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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【参ノ幕】廃れ神

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九尾の苦渋

 翌朝、目覚めた千鶴は、妙に頭がすっきりしているような気がして首を傾げた。


「……なんか、変な夢を見た気がするんだけど……気のせいかな……」

「お、起きたな。おはよう」

「おはようございます、千鶴」


 既に起きていた伊織と真莉愛が、不思議そうにしている千鶴に気付いて声をかける。千鶴も二人に挨拶を返すと、のそのそとベッドから這い出した。


「なんか昨晩、騒ぎがあったみたいだな」

「え、そうなの?」


 驚いて聞き返す千鶴に、伊織は寝不足の部活仲間から聞いた話だからどこまで本当かわからないと前置きして話した。


「何でも、あの二人が肝試しついでに罰当たりなことをしたとかで、高熱を出して先に帰ったんだと。先生たちは羽目を外しすぎて風邪引いただけだって言ってるけどな」

「そうなんだ……」


 昨晩のことを思い出そうとしても、そこだけが綺麗に抜け落ちていて思い出せない。モヤモヤするような不快感もなく、いっそ爽やかなくらい真っ白になっているのだ。


「大騒ぎだったって言われても、俺たち爆睡してたからな……」

「まりあも、珍しく目が覚めませんでした。……ただ、何となく、なにがあったのかはわかるのですけど、ただの風邪ということにしておくほうがいいです」

「……うん、真莉愛ちゃんがそう言うなら」


 腑に落ちない点はあるものの、切り落とされたように思い出せないなら無理に考えたところでこれ以上発展はしないだろうと、千鶴は思い出そうとするのをやめた。


 荷物を纏めて、生徒たちが広場に集まる。各クラスの担任が忘れ物はないかなど声をかけて確認しているのをぼんやり眺めながら、千鶴は手の中にあるぬいぐるみに視線を落とした。


「また、先輩たちが守ってくれたのかな……」


 変わったことがあったときは殆ど彼らが関わっていた。全く記憶に残らなかったのは今回が初めてだが、だからこそ何らかの干渉があったように思えてならない。

 列を順に確かめながら歩いていた神蛇が、千鶴の前まで来た。彼女は相変わらず長い睫毛を伏せ、眩しそうな、泣き出しそうな表情で千鶴を見つめている。


「千鶴ちゃん、忘れ物はないかしら」

「はい、大丈夫です。二人にも確認してもらいましたから」

「……ッス」

「まりあも、大丈夫です」


 千鶴に続いて伊織と真莉愛が答えると、神蛇は優しげな笑みを浮かべて頷いた。


「戻ったら、部室に来て頂戴。お話ししたいことがあるの」


 去り際、千鶴にそう囁いてから、神蛇は列の先頭へ戻っていった。


 帰りの車内は、行きに比べて静かだった。騒ぎがあって寝不足ということに加えて、人が二人欠けているためだ。

 少しだけ長く感じる四十分ののち、バスは校庭に止まって生徒たちを吐き出した。


「それじゃあ皆、気をつけておうちに帰るのよ」


 短くも慈愛に満ちた神蛇の言葉で、生徒たちが解散していく。


「わたし、部室寄ってから帰るから、また明後日だね」

「はい、また学校で、です」

「じゃあな」


 千鶴は真莉愛と伊織に一言告げてから、神蛇の元へ向かった。


「先生、話って……」

「詳しいことは部室でお話するわ。わたくしは一度職員室に寄ったあとで向かうから、先に行っていて頂戴」

「わかりました」


 言われた通り、千鶴はひとり部室へ向かう。今日は日曜日なので課外学習から戻ってきた一年生以外の生徒は殆どいない。校舎は施錠されているが、部室棟は各部で日程が違うため、部活ごとに管理することになっている。日曜の昼間だというのに、運動部の部室棟からは自主練に励む生徒の声がする。


「失礼しま……わあ!?」


 扉を開けた瞬間腕を引かれ、視界が真っ白に染まった。なにが起きたのかを理解するより先に、千鶴の胸を甘い花の香りが満たしていく。どこまでも甘く優しい、春の香が千鶴を包む。

 そこで漸く、桜司の胸に飛び込んだのだと理解した。


「先輩……?」


 視界が白いということは、桜司はいま半化生の姿を取っているということだ。なにがどうしてこうなったやら。困惑する千鶴を抱く腕が、更に強く逃すまいと閉じ込める。


「……千鶴、すまぬ……」

「え……?」


 顔を上げると、ひどく思い詰めた表情をした桜司の顔が、すぐ目の前に迫っていた。言葉の意味を理解する間もなく、視界を桜司の金色の瞳が埋め尽くす。

 唇が重なり、熱く濡れた舌が割り入ってくる。何故、と思う間もなく千鶴の舌が絡め取られ、喉の奥に血の味が広がるのを感じた。最初は自分の唇か口内が傷ついたのかと思った。だがすぐに、これが桜司のものだと理解した。

 切り落とされたように消えていた記憶の一部が、白昼夢の如くに蘇ってくる。昨晩、なにが起きてどうなったのか。何故記憶を削ぎ落とされたのか、思い出した。あの夜もこうして、伊月の唇を受け入れていたのだということも。


「……っ、せ、んぱ……」


 深く重ねられていた唇が離れ、荒く息をしながら喘ぐように呟くと、桜司はふらりと千鶴から離れて震える手で自らの顔を覆った。


「ち……違う、我は……こんなことがしたかったわけでは……」


 ひどく傷ついたような顔で千鶴を見つめたかと思うと、桜司は一陣の風とひとひらの花弁を残して部室から消えた。

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