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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【哀ノ幕】初めてのお出かけ

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日々草

【ニチニチソウ】

生涯の友情。優しい。

 次の店を目指して歩きながら、千鶴は桐斗と伊月の人気振りを実感していた。伊月も女子生徒からの人気が高いことは知っていたが、まさか見ず知らずの人間にまで好意をぶつけられるとは思わなかった。

 そして先ほどの一件で、千鶴は桐斗の言っていた「そのうちわかるようになるよ」の意味が、少しだけわかる気がしていた。女性に声をかけられていた伊月は、無言なのにあからさまに迷惑だと言いたげな顔をしていたのだ。目は口ほどに物を言うというその言葉通りに表情豊かな眼差しをしている。


「赤猫先輩」

「なーに?」

「青龍先輩って、ちゃんと見てるとわかることもあるんですね」

「でしょー?」


 自分のことのようにうれしそうな声で言う桐斗の頭上に、伊月が本を降らせた。だが普段桜司を止めるときにするよりだいぶ優しく、見ればその目は照れを滲ませている。


「千鶴、いまのは?」

「照れ隠し、でしょうか」

「せいかーい」


 僅かにムッとしたような表情になるが、その目に怒りはない。


「さしもの龍神様もおチビちゃんには敵わねーか」

「黙れ」

「ちょっと、オレ様にだけ厳しくない!?」


 賑やかに話しながら歩いて、先の店と同じフロアにある別の服屋に辿り着いた。次の店は桐斗が着ている服に似たデザインのものが多く並んでおり、店員も彼と似た格好をしている。


「じゃあ僕、ちょっと見てくるね。買うものはもう決まってるからそんなかからないと思う」

「オレ様も行ってくるかな。おチビちゃんはどうする?」

「えっと……さっき色々見てちょっと溺れそうだったので、待ってます」

「りょーかい。んじゃ、おチビちゃん頼むな」

「ああ」


 伊月と店の前のベンチに並んで腰掛け、楽しげに物色する二人を眺める。


「千鶴」

「はい」


 隣を見上げると、伊月も千鶴を見つめていた。その目はどこか心配そうな色を孕んでいるように見え、首を傾げる。


「あれは、面倒だが、悪いやつではない」

「……はい」


 こればっかりは誰のことを言っているのか、すぐにわかった。伊月は千鶴の頭に手を乗せ、不器用にぎこちなく撫でて呟く。


「時間がいる」

「そうですね……先輩がなにを抱えているのかわたしにはわからないですけど、でも、いつか戻ってきてくれるって、信じて待ってます」

「ああ」


 千鶴が想いを口にしたとき、微かに澄んだ水の匂いがした。買い物客の誰かかと思い辺りを見回すが、どうもその匂いは隣からしているようだった。不思議に思って伊月をじっと見つめると、伊月もまた不思議そうな顔で千鶴を見ている。


「どうした」

「あ……いえ、その……いま、凄く澄んだ冷たい水の匂いがした気がして……」


 千鶴がそう言った瞬間、水の匂いが増した。やはり発生源は彼で間違いなさそうだ。しかしなぜ突然、この場にないものの匂いがしたのかわからず首を傾げる。そしてその発生源である伊月は、千鶴が水の匂いがしたと言った瞬間目を逸らした。


「…………桐斗に」

「え、と、はい。あとで戻ったら聞いてみますね」


 伊月は千鶴でも一目でわかるほど、明らかに動揺している。その理由も桐斗に聞けばわかるのだろうかと思いつつ、涼しげな泉の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。


「買った買ったー! いっぱい買っちゃった! 二人ともお待たせ!」


 それから暫くして、大きな紙袋を下げた桐斗が二人の元へ戻ってきた。その後ろから柳雨も続いているが、彼の荷物は少ない。


「先輩、随分たくさん買いましたね」

「うん、ほしかった新作とそれに合わせるアクセとか選んでたらねー」


 千鶴の隣に腰を下ろし、紙袋の中からブレスレットを一つ取り出してつけてみせた。合皮製でベルトに似た形をしたピンクのブレスレットで、鳩目が等間隔に空いている。猫のチャームが鎖に繋がっていて、手を下ろすと猫の部分が手の甲にくるようになっているようだ。


「こんなの見たら買っちゃうよねー」

「子猫ちゃん、店ごと買うんじゃねえかってくらい買ってたもんな」


 千鶴に手を翳して見せながら、桐斗が上機嫌に言う。彼の正面に立ったままの柳雨は呆れて肩を竦めながらも、微笑ましそうにしている。


「そろそろお昼だけど、どうする?」

「あ……ほんとですね」


 吹き抜けの中央にある時計を見ると、もう二十分もすれば十二時という時刻だった。


「オレら好みバラバラだし、フードコートでいいんじゃね」

「そだねー、千鶴はそれでいい?」

「はい」


 立ち上がり、下りエスカレーターで一階に降りると、フードコートを目指して歩く。間もなく昼時とあって同じ方向へ向かう人が多く、既に席も半数近くが埋まっていた。


「ギリギリだったね。柳雨、買い出しよろしく」

「へいへい。おチビちゃんも初めてならなにがいいかわかんねえだろうし、行こうぜ」

「はい」

「あ、じゃあ僕荷物持ってるよ」

「いいんですか? ありがとうございます」


 桐斗に荷物と席の確保を任せ、千鶴は柳雨と伊月と共に色々な店のカウンターが並ぶ場所へと向かった。うどんやラーメンなど食事の店以外にも、クレープやパフェの店もある。入口付近にはたこ焼きやハンバーガーなどの軽食も売っていて、食欲を刺激する匂いで以て客を惹きつけていた。


