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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【哀ノ幕】初めてのお出かけ
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総酸塊

【フサスグリ】

あなたの不機嫌がわたしを苦しめる。

 あれから、桜司と学校で会うことがなくなってしまった。

 部室へ行っても、千鶴の気配を察して逃げているのか、顔を合わせるどころか廊下ですれ違うことすらない。他の部員も桜司の様子がおかしいことを察しているが、それで千鶴を問い詰めることはしなかった。

 今日も部室を訊ねたが、桜司はいないようだ。


「そんなあからさまにがっかりしないでよ、千鶴」

「あ……ごめんなさい……」


 落ち込んだのがうっかり顔に出てしまっていたらしく、桐斗が隣に招きながら笑って言う。いつもなら机の上に花札が出ていて、桜司が遊ばれているところなのに、桐斗の正面の椅子は無人のままだ。


「ねえ千鶴。前にさ、お洋服買いに行こうって話したじゃない?」

「……そういえば、言ってましたね」


 課外授業の前日に、千鶴の服や私物がシンプル過ぎると桐斗が嘆いたことがあった。親が転勤族で引っ越しが多く、荷物を増やしづらかったこともあり、いままで最低限の持ち物で過ごしてきたという。桐斗曰く、素材が生かし切れてなくてもったいないとのことで、いつか共に服を買いに行こうという話をしたのだった。


「せっかくだし今度の土曜、一緒に行かない? いつもなら僕が千鶴を誘うとアイツが睨んでくるけど、避けてるなら好都合でしょ。柳雨は荷物持ちで」

「なんでだよ!?」


 それまで他人事のように携帯ゲームで遊んでいた柳雨が、唐突に巻き込まれて手元を狂わせた。微かに哀しい音楽が漏れ聞こえてくることから、どうやら気を取られているあいだにゲームオーバーとなってしまったらしい。


「僕と千鶴だけだとナンパがうざいからだよ」

「あー……お前、そういうのやたらと引き寄せるからな」


 諦めたように電源を落とし、鞄にしまいながら柳雨が納得の声をあげる。何だかんだ言って桐斗に甘い柳雨は、仕方ないと言いつつも承諾した。


「おチビちゃんになんかあっても困るしな」

「黒烏先輩……いいんですか?」

「おう。俺もせっかくだしなんか買うからついでだ、ついで」

「ありがとうございます」


 どこへ行っても会えないなら、桜司の気持ちが落ち着くまで追いかけないほうがいいだろうと、自分に言い聞かせる。暫く一人にしてほしいと言われたときの、複雑そうな表情を思いながら、千鶴は自分自身も気持ちの整理に努めることにした。

 桐斗は手帳を取り出すと、宝石を模した飾りが揺れるペンで予定を書き込んだ。彼の持ち物はペンや消しゴムなど何気ないものまで全てが可愛らしい。


「時間は十時に駅前の犬神像のとこでいい?」

「はい」

「おう」

「じゃあけってーい!」


 うれしそうに声を弾ませながら手帳に記入していく。書き終えたところで先ほどからソファで黙々と本を読んでいる伊月を見た。


「伊月はどーする?」


 話を振られた伊月はというと、視線を一瞬上げて寄越しただけで、すぐに本へと目を戻して小さく頷いた。断られるとばかり思っていた千鶴が思わずじっと見つめていると視線に気付いたのか、また視線だけ寄越して一言。


「……俺もついでだ」


 相変わらず表情は一ミリも動かないため読めないが、そこはかとなく声が優しかった気がして、千鶴は「ありがとうございます」と微笑んだ。


 

 ―――そして、土曜日。


 お洒落をするという概念が全くなかった千鶴の私服は、格安洋品店で購入した無難でシンプルなものばかりだ。白いシャツに臙脂の羽織り物と膝丈スカート、それと学校に履いていっても問題なさそうな赤茶色の靴とショルダーバッグという出で立ちで駅前に向かった。

 鬼灯町は田舎というにはそれなりに色々あるが、都会というには物足りない、何とも中途半端な地方都市の様相をしている。そのため駅周辺はある程度発達しているのに、少し駅から離れると田園風景や森林が見えてくる。千鶴の家は、その丁度中間にある。


「十分前だから、さすがに誰もいない……あれ、いた」


 待ち合わせ場所である犬神像というのは、駅東口のロータリー中央にある、日本犬を模した像のことだ。よくある忠犬の実話からきたものではなく、犬神の呪術で栄えたという一族の末裔が慰霊に建てたものらしく、近くには碑文もある。

