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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【参ノ幕】廃れ神

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十月十日で通りゃんせ

 桜司がいなくなり無人となった部室で千鶴が一人ぼんやり佇んでいると、背後で扉が開く音がして思わず肩が跳ねた。振り向くと、神蛇が嫋やかな眼差しで千鶴を見つめていた。


「先生……」

「お待たせ、千鶴ちゃん」


 優しく肩を抱き、神蛇は奥のソファへと誘導していく。いつもなら、ここには伊月が一人で座っているところだ。


「大丈夫よ、今日は誰も来ないわ」

「……そうですね」


 桜司に待ち構えられて口づけをされたなどとは、とても言えない。千鶴は曖昧に頷き神蛇の隣に腰を下ろした。神蛇は座ってからも千鶴の肩を抱き寄せたまま、優しく頭をなで続けている。


「どこから話しましょうか……」


 やわらかく掠れた、しかしえも言われぬ艶を帯びた吐息混じりの声で、神蛇が呟く。


「千鶴ちゃんは、昨晩の出来事を覚えているかしら」

「……覚えている、というか……忘れて、思い出しました」


 どう答えるべきか迷った千鶴が、極限まで起こった出来事を削ぎ落として答えると、神蛇は「あら」となにかに気付いた声を上げた。


「それなら、そのことからお話しましょうね」


 神蛇は子供を寝かしつけるように千鶴を撫でながら、伊月と桜司の話を始めた。


「伊月くんは、浄化の力に優れているの。あってはならないものを消し去る能力という言い方も出来るわね。対して桜司くんは、封じることが得意なのよ。それに付随して、あるべきものをあるべき場所へ収める能力も持っているわ」


 先日の、カミサマポストでの一連のやりとりを思い出す。桐斗が動きを封じ、柳雨が門を破壊し、桜司が千鶴を抱えて保護して、伊月が本体を浄化した。そして取り戻した記憶の中でも、桐斗は伊月ほど浄化は得意ではないと言っていた。彼らも万能ではなくそれぞれ得意分野があるということだ。


「柳雨くんは、色々なものの繋がりを断つ力……そして桐斗くんは領域を固定する力を持っているの。でも、あの子だけは神族ではないから……あのときは廃れ神の暴走する力に押し負けてしまったのね。あれほどの相手は、自分の身を守るのでも精一杯だったはずよ」

「赤猫先輩……それなのに、ずっとわたしのこと気にしてくれてました……」

「優しい、いい子ね」


 そう言って、神蛇は言葉で桐斗を褒めながら、手のひらで千鶴を褒める。


「あのとき千鶴ちゃんの記憶を消したのは、緊急だったから少し乱暴なやり方になってしまったけれど、あれも伊月くんの浄化の力なのよ。加減をする余裕がなかったから、前後の記憶まで無くしてしまったのね」

「それで、起きたときあんなにすっきりしていたんですね……」


 浄化の力。あってはならないものを消し去る力。あのときあのまま魄の意識に精神が囚われていたら、今頃どうなっていたか。考えたくもない。


「そして……桜司くんは、……ねえ、あの子が千鶴ちゃんにしたことだけれど……」


 神蛇は少し迷いながら、言葉を探して言う。語尾にまだ迷いが滲んでいるのを感じた千鶴は、困ったような笑顔になりつつ答えた。


「……白狐先輩、何だか凄く傷ついていました。そんなつもりじゃなかったのにって、まるでわたしが先輩を見損ないでもしたかのように苦しそうな顔をして……」

「そう……千鶴ちゃんは、嫌ではなかったのかしら」


 神蛇の言葉と、先ほどの出来事を思い返して、千鶴は改めて自分の心に訊ねてみる。伊月がしたことにも、桜司がしたことにも、不快感や嫌悪感はなかった。それどころか助けられたことに礼を言えていないことのほうが気がかりなくらいだ。


「確かに、驚きはしました。その……あれをキスだと思えば、一応初めてでしたし……でも先輩は、そんなつもりじゃなかったって言ってました。伊月先輩に至っては完全に人工呼吸みたいなものだと思ってます」

「ふふ、そうね。伊月くんは、そうかも知れないわね」


 意味ありげな笑みを浮かべ、神蛇は千鶴の頬を撫でる。見上げると片側しか見えない瞳が細められ、そして額に口づけを落とされた。驚いて目を丸くする千鶴を撫でつつ、艶麗な笑みが深められる。


「うふふ、わたくしだって千鶴ちゃんが可愛いもの。これくらいは赦して頂戴」

「……正直、先輩たちよりずっとドキドキしました……」

「あら、うれしいわ。でもあの子たちに聞かれたらヤキモチ焼かれてしまうかしら……ねえ」


 神蛇の声が、最後だけ千鶴ではなく扉へと投げかけられる。

 まさかと思い千鶴がそちらへ視線をやると、いつからそこにいたのやら、扉が開いて百鬼夜行部の面々が傾れ込んできた。逃げるようにして去った桜司はというと、伊月と柳雨に両腕をがっちりと固められ、引きずられながら入ってきた。


「千鶴ー!!」


 真っ先に桐斗が飛び込んで来たかと思うと、空中で完全な猫の姿になった。そのまま千鶴の膝の上で千鶴にしがみつくと、顔中を舐めながら喉を鳴らしてすり寄っている。唇や頬を猫の舌特有のざりざりした感触が通過する。


「赤猫先輩……??」


 そして、柳雨と伊月の息の合った連携によって桜司が千鶴の足元に放り出されると、桐斗は倒れ伏した桜司の腹に着地しながら元に戻った。


「おーじ、ゴメンナサイは?」

「す……済まなかった、千鶴……」


 床に仰向けとなり、且つ桐斗を腹の上に乗せたままの奇妙な謝罪を見下ろし、千鶴はおろおろしながら桜司や伊月、神蛇を見た。それからまた桜司に視線を戻すと、一先ず起きてもらおうと桐斗に手を差し伸べた。


「あの、白狐先輩のこと、起こしてあげてください……」

「しょーがないなー」


 桐斗は千鶴の手を取り立ち上がると、神蛇の逆隣に陣取り千鶴にくっついた。桜司は上体を起こしはしたが立ち上がることはせず、千鶴を気まずそうに見上げている。


「先輩、わたし、別に怒ってないですよ。少し驚きはしましたけど、青龍先輩がやったことと同じようなものなんですよね。深い意味がないのに気にする理由もないです」


 そう訴える千鶴の背後で、桐斗と神蛇が視線で会話をしていることなどつゆ知らず、そして桜司に憐れみの眼差しを送る伊月と柳雨の視線にも気付かず、千鶴は千鶴なりの言葉で桜司を慰めた。が、言えば言うほど落ち込んでいく理由に、千鶴はひたすら首を傾げるばかりだった。


「まあ、なんだ……強く生きろ」


 桜司の肩に手を置いて、柳雨が励ます。さすがの桐斗も同情せざるを得ないようで、可愛そうなものを見る目で桜司を見下ろしている。

 千鶴がその言葉の意味を知るのは、まだまだ遠そうだ。

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