隠れ鬼
鬼灯町立鬼灯小学校は、町内に四箇所存在する小学校のうちの一つだ。大きな事故が連続した件の交差点から少し外れた位置にあり、平日は集団登下校する列が大通り脇の歩道を歩いて行く様子が見られる。
鬼灯小は、街の中でも古い歴史を持ちながら、新しい規則やイベントなどを積極的に取り入れることで知られている。小学校は学区ごとに通う場所が決まるため、過去には我が子を鬼灯小へ入れるためだけに学区内の町営アパートに引っ越した者がいたなどという噂が、まことしやかに囁かれていた。
終業を告げる鐘が鳴り、校舎内から椅子を引く音が無数に響く頃。子供たちの大半は帰路につくが、中には有り余る元気を有効活用すべく校庭へ飛び出していく者もいる。
「かくれんぼする人この指止まれー!」
「はああい!!」
高らかに人差し指を掲げた少年に、十人ほどの児童が群がる。きゃあきゃあと歓声をあげながら一塊の群れが出来上がると、示し合わせたかのようにじゃんけんのポーズとなった。数回のあいこを経て、最終的に一対一となり、最後に負けたお下げ髪の少女が鬼に決まったようだ。
「栞ちゃんが鬼だ!」
「じゃあ、十数えるね」
「校庭から出たら反則負けだからなー!」
「おっけー!」
楽しげな声が散り散りに駆けていく中、ゆっくり数を数える少女の、高い声が響く。
「はーち、きゅーう、じゅーう! もーいいかーい?」
「もういいよー!!」
隠れる気があるのかないのか、元気な声が校庭のあちこちからあがった。
「あっちのほうから悠真くんの声がした」
小さい声でそう呟くと、少女は二本のお下げを揺らしながら駆け出した。校庭限定というルールの中では隠れる場所も限られる。狭い物陰に二人身を寄せ合って隠れている仲良し二人組の少女や、教師がいたら登ってはいけないと叱られていただろう桜の木によじ登っていた少年、遊具の中に身を潜めていたつもりが背中が丸見えだった少年と、次々に見つけていく。早々に見つかった子は退屈凌ぎに鉄棒で遊んだり、校庭に小さな円を並べて描き、その上を跳びはねるようにして渡る遊びをしたりしていた。
「……ねえ、悠真くん見なかった?」
暫く校庭を探し回った鬼の少女、栞が、鉄棒で空中逆上がりの連続チャレンジをして遊んでいた少年二人組に声をかけた。少年二人は回転を止めると若干ふらつきながら、校庭を見回した。
「悠真だったら体育倉庫の裏ら辺に行くのを見たけど」
「うん、わたしもそっちのほうから声がしたと思って見に行ったんだけど……」
「なになに、栞ちゃんギブ?」
絵に描いた飛び石で遊んでいた少女たちも何事かと集まってくる。そうして見つけた児童たちが集まるも、開始時の人数から一人足りない。
「帰っちゃったのかな……?」
「えー、あの悠真が? それはなくない?」
「いつも自分がルール守れって言ってるのに、それはないよな」
「そっか……じゃあ、どこ行っちゃったんだろ」
夕暮れの影が、校庭に長く伸びて小さな闇を作っている。校庭にも校舎にも、日中に比べて人が少ないこの時間帯。ぞわりと不安が背筋を撫で上げるのを感じた。
「ねえ、いちお、先生に聞いてみよう? もしかしたら、急に用事が出来たのかも」
「そうだな……怒られそうだけど、黙ってたほうがもっと怒られるし」
「あ、じゃあ半分は悠真くん探さない?」
「じゃあペアで探そ」
六人がペアで悠真を探すため校庭に残り、三人が教師の元を訊ねることとなった。
栞を含む三人の少年少女は色濃い不安と僅かな希望を宿しながら、職員室へ向かう。校庭に面した外扉をノックすると、近くにいた女性教師が気付いて扉を開けた。
「どうしたの? そろそろ遅いから帰らないと」
「あの、五年二組の戸川悠真くんを見ませんでしたか?」
「いいえ、先生は見てないけど……」
栞たちは顔を見合わせ、小さく「どうしよう」と呟く。その様子を見た教師はなにか起きたのだと察し、別の教師に栞と同じことを尋ねた。が、返答は同じだった。ここにいる誰もが姿を見ておらず、また、先に帰るなどの伝言も聞いていない。それは校庭で遊んでいた子供たちも同様で、彼と同じサッカー少年団に所属する、一番仲の良い子もなにも聞いていなかった。
「皆は一度お家に帰りなさい」
「でも……」
「あなたたちまで帰りが遅くなると親御さんが心配するでしょう? あとは先生たちが探すから、ね?」
「……わかりました」
校庭で探していた六人も、成果は出なかった。合流し、先生に言われたことを伝え、いなくなった級友を思いながら、それぞれが暗い表情のまま帰路についた。
それから結局、戸川悠真は、体育倉庫裏へ向かう後ろ姿を目撃されたのを最後に姿を消した。




