夏の夕暮れ
夕陽が街を塗り潰していく時間帯。子供たちは帰路につき、家々からは夕食へ向けて支度に取りかかる音と匂いが立ち上る。
都心と比べて背の高い建築物が少ない鬼灯町は、駅近くにあるショッピングモールの屋上や街外れにある山の神社から街を一望できる。山の神社は龍神を祀っており、年に一度の龍神祭以外に人が寄りつくことのない、静かな場所だ。その龍神祭のときでさえ神主や禰宜が数人、奉納品を持って参るくらいで、参拝者は殆どいない。
一方ショッピングモールは鬼灯町唯一の地上四階建ての建物で、食料品から日用品、衣類にDIYグッズなど様々なものが揃う施設となっている。建設当初は地元商店街と多少なりとも揉めたようだが、ショッピングモール側が商店街と必要以上に競合しない方針で運営していくこと、地域に根ざしたイベントを執り行うなどして上手く順応していた。
時折テナントの入れ替わりがあるようだが、いまのところ千鶴が服を買った店はまだ同じところで営業しており、今日は真莉愛と伊織を伴って服を見に来た。
「こういうお洋服も新鮮で良いですね。まりあはお母様が選んだものを着ているので、自分でもお洋服を買ってみたいです」
「あ……あの服って真莉愛ちゃんのお母さんの趣味だったんだ」
真莉愛の家に泊まったときに着た、ケーキのような部屋着を思い返して呟く。糖度が溢れていたのは部屋着だけではなかったが、それはともかく。
「真莉愛ちゃんならこの童話シリーズも似合いそうだよね」
「わかる」
店の一角に設けられた、童話のヒロインを模したデザインの服を集めた場所を見る。赤ずきんや白雪姫など有名なものから、魔女の黒猫や狼などキャラクターとして名前がないものまで様々ある。
「このラプンツェルってやつ、お花がいっぱいついてて可愛い」
「本当です……スカートもふわふわですね」
幾重にも重ねられたチュールスカートにレースの加工と小さな花が肩から腰にかけて流れるように並んでいるデザインは、確かに童話のお姫様が着る衣装のようだ。自分が着たところは想像出来ないが、真莉愛にならこの上なく似合うだろうと思う。
「そちらも含めて童話シリーズは一点物なので、お気に召しましたらどうぞー」
「えっ、そうなんですか」
「はーい。そちら全部手縫いなので、量産は難しいんですよー」
レジのほうから店員に話しかけられ、千鶴は思わず店員と手に持った服を見比べた。言われてみれば、この辺りにあるものはどれ一つとして同じものがない。
「あの……千鶴、これ買っていきますね」
「わあ、絶対似合うよ。ね、伊織くん」
「おう」
真莉愛と共にレジへ向かうと、店員の女性が「お友達でお買い物ですか?」と明るく話しかけてきた。
「はい。以前こちらで買ったお洋服が可愛かったので、紹介したくて」
「そうなんですね、ありがとうございますー」
世間話をしながら手際よく会計を済ませ、ショップのロゴが入ったバッグに入れると両手で手渡しながら、店員は笑顔で「ありがとうございました」と三人を見送った。
そのあと三人は、一階のフードコートに来た。放課後と言うこともあって、中高生が多く見られるが、もう小一時間ほどもすれば満員の通勤電車から吐き出された会社員で溢れることになる。
「赤猫先輩が美味しいって言ってたから、気になってたんだ。買えて良かった」
「並んだ甲斐がありましたね」
「うん。二人とも、待たせちゃってごめんね」
「いえ」
「気にすんな」
暫く悩んだ結果、千鶴は夏の新作タピオカミルクティーフロートを選ぶことにした。真莉愛はゼリー入りラムネを、伊織はアイスコーヒーをそれぞれ啜りながら、他愛ない雑談に興じている。
伊織は夏に大会があり、そのために練習に明け暮れていること。最近、真莉愛の兄が仕事中にテレビ通話をしようとしてくること。会う度に感極まった兄に頬ずりをされている英玲奈が、無表情の瞳に迷惑そうな色を宿しつつも無抵抗であることなど。
