない。だが夢の中で見つけたあの小さな花のチャームが、起きたとき自分の手に握られていた。純菜という生徒の失踪も合わせると、ただの夢とは思えなかった。
「真莉愛ちゃん……わたし、また、変な夢を見ちゃって……」
「夢、ですか?」
「うん……ここだとちょっと話しづらいから、あとで聞いてくれる?」
「はい。それに、千鶴にお話したいこと、あります」
「? わかった。じゃあ、放課後にでも」
その日の授業中、千鶴は一度も当てられなかった。それどころか、プリント物を配布するとき、一番後ろの千鶴の分がないことが何度もあった。一度だけなら単に勘違いや数え間違いだろうと思うところだが、配布物のあった授業は全て一枚足りなかった。
更に、移動教室などの際に肩がぶつかることが多数あり、その度に相手が異様なほど驚いていた。
――――まるで、突然目の前に人が現れたかのように。
「千鶴、とっておきの場所があります。行きましょう」
放課後になると、真莉愛がいそいそと帰り支度をして千鶴を促した。千鶴は真莉愛に案内されるまま校舎を進み、文化部の部活棟へ向かう。ただ、行き先は百鬼夜行部ではなく、別の部室だった。
「ここは手芸部さんです。今日は先輩がお休みなので、誰も人は来ません」
「真莉愛ちゃん、何の部活かと思ってたら手芸部だったんだ」
「はい。部長さんと副部長さんと三人だけの小さい部活ですけれど」
室内は他の文化部部室と同様、机と棚が一つずつ、それと椅子が人数分あるだけの、シンプルな作りだ。ただ、そのシンプルさをメルヘンな作品たちが隊列を組むことで、全力で華やかにしている。
「それで……夢のお話ですよね」
「うん、実はね……」
千鶴は、俯きつつ昨晩見た奇妙な夢をできるだけ順を追って話した。
人のいない夕暮れの田舎町を、恐る恐る歩く夢だったこと。古い小屋の中で見つけた斉藤純菜の所持品らしき小物を拾って扉を出たら、そこで目が覚めたこと。そしてその小物が、起きたとき手に握られていたこと。
「……もしかしたら、あの場所がいなくなった子たちが迷い込む世界なんじゃないかと思うんだけど……」
そう言い顔を上げると、泣きたいのを堪えているような表情の真莉愛と目が合った。
「千鶴……すぐに、あの先輩たちのところへ行ってください。思っていたよりずっと、ずっと近くなってしまっています」
「え……どういうこと?」
「千鶴が言ったとおりです。その夢は、帰れなくなった子たちがいるところ……つまり日本で言う、あの世というところの入口みたいな場所なのです。たとえ夢でも、そんなところに行ってしまうのは良くないです」
千鶴の手を握ってそう言うと、真莉愛は切実な表情で続ける。
「千鶴にお話したかったことも同じです……千鶴の影に重なるようにして、子供の影が見えるのです。昨日の斉藤さんにも、同じものが見えたのです……」
千鶴は恐る恐る自分の影を見下ろすが、真莉愛の言う子供の影は見えなかった。とはいえ彼女がここまで真剣に言うなら、本当に鬼遊びをした子供たちと同じ危険が迫っているのだろう。
「……わかった。ありがとう、真莉愛ちゃん。行ってくるね」
「あ……それなら、部室まで送ります。すぐそこですけど、心配なのです」
真莉愛がそう言うと、千鶴はそこはかとなく気持ちが軽くなるのを感じた。




