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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【肆ノ幕】鎮魂のドールハウス

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いつかの思い出

 夏休みを間近に控えたある日のこと。

 朝の支度をしていた千鶴は、置いた覚えのないものが椅子の脇に転がっていることに気付いた。それは手作りの小さな人形で、綺麗な長い黒髪を持ち赤い着物を着た、幼い女の子の姿をしている。


「あれ……? この子、どこかで……」


 独りごちながら、人形を手に取る。瞬間、津波のように記憶が一斉に押し寄せ、目が眩んだ。

 絆創膏を巻いた皺だらけの手が、人形を差し出す様子。千鶴が受け取ると目尻の皺が一層深くなり、うれしそうに頭を撫でる様子。日当たりの良い縁側で人形と添い寝する千鶴の傍で、陰になるよう座りながら見守る穏やかな祖父の姿。近所の子供に意地悪で川へ投げ捨てられ、泣きながら探し出して人形共々ずぶ濡れになっている様子。

 幼少期に人形と過ごした様々な思い出が、洪水のように溢れてきた。


「びっくりした……」


 首を振り、そっと息を吐くと、人形をベッドの枕元に置く。


「……千代ちゃん、こんなところにいたんだ」


 その人形は、亡き祖父が千鶴に与えた、三歳の誕生日祝いの人形だった。

 なかなか友達が出来ず、両親は多忙で、独りぼっちだった千鶴の初めての友達。何度転校しても必ず連れてきていたはずなのに、何度目かの引っ越しで荷物のどこに紛れてしまったのかずっと見当たらず、諦めかけていたものだ。


「ごめんね。わたし学校だから、帰ったらまたおめかししようね」


 小さい頃のように優しく話しかけると、いままで独り言だった「行ってきます」を、千代に向けて告げて家を出た。


「おはよう、真莉愛ちゃん」

「千鶴、おはようです」


 学校に着くと、既に真莉愛が来ていた。

 真莉愛は千鶴に手を振り挨拶をすると、不思議そうに首を傾げた。


「千鶴の近く、小さい女の子がいます」


 声を潜めて囁く真莉愛の言葉は、ホラー映画などの中で聞くなら恐ろしい台詞だが、千鶴には覚えがあった。


「もしかして、赤い着物姿で、英玲奈ちゃんみたいな長い黒髪の子?」

「はい。とても千鶴に懐いています。お友達ですか?」

「うん、小さい頃におじいちゃんにもらったの」


 千鶴の答えに、真莉愛はうれしそうに目を細めて微笑んだ。


「……?」


 ふと、登校してきたある女子生徒の背後に、黒い靄のようなものが見えた気がして、千鶴は思わず目を擦った。だが目にゴミが入ったわけではないようで、視界は変わらず影を映している。その様子を見た真莉愛が千鶴の肩をツンツンと指先でつついて呼び、内緒話をするようにして耳元に唇を寄せた。


「あまり見たらだめです」

「え、あ……うん、ごめん」


 真莉愛がそう忠告するということは、あれは見間違いではないのだと確信する。

 女子生徒の左肩の辺り、子供の両手に収まる程度の小さな黒い靄だ。凶悪な雰囲気があるわけでも、人の形をして首に手をかける仕草をしているというわけでもない、ただそこにあるだけの異変。

 いままでこんなものが見えたことがない千鶴は僅かに動揺したが、思えばこれまでもカミサマポストなどの荒魂は見ることが出来ていた。ならばあれもそうなのだろうと、一先ず納得することにした。


「気になるなら、先輩に聞いてみるといいです」

「そうだね……まさか本人に心当たりがあるか聞くわけにもいかないし……」


 などと話していると、件の女子生徒が友人と話す声が聞こえてきた。


「里菜っぺ、なにそれ? どこで買ったん?」

「これ? これさー、あたしがちっちゃい頃めっちゃ大事にしてたやつでねー、ずっとどっか行ってて、なくしちゃったかと思ってたんだ。なんかクローゼット整理してたら出てきて。んで、せっかく見つかったし、洗ってスマホにつけてんの」


 里菜と呼ばれた少女は、嬉しそうな顔で縮緬細工の小さなぬいぐるみを掲げた。頭についた輪になった紐をストラップ用の金具と接続して、愛用の携帯端末につけている。


「物持ち良すぎ! あ。そーいやうちも昨日なんか見覚えないのが物置から出てきたんだけどさあ、親とかに聞いても誰も覚えてないんだよねー。うちも知らないし」

「忘れてるだけじゃない?」

「さあ? そうかもだけど、捨てたしどーでもいいかな。ちょうどゴミの日だったし、家にあってもキモいだけだし?」

「マジで? てか真由はなにが出てきたの?」

「えーなんか人形? めっちゃ落書きとかされてるやつ。超ホラーだった」


 けらけらと笑って言う、真由という少女の肩に張り付いている靄が、質量を増した。見ないようにしていても、朝の穏やかな日常風景の中で一切の光を通さない黒はひどく目立つ。


「あ、そーいや昨日似たようなこと言ってたあいつ、来て無くない?」

「え? あー、郁美? 昨日からライン無視してんだよね。既読もつかないし」

「ふーん」


 郁美という少女の話題を出したときもまた、影が質量を増した。しかも今度はどこか楽しげな雰囲気が漏れ出たような気がして、背筋が寒くなった。


(真莉愛ちゃんは、こんな視界で生活していたの……?)


 常に視界の隅に影が映るという慣れない状況から逃れようと、携帯端末を開いてみたところ、いつの間にかメッセージツールがインストールされていたことに気付いて首を傾げた。ウィルスかなにかかと警戒しつつ開くと、それは百鬼夜行部専用グループで、メンバーは部員と神蛇が登録されていた。画面構成は一般的なテキストチャットとほぼ同じものらしく、一度に百文字程度の短文が送れるようだ。


「いつの間に……」


 一般に提供されているツールすらまともに使ったことがないため、どうにか手探りで画面を操作していく。長いこと気付かず放置してしまっていたかと危惧したが、最近になって導入したらしい。テストコメントと称して桐斗が動く絵文字やスタンプを流している。いったいどんな回線を使っているのかなどは、考えないほうが良さそうだ。

 最新のメッセージは数分前の、桐斗からのものだ。


『放課後、来られるひとは部室に来てね!』

『あ、千鶴は絶対来ること!』


 二回に分けて送られたメッセージのあとに、白猫のスタンプが押されている。

 返信をしようとしたところでHR開始の鐘が鳴り、神蛇が教室に入ってきた。慌てて端末を鞄にしまい、前を向く。斜め前の席に影を背負った後ろ姿があるため気になって仕方ないが、こればかりは慣れるしかなさそうだ。


「―――それと、千鶴ちゃん」

「えっ、はい」


 連絡事項を告げ終え、最後に突然名前を呼ばれて反射的に返事をした千鶴に、神蛇は淑やかに微笑みかける。


「お手伝いしてほしいことがあるから、このあと少しだけ付き合って頂戴。次の授業の先生にはわたくしから言ってあるわ」

「わかりました」


 言われた通り、HRの終了と共に千鶴が神蛇のあとをついて教室を出ると、ふわりと肩を抱いて廊下を歩き出した。

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