「おチビちゃんは何にする?」

「えぇと……ハンバーガーにします。ずっと気になってて」

「そういやおチビちゃん、こういうの食ったことなかったんだっけか」

「はい。一人で入る気にもなれなくて、気付いたら全く縁がないまま……」


 カミサマポストの件で神蛇と柳雨が買ってきたときも、千鶴はお菓子と桐斗お勧めのスムージーで満腹になってしまい、ハンバーガーはまたの機会にとなったのだった。

 軽食のカウンターに柳雨と並び、ハンバーガーのセットを二つと単品でビスケットにフライドチキンとアップルパイを購入したのだが、会計でもたつくといけないからと、この場は柳雨一人が財布を出した。


「オレ様持ってくから、おチビちゃんは先に子猫ちゃんと待ってな」

「えっ、でも先輩、結構たくさん買ってませんでした?」

「大丈夫大丈夫、丼物とかじゃねえからそんな重くねえし、アイツ一人にしとくと色々心配だからさ」

「……わかりました。じゃあ、先に行って待ってますね」


 ピンクの髪を探して周囲を見渡すと、端の席に桐斗はいた。不思議と彼の周りに人がおらず、不自然なほど空間が出来ている。


「赤猫先輩」

「あ、おかえりー」


 隣の座面をペタペタ叩いて呼ばれたので、大人しく隣に腰を下ろす。桐斗がいたのは柱に隣接した角の壁際のソファ席で、荷物は柱と桐斗のあいだに置かれている。改めて周りを見てみるが、やはり人の気配が遠い。


「先輩、この辺あまり人がいないですね」

「僕が遠ざけてるからねー」

「えっ」


 不思議に思い訊ねた千鶴に、桐斗はさらりと答えた。その言葉を聞いて、彼の能力は領域を操るというものだったと改めて思い出した。


「ナンパされてもウザいし、荷物多いからって人を気にするのも面倒だもん」

「それは……」


 後半はともかく、ナンパに関しては千鶴も同意見だった。自意識過剰などではないと実体験で以て知ってしまっているため、なにも言えない。


「あ……そうだ。先輩に聞きたいことがあるんですけど」

「なーに?」

「実は……」


 千鶴は先ほど突然感じた水の匂いを説明し、伊月が桐斗に聞くよう言っていたことも伝えた。


「あー……うん、そっかー」


 桐斗はなにかを察したような声を漏らし、一度遠くを見てから千鶴を見て口を開く。


「千鶴、おーじといて似たようなことなかった? 匂いの種類は違うと思うけど」

「え、と……そうですね、満開の桜みたいな、春の匂いがしたことがあります」

「それと同じでね、アイツら神族は自分の本質を現す魂の風景みたいなのを持ってるんだけど、心を開いた相手にはその場所の匂いが届いちゃうんだよね。心を開くって言葉通り、普段は心の奥に閉じ込めてるものが漏れちゃうの」


 桐斗曰く、桜司は暁の桜並木。伊月は夜の泉。

 彼らの持つ魂の匂いとも言い換えられるそれは、己の意志でどうこう出来るものではないため、伊月は千鶴が匂いを感じたことを恥ずかしがったのだろうとのことだった。


「まあ、そういうわけだからさ、アイツも千鶴のこと気に入ってるんだなーって思っていいんじゃないかな」

「……そう、だったんですね……」


 桜司に触れていたときの匂いを思い出してみる。どこまでも暖かくて優しい、けれど終わりのない寂しさを感じる匂いだった。対して伊月は、冷たく凛とした水の匂いで、背筋が伸びるような畏怖にも近い感覚がした。


 暫くして、注文したものをトレーに乗せて柳雨と伊月が合流した。


「お待たせ、お二人さん。まさかナンパ避けに縄張り使うとはなあ」

「だってウザいんだもーん」


 悪びれもせずそういう桐斗の前に、柳雨がアップルパイとビスケット、紅茶を置いて彼の前に座った。そして千鶴の前にもハンバーガーとポテトとアイスティが置かれた。伊月はどうやらうどんを注文したらしく、丼から湯気が立っている。


「食べよ食べよーいただきまーす!」

「いただきます」


 手を合わせて包み紙を開き、初めてのハンバーガーに齧り付く。胡椒が利いた牛肉と玉ねぎの甘さにケチャップの酸味とマスタードの微かな刺激が合わさっていて、複数の味覚が混在して複雑な味になりそうなところ、それら全てが絶妙なバランスで調和している。ジャンクフードなどと呼ばれているが、この店は比較的高級志向らしくバンズもパティも厚めで、一口でパンと肉をまとめて食べるのが難しいくらいだ。


「ね、初ハンバーガーはどう?」

「美味しいです」

「千鶴」


 桐斗に答えながら包装紙から顔を離すと、伊月が千鶴を呼んだ。彼の視線は真っ直ぐ千鶴に注がれている。千鶴が伊月に答えようと正面に向き直ったのと同時にスッと彼の手が伸びてきて、無言のまま親指で口元を拭われた。


「っ!?」


 拭った指にはケチャップがついていて、伊月はそれを迷いなく自らの口元へ運ぶと、小さく舌を覗かせて舐め取った。その一連の動作を固まったまま見守っていた千鶴は、数秒ののちに発火したように顔を赤くして包み紙に埋もれた。


「また汚すぞ」

「うぅ……気をつけます……」


 耳まで赤くなって埋もれている千鶴を、伊月だけが不思議そうに見つめている。


「僕、こーゆーの少女漫画で見たことある」 

「男前がやるとマジで破壊力半端ねえんだな……」


 桐斗と柳雨のトドメを受けて更に顔が熱くなるのを感じながら、千鶴はどうにか意識してハンバーガーに集中したのだった。

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