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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【参ノ幕】廃れ神
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八災果つるは

 騒ぎの渦中を抜け、千鶴はいま桜司と桐斗と共に例の神社を訪っていた。鳥居を潜り石段を登った先に、小さな社がある。千鶴がぬいぐるみを取りに来たときは閉じていたはずの扉が、いまは外側へ向けて開いていた。

 桐斗が社の裏手に回ったかと思うと、なにか小さなものを手に取って眺めている。


「赤猫先輩、どうしたんですか?」

「……んー、何でもない。誰かの悪戯みたい」


 見ていたものは十センチ四方程度のメモ紙だったようだ。くしゃりと握り潰しながら答え、千鶴の隣へ戻ってくると社の中を覗き込んだ。


「再封印しても一時的だし、小夜ちゃん先生のときと違ってここのひとはあんまりこういうの信じてなさそうだし、管理の問題がーとか言って放棄されるだろうけど……」

「ゆえに、今回の目的は一時凌ぎだ。神蛇の手間を省くためだけのな」


 カミサマポストのときの連携と浄化を目の当たりにしていた千鶴は、彼らがそこまで言うほど今回の荒魂は難しい相手なのかと不安になる。一時的というからには、恐らくまた簡単に今回のようなことが起きる可能性があるということだろう。それを見越していても、ここでは完全浄化を諦めるしかないのだ。


「じゃあ千鶴、ここでお参りするみたいに手を二回打って」

「それだけでいいんですか?」

「うん。おびき寄せたらあとは僕らがどうにかするから。伊月みたいな浄化はあんまり得意じゃないけど、元いた場所に閉じ込めるだけなら僕と桜司でも出来るからね」

「わかりました」


 一つ深呼吸をして、二つ柏手を打つ。

 瞬間、背後から押し潰さんばかりの圧力を感じ、千鶴は思わず息を呑んだ。動けずにいる千鶴を今回は桐斗が引き寄せ、桜司に比べて小さな体全てを使って抱き留める。

 千鶴が社の前から退いた直後、黒い影が鳥居を突き抜けて真っ直ぐに開いた扉へ飛び込んで行くのが見えた。その影は一見すると巨大な一つに思えるが、よく見れば小さな塊が寄り集まって一つの塊となっているようだった。


「帰れ。還れ。在るべき場所へ。常世で眠れ。七つの祝いに、札をやろうぞ」


 巨大な影の塊が、桜司の声に導かれるようにして社へと吸い込まれていく。その度に幼子や赤子の声が無数に響き、千鶴の頭をかき回した。泣き声は言葉にならない声で、ひたすら助けを求めている。


『どうして、かあさま』

『いたい、いたいよ』

『たすけて、おうちにかえりたい』

『すてないで、おねがい』


 千鶴の脳に直接泣き叫ぶ子供の姿が、彼らが受けた仕打ちが流れ込んでくる。本来は彼らを大事に抱きしめ、あやしてくれるはずの母の手によって捨てられ、殺された子供たちの無念の声が反響しては痛みを伴って突き抜けていく。

 見えた映像で、子供たちは口減らしのため、親に殺されていた。民話の中では弱って死んでいったことになっていたが、実際は食うに困った親の手によって殺されていた。決して、両親も望んでそうしたのではないだろう。泣きながら我が子に手をかける母の姿も見えた。だが子供たちはそうせざるを得なかった事情を理解することが出来ない。子供たちは皆、複雑な背景を察するほどの年になる前に殺されたのだから。


 扉が閉じる寸前、千鶴は声を聞いた。


『うまれてきてごめんなさい』


 その声を聞いた瞬間、千鶴の心が涙となって決壊した。


「あ……ぁ、ごめ……なさい……ごめんなさい……わ、わたしのせいで……っ」

「千鶴?」


 千鶴の体から力が抜け、慌てて抱き直す。だが崩れるようにして膝をついてしまい、桐斗もそれにつられて膝をついた。千鶴は桐斗の呼びかけにも答えず、見開いたままの瞳からぼろぼろと涙を流しながら、ひたすら謝罪の言葉を呟き続けている。


「わたしが、うまれてきた、から……わたしの、わたしのせいで……」

「ちょっ……千鶴! しっかりしてってば!」

「あれに引っ張られたか……? だが、何故だ……」

「おーじ! 冷静に分析してる場合じゃないって!」


 桐斗が悲痛な声を上げる中、千鶴は心ここにあらずといった様子で泣き続けている。このままでは、心が魄の世界に引きずられて戻ってこられなくなる。桜司が千鶴の傍へ足を踏み出した、そのときだった。


「―――起きろ」


 と、頭上から声が降ってきた。同時にバシャン、と派手な音を立ててバケツを逆さにしたような大量の水が千鶴に降りかかる。――いや、降りかかるというよりは思い切り叩きつけられると言ったほうが良いくらいの勢いで、水の塊が千鶴を、そして傍にいた桐斗を襲った。


「っ……! ぷは、っ!」


 ぷるぷると頭を振り、桐斗は頭上を見上げる。数メートル上空では想像通りの人物が桜司を鋭い目つきで睨んでいた。


「お前がついていながらその様か、狐」

「……ふん。礼は言わんぞ」


 伊月は千鶴の傍らに降り立つと、膝をついて千鶴の顎に手を添え、仰のかせた。まだ呆然とした表情ながら、虚だった目つきは僅かに戻っている。


「飲め。そして忘れろ」 


 そう言うと、伊月は自らの指先を鋭い歯で傷つけ、流れる血を口に含んだかと思うと千鶴に口づけた。伊月の舌が千鶴の唇を無理矢理割り開き、血を喉へと流し込む。細い喉が嚥下したのを確かめると、そっと離れて立ち上がった。その一連の動作を見ていた桜司は、苦虫を噛み潰したような、それでいて複雑な表情で千鶴を見つめている。

 千鶴は伊月の血を飲み下した数秒ののち、糸が切れたように意識を閉ざすと、桐斗へ凭れかかった。


「……ごめんね、千鶴……僕が未熟だったから……怖かったよね」


 桐斗は青白い顔で眠る千鶴を抱え上げ、頬を寄せる。そんな二人を桜の花弁混じりの風が包み、優しく吹き抜けていった。風が去ると、全身ずぶ濡れだった二人はすっかり元通りになっていた。

 桐斗が消沈した顔を上げれば、似たような表情の桜司と目が合った。


「おーじ、ありがと。……僕は、先に千鶴と戻るね」

「伊月……千鶴が、魂の記憶を取り戻しかけていたこと、知っていたのか」


 桐斗には答えず、桜司は伊月に唸るような声で訊ねた。桐斗も、それをわかっていて問うたため、反応を待たずに千鶴を抱えたまま石段を降りていく。


「いや、記憶を夢に見たのは今夜のことだろう。恐らくは……」

「その前から、目をつけられていたのか」


 伊月が頷く。視線をキャンプ場のほうにやれば、騒ぎも収まって鎮まり返った建物が見えた。


「此度のことは特異点の性質に加え、性質の近いものが千鶴の記憶に関与した結果だ」

「はぁ……この場が選ばれたことから仕組まれていたように思えてならんな」

「あれほど強い魂だ、有り得る話ではある」


 桜司たちは祈る。夜明けまで暫く、悪夢を忘れて眠れるように。

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