事実は小説より
「てゆーか伊月、意外と早く見つけたね」
「見ればわかる」
「そりゃそうだけどさー」
目の前で繰り広げられる会話のどれ一つとして理解出来ない千鶴は、混乱しながらも口を挟む余裕もなく、ただ流れていく彼らの会話をぼんやり聞き流していた。
「小夜ちゃんから連絡なかったんだよな?」
「なかった。ていうか、たぶんこれ無理なヤツ」
柳雨の言葉に、桐斗が千鶴を見ながら答える。その視線は首元の痣を見つめていて、そのことからどうやらこの痣について話しているのだろうことはわかった。
それで、と一呼吸置いてから、桐斗は千鶴の前にしゃがんで視線を下げた。
「いきなり本題なんだけどさ、君のその痣、いつついたかわかる?」
「これ、は……」
俯き、何と説明すべきか逡巡する。家にある白蛇の祠が何者かに汚されて、その晩に奇妙な夢を見て、起きたら痣がついていた。事実だけならばそれ以外に説明のしようがない。しかしそんな話をいきなりしても困らせるだけだし、なにより頭のおかしい子と思われかねない。
千鶴が困惑していると、桐斗は千鶴の手を取り、見上げながら口を開く。
「大丈夫、どんな突拍子もないことでも笑ったりしないから」
甘いピンク色に塗られた爪と長い睫毛、大きな瞳に千鶴より少し高いものの、彼らの中で一番低い身長と可愛らしい要素がこれでもかと詰まった容姿をしているのに、その言葉と眼差し、千鶴の手をしっかりと包む両手は頼もしい少年のものだった。
彼がしゃがんだことで顔が近くなり、桐斗の目を間近で見たことで、初めて彼の瞳が明るい青と淡い青緑のヘテロクロミアであることを知った。気を逸らしている場合ではないというのに、海と空が同居したような瞳に思わず見入ってしまう。
「……本当、ですか……? わたしもまだ、信じられないのに……」
「うん、約束するよ」
力強く、優しく頷く桐斗の顔を見て、やや迷ってから意を決して祠の異変を見つけたところから話し始めた。
「…………成る程な」
「やっぱ、千鶴が祟られてるわけじゃなさそうだね」
千鶴が話し終えると、伊月が納得したように呟き、桐斗は安堵の声を零した。それに驚いたのは千鶴のほうで、信じられないといった表情のまま四人の顔を見回した。
「信じて、くれるんですか……?」
驚きを露わに訊ねる怖々千鶴に、四人分の視線が降り注ぐ。その目はどれ一つとして千鶴を責めてはいない。それどころか桐斗に至っては「なんで千鶴を?」と言いたげなくらい不思議そうな目をしている。
「うん、まあ。僕らそういうの慣れてるっていうか……」
「似たようなもんだしな、オレらも。それに……」
「ともかく、だ」
柳雨がなにか言いかけるが、それより先に伊月が口を開いて痣を真っ直ぐ見据えた。何度体験しても、この強い視線には慣れそうにない。
「祟りの対象でないとはいえ、このままでは負担が大きい」
「そうだよね、アレを疑似体験してるようなものだし……原因を除かないと」
何事か考え込んでいる様子の先輩たちを見上げ、千鶴は怖ず怖ずと声をかけた。
「あの……どうしてそこまでしてくれるんですか……? それに、わたしが汚してない証拠もないのに……」
それが、不思議でならなかった。彼らとは今し方会ったばかりだ。仮に千鶴の首元の痣が祠の主が齎した祟りの印であるなら、千鶴を疑いこそすれ、信用する理由がない。それなのに、千鶴が罪を逃れようとしているのでは、という選択肢が、彼らから微塵も出なかった。
千鶴の問いに、桐斗はきょとんとしてから笑って答えた。
「それくらい見ればわかるし、困ってる後輩は助けたいでしょ」
桐斗の裏のない言葉を聞いた千鶴は、暫く呆けたあと堪えきれずに涙を零した。その様子を見て驚いたのは、それまで二人のやりとりを眺めていた他の三人で、互いに顔を見合わせて小さく頷きあった。