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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【肆ノ幕】鎮魂のドールハウス
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無限遠の彼方にて

「ほんとに飛んで帰って来ちゃった……」


 放課後の待ち合わせ場所が屋上である時点で妙な予感はしていたが、待っていたのは天狗姿の柳雨だった。柳雨は千鶴を横抱きにすると空へ舞い上がり、しがみつく千鶴を時折面白がるように笑いながら道を無視した直進飛行で送り届けたのだった。


「あれ? 千代ちゃん、ここに置いたっけ……?」


 家に帰ると、置いたところとは違う場所で千代が待っていた。枕元に置いたはずが、何故か机の上にいるのだ。千代が勝手に動いたならいいのだが、空き巣の類では困ると思いながら千代に近付いてみる。


「これ……」


 千代の傍らには、ルーズリーフが一枚置かれていて、その横に保育園のときに使っていたクレヨンが数本転がっていた。ルーズリーフには幼児が懸命に書いたような文字が書かれており、どこかに地図らしきものも描かれている。

 念のため窓や勝手口などを確かめてから戻ってきたが、外部から誰かが侵入してきた形跡はなさそうだった。ということは、千代が書いたのだろう。よくよく見れば千代の両手が顔料で汚れている。


「この地図の場所、どこかで……」


 地図には、死にかけのミミズのような文字で「おうち」と「ここ」と書かれている。学校は千鶴が通っている高校で、その斜め上にある大きな四角が駅だろうことは何とか解読出来た。だが肝心の「ここ」がどこだかわからない。位置関係としては、いまいる家より西の方角だということだけは読み取れるが、それだけだ。

 自宅の位置が千代の着物の色で塗り潰されているのと、件の「ここ」の位置が黒丸で塗り潰されているため、恐らく学校などは単なる目印で、伝えたい場所は黒く塗られたところのみなのだろう。


「ここから西って言ったら、真莉愛ちゃんのお家がある方向だけど……」


 地図を手に、窓から外を見渡してみる。ここから彼女の家が見えるわけではないが、西のほうを見ると遠くに西洋風の建物が並んでいることがぼんやり見える。あの辺りは明治時代に西洋との貿易が盛んになった際、海外の商人が住んでいた邸宅が建ち並んでいる区画だ。著名な豪商の家を中心に、その血縁者や関係者の屋敷がある。そのうちの一番大きな邸宅が真莉愛の家だ。

 しかし、地図の様子では真莉愛の家とは違うように思えて、千鶴は首を傾げた。然程緻密に書かれた地図ではないにせよ、目的地を示す黒丸が彼女の家にしては小さすぎる気がするのだ。


「聞いてみたらわかるかな……?」


 滅多に使わないが、連絡先なら交換してある。近くでなにか変わったことがないかを訊ねるだけならと携帯端末を手にしたところで、受診を告げる音が鳴った。送信者は、いま連絡を取ろうと思っていた相手、真莉愛だ。


「真莉愛ちゃん?」


 通話状態にして耳に押し当てながら声をかけるが、向こうからの応答はない。不審に思い耳を澄ましてみると、微かにオルゴールの音が聞こえた。途切れ途切れな上ひどく音が外れていて、本来は可愛らしい曲であるはずなのに不気味さしか感じない。


「…………っ!!」


 千鶴が端末を耳から離そうとした瞬間、知らないはずの光景が白昼夢のように次々と頭に流れては消えていった。

 誰か、第三者の目線で見るその光景は、西洋人形と対面することから始まった。次に人形の目線でその「誰か」を見送るところが流れ、最後には西洋人形と同じドレス姿で椅子に座っているところが流れた。最後の光景は、俯き加減で自分の爪先辺りに目線が落ちていたのでわかりにくかったが、床が異様に汚く、緋色のカーペットもボロボロになっていたように思う。

 千鶴が我に返るのと同時に通話が一方的に切られ、無音が部屋に満ちる。


「まさか、真莉愛ちゃんになにかあったの……?」


 居ても立ってもいられず部屋を飛び出したとき、今度は家の固定電話が鳴った。一瞬迷いを見せるが、千鶴は玄関へ行きかけた足を居間に向けて受話器を取った。


『千鶴姉さん、わたしです、英玲奈です』

「英玲奈ちゃん!?」


 電話の相手は、英玲奈だった。

 真莉愛によく似た、けれど彼女より少しだけ低めの声で、英玲奈はまず千鶴に高校の緊急連絡先を見たと断った。


『姉さんが帰っていないんですが、一緒にいますか?』

「え!? 真莉愛ちゃんなら、英玲奈ちゃんと一緒に帰るって言って、わたしより先に帰ったけど……」

『……そうですか』

「英玲奈ちゃん……実は、気になることがあって……」


 顔を見なくてもわかるくらいに、英玲奈の声が不安に揺れている。千鶴は、英玲奈を落ち着かせるように優しく名前を呼ぶと地図のことを話した。


「わたしはまだそっちに行ったことがないから地図を見てもわからないけど……でも、そっちに住んでる英玲奈ちゃんなら、なにかわかるかも知れない」

『そうですね……いまは少しでも手がかりがほしいです。こちらへ来て頂けますか』

「うん、すぐ行くから待ってて」

『はい』


 受話器を置き、外出用の小さな鞄を引っかけて家を飛び出す。走るよりはと自転車を引っ張り出してくると、思い切りギアを入れてこぎ出した。

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