六道の片道
彼女たちが肝試しに最適だと話していた場所は、千鶴にも心当たりがあった。近くを流れる川沿いに見える、細い入口。木々に隠れるようにしてひっそりと佇む古い鳥居とボロボロの石段。そして、それを登った先にある、朽ちかけた小さな社。
なにも知らなければ無邪気に面白がっていられただろうが、千鶴は既に、あちら側が存在することを知ってしまっている。真莉愛の左手が千鶴の右手の指を絡め取るようにして握り、腕にぴったりと寄り添っている。格好だけなら、真莉愛のほうが怯えているようにも見える。
「あ……千鶴、ありました」
「ほんとだ……良かったぁ……」
社の前に無造作に置かれたそれを拾い、土を払ってそっと胸に抱く。
ただ持ち去られただけで、特に悪戯をされていたり汚れていたりすることもなかったことに安堵した。不安が一つ解消されると、周りを見る余裕が出てくる。社までの道も相当だったが、社本体は目も当てられない有様だ。
「ここ、ほんとに誰も管理してないんだ……」
管理する者がいなくなって久しいと一目見てわかる社を見ていると胸が痛む。神蛇の件で、そこに祀られているものにとって社の状態がどれほどの意味を持つかを理解しているいま、叶うならここもまた嘗てのように綺麗になればと思う。だが同時に、なにがその場に祀られているかを理解せずに参ることも、そのものにとって良くないと知っている。
ただ、千鶴は何故かこの社に惹かれるものを感じていた。無責任な同情からなのか、それとも社に祀られているものが干渉してきているのかは定かではないが。
「千鶴、行きましょう」
真莉愛の腕が、千鶴の腕を引く。まるでそちらに行ってはいけないと諭すように。
「……うん、そうだね」
千鶴はなるべく思うことが溢れてしまう前に、真莉愛と共に社をあとにした。
二人が去って無人となった社の扉が、音もなくゆっくりと開いていく。一つの灯りもない暗がりに取り残された社には、凝り固まった闇だけが正しい形も思い出せないまま蠢いていた。
部屋に戻ると、伊織が寝支度を整えながら千鶴たちを待っていた。
彼曰く、神蛇は「あとはわたくしたちに任せて頂戴」と言っていたようで、明日には嫌がらせめいたことはされなくなるだろうとのことだった。
「ちょっと教師に言われたくらいでひん曲がった根性が直るとは思えないけど、まあ、先生が言うなら任せとこうぜ」
「うん……わたしがなにか言うよりはずっといいと思うし」
千鶴もベッドを整え、枕元にタオルで作った小さな布団を敷いてそこにぬいぐるみを寝かせた。担任教師が各部屋を見回り欠けている人がいないか確かめ終えると、館内の電気が非常灯を除いて落とされた。
「あ、消灯だね。お休み」
「お休みなさい」
「お休み」
ベッドに潜り込み、深く息を吐く。
(真莉愛ちゃんたちが優しいから、久しぶりで驚いたな……)
人の悪意に触れることは、千鶴にとって珍しいことではなかった。地方によっては、余所から来た人間だというだけで迷惑そうにされたこともあって、そこでは『余所者にすることだから』どんなことでも正義であると、クラスメイトのみならず教師までもがあからさまな排除を良しとしていたこともあった。
思い返せば、人から好かれたことよりも避けられることのほうが多かった気がする。その理由も、余所者だからという地域的なものから、暗いから、転校生だから、好きな子が千鶴に声をかけていたから、自分より成績が良かったから……あげたらキリがないくらい、様々な理由で疎まれていた。あまりにもそれが当然で、気付けば傷つくということをしていなかったように思う。
だからこそ、いまの状況に戸惑うのだ。真莉愛も伊織も優しい。なにも返せていない千鶴に、菩薩のような慈愛で以て接してくれている。それに百鬼夜行部の皆も同様だ。彼らはそれが役目だからだと言っていたが、それでも律儀に守ってくれていることは、千鶴にとってこの上ない優しさも同然だった。
(皆優しいから、勘違いしちゃうところだった……わたしは―――)
ふと、思考を止める。
いま自分は、なにを思いかけたのだろうか。
―――赦されてはいけないのに。
確かにそう過ぎった。まるで当然のように。長年周囲から疎まれ続けたことで意識の底に刷り込まれでもしたのだろうか。それとも、もっと別の理由があるのだろうか。
千鶴は小さく身震いをすると、布団を深く被り直して枕元のぬいぐるみを引き寄せ、きつく抱きしめた。




