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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【壱ノ幕】還らずの路
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突然の拉致軟禁!?

 翌朝、千鶴が顔を洗おうと洗面台の前に立つと、その首元に赤紫色の痣があることに気付いて目を瞠った。痣は太い縄のようなものを巻き付けたようで、首をぐるっと一周している。更に着替えのためにパジャマを脱ぐと、体にも同じ痣が刻まれていた。


「やだ……なんで……?」


 恐る恐る指先で触れてみるが、痛みなどはなく、うっすらと色が乗っているだけにも見える。しかし、昨晩見た夢を否応なく思わせるその痕は、千鶴を怯えさせるには十分過ぎるものだった。


 衣替えの時期で早くも半袖の生徒も多少いるとはいえ、長袖を着ていて浮くほどでもない。真夏でないことと、前の学校の制服がブレザーであることに内心で感謝しつつ、鏡を見ないよう目を逸らしながら着替えを済ませ、洗面所をあとにした。


 千鶴が登校すると、昨日と同様見慣れない制服に対する視線を感じた。しかし首元の痣への視線や、それを潜めて話すような声はいまのところないようだ。

 自分で思うほど目立たないのだろうかと、安堵しかけたときだった。


「お前」

「え? えっ、あの……??」


 低い声が頭上から降ってきたかと思えば手首を掴まれ、そのまま引きずるようにしてどこかへと連行された。

 このとき千鶴はあまりの動揺に気付いていなかったが、手首を掴まれた瞬間不自然なほど周囲から注がれる視線が消えていた。まるで初めから何事もなかったかのように。引きずられていく千鶴に好奇の目線を送る生徒も、見上げるほどに背の高い先輩を見る者も、なにが起きたのかと囁きあう声も、なにもなかったのだ。


 行き先は、何故か部活特別棟。文化部部室が並ぶ一角で、そのうちの一つの扉を声もかけずに開けると、千鶴の手を引いたまま入っていった。


「座れ」

「はいっ」


 有無を言わさぬ圧力に思わず反射的にそう返し、そして着席する。が、なにが何だかわからず、困惑が募るばかり。制服の校章と上靴のラインの色が上級生のものなので、先輩なのだろうということだけはわかるが、それだけだ。

 青みがかった黒髪はサイドバングが長く、彼が俯く度にさらりと頬を隠す。切れ長の目は濃紺色の瞳をより鋭く見せており、黙って見つめられるだけで威圧感がある。更に千鶴からすれば首を思い切り傾けて見上げなければ顔も視界に入らないほどの長身が、有無を言わせない雰囲気をより強固なものにしていた。


「あの……先輩……?」


 怖々声をかけるが、当の先輩はチラッと千鶴を一瞥しただけでまたスマートフォンに視線を落としてしまった。それから更に声をかける勇気は出ず、気まずい沈黙が続く。


(わたし、知らないあいだに先輩の気に障ることでもしちゃったのかな……? でも、初対面……だよね……?)


 答えの出ない自問がぐるぐると脳内を巡る。心なしか、酸素も薄い気がする。


 それから暫く。

 突然千鶴の背後で扉が開く音がして、千鶴はビクッと肩を跳ねさせた。振り返ると、そこには三者三様の生徒が顔を覗かせていた。



「なんだ伊月、突然呼び出しおってからに」


 一人は白髪をウルフカットにした金色の瞳の生徒。彼もまた、千鶴を攫ってきた生徒同様背が高いが、すらりと伸びた手足や制服のシルエットからして少し細身のようだ。


「おーじ以外からの呼び出しなんて珍しいねー! なになに、ナンパ?」


 もう一人はピンクのセミロングの髪をリボンでツーサイドアップにして、スカートを短く改造した女子制服を着ている生徒。所謂ネイルアートというもので爪を飾り、髪もいちごの飾りがついたシュシュで纏めていたりと、全身着飾っている。見た目はだいぶ派手だが、その人懐っこい表情や口調は見知らぬ先輩と二人きりで緊張していた千鶴を僅かに安心させた。


「あれ、この子例の転入生じゃね?」


 そしてもう一人は、濡れ羽色の髪に赤いメッシュが入った長髪に、制服の襟元や袖、裾などから銀のアクセサリーが覗いている生徒。ピンク髪の生徒同様、見た目の印象が強いが、彼もまた容姿や格好の圧を緩和させる、軽い口調をしていた。血の色にも似た深い緋色の瞳が、隠しもせずに好奇心を映して千鶴を見つめる。

 わらわらと群がってくる見知らぬ顔に怯えている千鶴を見、一番背の低い女子生徒と思われる先輩が声をかけてきた。


「君、見慣れない顔ってか制服だね。僕は赤猫桐斗。君は?」

「え……と、四季宮千鶴、です……あかね、先輩……?」

「うんうん、千鶴ね、おっけー!」


 理解が追いつかないままに名乗ると、桐斗と名乗った生徒は笑顔で千鶴の手を取り、一方的に握手をした。その様子を桐斗の背後から眺めていた白髪の生徒が、身を屈めて千鶴の顔を覗き込み、目を細めた。

 ピンク髪の先輩は女子生徒だと思われたが、桐斗という名前を聞くに男子のものだ。赤い猫と書いて「あかね」と読む名字も変わっている。しかし、その理由を問う余裕もなければ疑問に思う時間もない。怒濤の展開が目の前を流れていく。次いで千鶴の前に立ったのは白髪の生徒だ。こちらが座っていて向こうが立っていることを除いても背が高く、威圧感がある。


「……お主、なにをした?」

「えっ?……なに、と言われても……」


 白髪の生徒の視線は、真っ直ぐに千鶴の首元に注がれている。それに気付いた桐斗ともう一人メッシュヘアの生徒が揃って「あー」となにかに気付いたような声をあげた。ここにいる理由をわかっていないのは千鶴だけらしく、先輩たちはなぜ千鶴がこの場にいるのかも含めて事態を理解したようだ。


「取り敢えず、おーじは怖がらせない!」

「いでっ!」


 桐斗の肘鉄を食らい、白髪の生徒は体を起こして千鶴から離れた。しかしその視線は変わらず痣のある首元を捉えている。


「えっと、いきなり連れてこられてびっくりしたよね。一先ずこいつらの名前だけ紹介しちゃうね」


 桐斗はそういうと、白髪の生徒からメッシュヘアの生徒、そして最後に千鶴をここに連れ込んだ生徒を順に指しながら紹介していく。


「この無礼なヤツが白狐桜司。こっちのバンドマンっぽいのが黒烏柳雨、そんで、君を拉致ってきたのが青龍伊月」

「えっ、は……はい……」


 混乱しつつも、一人一人顔と名前を一致させていく。

 白髪の生徒は「びゃっこ」という音から勝手に白虎を想像していたが、名札を見るに狐のほうらしい。そして「くろお」は黒い尻尾ではなく烏だった。名前の「りゅう」は柳に雨というどこかで聞いたような文字。唯一「せいりゅう」だけは想像通りだった。


「よろしくね、千鶴!」


 屈託のない笑みで言われ、千鶴は困惑と不安を張り付けた表情のまま頷いた。

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