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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【肆ノ幕】鎮魂のドールハウス
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豪雨が隠すもの

 灰色の空から雨が降りしきる朝。

 千鶴は千代の帯に小さな花飾りを差し、指先で小さな頭を撫でた。祖母が生きていた頃は手縫いの着物で着せ替えをして遊んだものだが、祖父母亡きいまでは新しい着物を手に入れるには市販のものを手直しして着せるしかない。このときほど祖母から裁縫の腕を受け継いでいればと思うときはないが、持てなかったものは仕方がない。不揃いで不格好な着物や髪飾りになってしまうのを申し訳なく思いつつ、約束のおめかしをして最後に携帯の写真に収めた。


「昨日は色々あってあのまま寝ちゃったからなぁ……ごめんね」


 グルグルと答えの出ない思考に悩んだ結果、千代を着飾る約束を果たせないまま夜を明かしてしまったのだ。帰りに人形用の小物を買うところまでは覚えていられたのに、帰って静かな部屋に一人でいるとまとまらない考えに支配されてしまい、いつの間にか意識の外へと追いやってしまっていた。


「じゃあ、行ってくるね」


 千代に手を振り、部屋を出る。土砂降りの雨が、すっかり玄関から門にかけての道を水たまりに変えている。千鶴は傘を差しながら、飛び石の上を文字通り飛び移る格好で歩いて行った。

 大通りまで来ると、行き交う車が跳ねる水飛沫が歩道に降りかかっていた。その中を歩いて行くのはだいぶ憂鬱だが、ここまで至るのにスカートから下はすっかり濡れて、変色してしまっている。横殴りの風雨でないことだけは救いだが、それだけだ。


「あれ……?」


 ふと、千鶴は前方に自分と同じ制服姿を見つけ、首を傾げた。ただ同じ方向へ歩いているなら登校時刻なので可笑しなことはなにもない。だがその人影はこちらへ向かってきたかと思えば数メートル先の路地を右に曲がり、車道を渡ると、細い路地へと消えて行ってしまった。その先は明らかに高校とは違う方向だ。

 通りかかるときにその路地を覗いてみたが、雨がひどいことと車道の向こう側であること、なによりその路地自体が傘を差しながらでは歩けないほど狭い路地だったため、姿を追うことは出来なかった。


「あ……早く行かなきゃ」


 気にはなるが、千鶴も時間の余裕があるわけではないため、追跡を諦め歩き出した。傘から滝のような水が落ちるのを視界の端に捕えながら、灰色の街を歩く。黄色い傘とレインコートを装備した三歳くらいの子供がうれしそうにはしゃいでいるのが見えて、憂鬱だった気分が少しだけ上向きになった。


「制服が重たい……やっぱレインコートも買おうかな……」


 学校に着く頃には、最早濡れていない箇所を探す気にもなれないほど水浸しになってしまい、はしたないと思いつつも昇降口でスカートを絞る羽目となった。自転車で来たとある男子生徒二人はこの雨の中突っ切ってきたらしく、千鶴同様全身ずぶ濡れ状態でゲラゲラと大笑いしながら昇降口に駆け込んできた。

 彼らの気持ちは痛いほどわかる。帰りならまだしもこれからという朝に水浸しでは、最早笑うしかないのだ。


「おはよう、真莉愛ちゃん」

「おはようです。……千鶴、もしかして傘だけで歩いてきたのですか?」

「うん、バスは苦手だから……HR始まる前に体操着に着替えないと」


 真莉愛はというと、どこも全く濡れていない。聞けば車で送ってもらったのだとか。

 下だけジャージ姿でいるわけにもいかず、上下を着替えて席に着く。濡れた制服は、一先ず椅子の背もたれに掛けておいて、僅かでも乾くことを祈るしかない。


「ねえ、真由知らない? てか来てない?」

「知らなーい。鞄ないから来てないんじゃない?」


 教室に入るなり、部屋中に聞こえる声で隣のクラスのが呼びかけた。教室内をさっと見渡して答えた女子生徒に「マジかーありがとね」とだけ答えると、呼びかけた生徒は友人と思しき生徒と連れ立って教室を出て行った。


「なんかいきなり忘れ物とかいって戻ってったけど、あいつ家じゃないほうに向かっていったよね」

「あ、やっぱそうだよね? 昨日から変だったけど、何なんだろ」


 去り際に聞こえた会話は、どうやら千鶴が朝に見かけた生徒に関することのようで、彼女たちも家とも学校とも違う路地へ消えて行くのを見ていたようだ。

 真由という名は、先日千鶴が、肩に影を見た生徒の名だ。やはりあれは良くないものだったのだという嫌な確信を得てしまい、無意識に真莉愛の手を握っていた。


「千鶴……? 大丈夫ですか?」

「うん……」


 結局真由という生徒は、朝のHRが始まっても学校に現れなかった。


「うぅん……今日はジャージで帰るしかないかなぁ……明日までに乾くといいけど」

「何なら送って行こうか?」


 昼休みになり、背もたれのスカートを触れて確かめながら難しい顔をしている千鶴を横から覗き込んでいる、一年の教室にあるはずのない顔が一つ。


「…………黒烏先輩!?」

「はいはい、黒烏先輩だよーおチビちゃん」


 数秒の沈黙ののち、ガバッと体を起こした千鶴を面白いものでも見たかのように笑いながら、柳雨がひらひらと手を振る。


「帰る頃には雨も止むし、ひとっ飛びだぜ」

「先輩が言うと文字通りな気がして怖いですけど、いいんですか?」

「おうとも。嫌なら言ったりしねえよ」


 遠慮がちな千鶴の頭をくしゃくしゃと撫で回しながら、笑って言った。

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