 そこに、桐斗が既に待っていた。


「赤猫先輩」

「あっ千鶴ー!」


 近付きながら名前を呼ぶと、桐斗は真っ直ぐ駆け寄ってきて飛びついた。

 今日の桐斗は、ピンクと黒のチェックスカートにリボンがついたニーハイソックス、彩度の高いピンクで猫の横顔のエンブレムが描かれた黒いシャツに、スカートと揃いのショートジャケットを羽織り、靴は同じくピンクと黒のハイカットスニーカーという、彼でなければ着こなせないような格好をしている。髪型はいつものツインテールだが、学校では控えめなサイズのリボンが千鶴の手のひらくらいの大きさになっている。


「先輩、私服姿も可愛いですね」

「でしょー? 千鶴とデートだから張り切っちゃった!」


 謙遜も卑下もせずに褒め言葉を真っ直ぐ受け止める桐斗の言葉は、とても清々しい。褒めてもらえてうれしいと、表情と弾んだ声音が語っている。


「アイツらたぶん時間きっちりだから、もーちょっと待とうね」

「はい」


 待っているあいだ、桐斗が端末を駆使してショッピングモールに入っている服や靴のブランドを検索して千鶴に見せた。モールの公式サイトを開くと、何階のどこにどんな店があるかが全て表示されており、会員登録をすると混雑情報なども見ることが出来るようだ。


「千鶴に合いそうなのはこの辺かなー」

「どんな服があるんですか?」

「ワンピース専門店でね、可愛いのがいっぱいあるんだよ。僕の趣味とは違うんだけど千鶴には合いそうだから見に行こうね」

「はい、楽しみです」


 そんな話をしていると、二人の元へ近付いてくる足音が二つ。もう来たのかと思って顔を上げると、見知らぬ男性二人が立っていた。片方は茶髪の優男風、もう片方は少し根元が黒く伸びてきている金髪に胸元が思い切り開いたシャツを着た見るからに派手で遊び慣れている風な男性だ。


「君、可愛いね。よかったらオレらとお茶しない?」

「バイト代入ったばっかだからさ、カラオケでも何でもおごっちゃうよ」


 二人の視線は迷いなく桐斗だけに注がれており、千鶴は眼中にもないようだ。そんな二人組を睨みながら、桐斗は不機嫌全開で「人待ってるから」と答えた。だが、彼らも一度や二度断られるくらいは想定内なのか、全く引き下がる様子を見せない。


「あー、その、横にいる……お友達? 彼女も一緒でいいよ」

「引き立て役がいたほうがいいしね」

「……いい加減に」


 無神経な言葉に桐斗が反論しかけたとき、二人組の片割れ、金髪男のほうの肩に手が置かれた。


「あ? いきなり誰……」


 振り向き様に睨みを利かせるはずだった語尾が、半端に途切れた。それを訝しんで、茶髪の男性も振り返る。


「おにーさんたち、オレ様の連れに何の用?」

「柳雨、おそーい!」


 そこには、にっこりと微笑んではいるが僅かも目が笑っていないという器用な表情で二人組を威嚇する柳雨と、いつも通りの伊月がいた。あからさまに威圧している柳雨に対し、伊月は変わりなくただ彼の隣に立っているだけである。が、二人の男性は柳雨に驚き伊月に怯えて語気を弱め、後退っていく。


「あ……いや、お連れさんでしたか」

「じゃ、オレらはこれで! お邪魔しました!!」


 柳雨の手を振り払うと、二人は脱兎の如く逃げ出した。

 遠ざかっていく背中に舌を出してから、桐斗は横から千鶴を抱きしめた。


「千鶴、大丈夫だった?」

「は、はい……ちょっと驚きましたけど。……先輩、本当にナンパされるんですね」

「めっちゃくちゃ不本意だけどねー」


 頬を膨らませて言うと、千鶴に張り付いたまま柳雨を見上げる。

 柳雨は学校で見る以上にシルバーアクセサリーの数が増えていて、服は髪と同じ黒と赤の組み合わせで揃えてきたようだ。初対面のときに桐斗が「バンドマンっぽいの」と紹介した理由が、私服になって改めてよくわかった。

 伊月はというと、白いシャツに細身のパンツとストールという千鶴に負けず劣らずのシンプルな格好だが、無頓着で簡素な千鶴と違って洗練されて見える。

 千鶴の気のせいでないなら道行く人たちの視線を集めているが、先輩三人は全く気にしていないようだ。


「じゃ、行こっか。メインは千鶴の服だから、まずはそっちからね」

「あいよ」


 桐斗が千鶴と手を繋いで歩き出し、柳雨と伊月がそれに続く。初めての「可愛い服を買う」という目的での外出に、千鶴は胸が躍るのを感じていた。

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