七つのお祝いに
―――その夜、千鶴は夢を見た。
泣きながら赦しを請う夢。重い罪の記憶。周りの声が、幼い千鶴を責め立てる。身を縮めて震える体を打ち据える。何度も何度も、ただ死ぬだけでは赦されないと、重罪の証をその身に刻みつけていく。罪深い魂にとって、死は救済ですらある。ならば生きて苦しみ続けなければならないのだ。どれほど傷つき、苦しみ、終わりのない痛みに延々苛まれようとも。
『何故生まれてきた』
『何故生まれてきた』
繰り返し問う声に、千鶴はひたすら謝罪の言葉を叫び続ける。
そこへ、花の香りが舞い降りた。千鶴の身から流れた血の臭いでむせ返る暗闇の中、それは眩しいほどに甘く優しい香りだった。
『この命が罪ならば、我らが引き取ろう』
『ならぬ。罪は罪だ。生きねばならぬ』
『ならば、お七夜を迎えたそのときに、我らが引き取ろう。それまでこの命が、贖いのときを生き抜くことが出来たなら、これは我らのものだ』
『良かろう。そのときまで罪を重ねなければ、それは其方らのものだ』
『我らのものとなった暁には、罪は最早罪にあらじと』
『然り、然り。約束しよう。罪深き魂が、罪を引き寄せる質をもってしても生き抜いた暁には、其は全て其方らのものとしようぞ』
『承った!』
高らかな声と共に真っ白な光が破裂し、千鶴は跳ね起きた。
「い……いまの、は……夢……?」
心臓が、上り坂を一気に駆け抜けたかのようにうるさい。背中を冷たい汗が伝うのを感じ、体が震えた。
ふと気配を感じ、顔を上げる。そこには顔を雑面で隠した和装のひとが佇んでいた。狩衣姿で体格が隠されており、男か女かもわからない。両腕と下半身は黒い靄となっていて、靄が塊となってしたたり落ちたところに、黒い染みが出来ている。不気味な影のひとはなにをするでもなく、ただ正面で千鶴を真っ直ぐに見据えている。
「…………っ」
口を開き欠けた千鶴の顔を、何者かの手が覆う。視線をやれば、そこには半化生姿の桜司がいた。桜司は千鶴の肩を抱き、口元を覆ったままで相手を鋭く睨んでいる。
やがて、和装のひとはくるりと振り返ると、壁に吸い込まれるように消えていった。背を流れる白髪は毛先が墨を含んだ筆のように黒く濡れており、通ったあとにぼたりと黒い染みのような痕を残している。やがてそれも夜に溶けて消えると、千鶴は漸く口を覆う手から解放された。
「もう良いぞ」
「……あれ……何だったの……?」
「我らが置き去りにされた社の主だな。以前お主が相手をした噂の魄より遙かにたちが悪いぞ」
「え、あれが……?」
頷く桜司を見上げ、先ほどの姿を思い出す。格好だけなら桜司に似ていたが、体から溢れる暗い澱みは決して桜司にはあり得ないものだった。以前対峙したカミサマポストなどより余程重く暗い、凝縮された不浄そのものだ。
「あの格好も、あの場に置かれた我のものを真似ただけで、彼奴自体は最早自分の姿も覚えておらぬよ。それより……」
桜司が愉快そうに目を細める。
こういう顔をするときは、決まって千鶴以外の人間に良くないことが起きるのだ。
「ギィィイイイイイイイィッ!!!!」
突然、部屋の外から引きつったような悲鳴が上がった。方向は、先ほどの和装の影が消えたほうだ。といっても、千鶴たちの部屋は端にあるので、正確にどの部屋かまではわからない。
「ああ、始まった」
「せ、先輩、いまの声は……」
「我らをお主の手から奪い取っていった輩のものだ。あの社に何事かしたのだろうな。愚かなことだ」
悲鳴が上がった部屋の中はパニック状態となっていた。件の女子二人は体を弓なりに仰け反らせ、両の拳をキツく握り締めた体勢で血が滲むほど歯を食い縛って、ひたすら叫び続けている。その狂気じみた姿に、同室の女子生徒は涙目で部屋の隅に縮こまり、掠れた声で教師や親を呼び続けている。
大きく見開いた目は焦点が合っておらず、宙を見るともなく見つめている。その目が捕えているのは、天井でも必死に呼びかける友人の顔でも無い。前屈みになり、雑面をめくり上げてその下に隠れた闇を見せている、この世ならざるものの歪んだ姿だ。面の下からは、闇を煮詰めた澱みがぼたぼたとこぼれ落ち、少女の顔へと降り注いでいる。瞬きを忘れた目や、悲鳴を上げ続ける口にもお構いなしに、忘れられた神だったものの残滓が染みていく。その度に少女の精神が汚染され、ひきつけを起こしたように全身が激しく痙攣する。
件の少女がそんな悍ましい目に遭っているなど知る由もなく、教師たちは悲鳴により起こされて迷惑そうに出てきた野次馬の生徒たちを部屋へ戻しつつ、恐慌状態の生徒をどうにか抑えようと奮闘していた。
「こんなに大きい声がしてるのに、二人とも起きないですね」
「いま目覚められても困るからな、聞こえんようにしてある」
なるほどと納得したところへ、部屋の外から桐斗が「ただいま」と言いながら入ってきた。彼もまた半化生姿をしており、背後で揺れる尾の毛並みが僅かに逆立っている。
「小夜ちゃん先生には部屋に入らないよう言ってきた。相性良くないからね。代わりに学年主任の先生を使って小夜ちゃん先生に他の生徒を部屋に戻すよう指示させて、男の先生だけで暴れてる子を押さえるように言ってあるよ」
「良し、あとはあれをどうするかだが……正直面倒だな」
「わかるー」
桜司が心底面倒そうに呟くと、桐斗も同意して肩を竦めた。
「正直、僕は自信ないよ。おーじと違ってただの猫だからね、僕」
「あれほど壊れた廃れ神はなあ……どうしようもないというのが正直なところだな」
「僕も別にあの子たちがどうなろうとどーでもいいんだけどさ、小夜ちゃん先生が責任取らされたら可哀想だし、片付けなきゃ」
「……それがあったか」
二人が苦々しい顔をして呟く。そうこうしているあいだにも、部屋の外からは徐々に掠れ始めた苦悶の声が上がり続けている。
「……仕方ない。千鶴、また少し手伝ってもらうぞ」
「はい、先輩」
正直そんな気がしていたと内心で思いつつ、千鶴は聞き分けよく頷いた。