「あ……そういえば」
英玲奈の話題になったとき、真莉愛がふとなにか思い出したように声を上げた。
「えれなが通っている小学校では、かくれんぼとか、かげふみおに、というおに遊びが流行っているそうなのです」
「へえ、懐かしいのが流行ってるんだね」
懐かしいと言っても、千鶴の周りでも五年ほど前までは遊んでいたものだ。しかし、流行りの遊びについて話しているわりに、真莉愛の表情はどこか優れない。
「……どうした?」
「真莉愛ちゃん、小学校でなにかあったの?」
まさか彼女の妹の身に良からぬことが起きたのかと思って訊ねると、真莉愛は小さく頷いてから話し始めた。
「それが、おとといの放課後、かくれんぼをしていた子のうちの一人がどこかへ隠れにいく姿をお友達が見て以来、いなくなってしまったそうなのです」
「え……それって、誘拐とか?」
何となく声を潜めて訊ねる千鶴に、真莉愛は小さく首を振った。
「わかりません……お家の人は警察に連絡して、探してもらっているそうです。でも、誘拐でよくある脅迫の電話とか、そういうのもないみたいで……」
「あ、でも俺も聞いたな、それ。うちの学区はギリ鬼灯小の隣なんだけど、昨日近所のおばさんが立ち話してるのを聞いたんだ。暫くは集団下校が義務になって、送迎出来る人はしてくれってさ」
「そうだったんだ……」
そこはかとなく空気が沈んだときだった。真莉愛のスマートフォンが、メッセージの受信を告げた。
「あ……! 千鶴、伊織、さっき、いなくなっていた子が見つかったみたいです」
「マジか。何だって?」
伊織の問いに、真莉愛は画面を見せることで答えた。そこには妹の英玲奈からの簡易メッセージツールの本文が表示されている。小学校からのお知らせをそのまま転送した文章のようで、固めの長文が並んでいた。
その内容はというと、一昨日から行方不明だった少年が鬼灯町河川敷の傍を通る陸橋付近で見つかったとのこと。しかし、少年は三日しか経過していないにも拘らずひどく衰弱しており、餓死寸前の状態だったという。更に、家族と会わせても理解していない様子で「帰りたい」と繰り返すようで、なにがあったか回復を待って調査するとのことだった。
「……三日は、子供にとっては凄く長いと思うけど……」
「餓死寸前ってのはちょっと異様だな」
訝りながら顔を見合わせていると、千鶴の端末にもメッセージが届いた。
「先輩からだ」
見れば、そこには犬神新聞の記事を一部切り抜いたものが写っていた。内容は、件の行方不明の少年についてだが、一般に出回っているものと内容が大きく違っている。
「これは……だから行方不明の子の様子がおかしかったんだ……」
「どうした?」
真莉愛と伊織に、千鶴は今し方届いたものを掻い摘まんで説明した。妖たちへ向けて書かれている犬神新聞であることは伏せて、先輩経由での情報として。
「それが……男の子は神隠しに遭ったみたいで……たぶん、時間の流れがこっちと違う場所にいたんだろうって。さっきの情報では男の子は『帰りたい』って言ってるとしか書かれてなかったけど……」
「暗い、怖い、寂しい、痛い、寒い……辺りでしょうか」
「真莉愛ちゃん……?」
補足するように続けた真莉愛の言葉は、確かに当たっていた。少年はまるでいまでもどこか暗い場所に監禁されているかのような言葉を繰り返しているのだ。報道されずに伏せられているのは、余計な混乱を招かないためだろう。
「……今回の事件も、これだけでは終わらないと思います。ただ、その子はもう帰ってきたので、療養すれば良くなると思います」
「そっか……それなら良かった」
何一つ救いがないよりはずっと良い。
不安の種は尽きないけれど、千鶴は一先ず安堵した。




