五戒ならずは
キャンプファイヤーの時間が近づいてくると、生徒たちは続々と会場の広場に集まり出した。夜の水辺ということもあり、千鶴は念のため鞄にいつの間にか入っていた狐と猫の小さなぬいぐるみを抱えて外に出た。
河原には既にキャンプファイヤー用の木材が組み上げてあり、中に火種となる枝葉も準備されている。西の空へ日が沈んでいくのを待っているあいだも、生徒たちは好奇の眼差しを向けながら雑談に興じていた。
いざ火が入り、学年主任が生徒たちへ向けて本日最後の挨拶をする。話が長いタイプなのか、五分経ってもまだ終わらない。生徒たちは格好だけは聞いている風にしつつも意識はとうにどこへやら。隠れるようにして携帯端末をいじる生徒が見えだした。
漸く長かった話が終わると、いままで息を止めていたかのように場の空気が開放感に満たされた。伊織が隣のクラスの男子に呼ばれ、三人の輪から離れていく。どうやら、次の部活での合宿について相談があるようだった。
「ねえ、さっき見たんだけど、ここちょっと行ったとこに面白そうな道があったんだ。すぐそこだし肝試ししない?」
キャンプファイヤーの中心から少し外れたところで、男女入り乱れた数人の生徒が、そんなことを話している声が聞こえた。彼らは声を潜めながらも、興奮を隠しきれない様子で話を進めていく。彼らの中に伊織を引き抜こうとした女子二人組もおり、彼女の班にいた女子二人と別の班の男子が二人の、計六人のグループになっているようだ。
「一気に抜けたらバレるかもだけど、二人ずつならへいきだって」
「もし先生に聞かれたらトイレとか行っとけば良くない?」
「じゃあ、どうやって奥まで行ったかって証明する? 写真撮る?」
「だね、奥の神社で自撮りして戻ってこよ。なんか盗ってくるのはさすがにヤバいし」
「心霊写真とかとれちゃうかも!」
方針が決まり、二人組が出来ていく。例の二人は最初から組んでおり、残りの四人が男女のペアとなった。最初に大人しそうな女子と軽薄そうな男子のペアが行くようで、わざとらしく肩を組んで手を振りながら去って行った。
キャンプファイヤー会場からはコテージの陰となって見えない位置に、目的地である神社へ通じる細い参道がある。朽ちた鳥居と石段を登ると、左右に長年風雨に晒された狛犬が鎮座している。神社というよりは小さな祠があるだけの場所で、それも手入れがされておらず荒れ放題だった。女子のほうは怯えて涙目だが、男子は臆さず突き進み、最奥の社前でスマートフォンを構え、インカメラでツーショットを撮影した。
二組目が戻ってくる様子が遠くに見えた頃。千鶴の元へ、件の女子二人組が近付いてきて、抱えていたぬいぐるみを乱暴に奪い取った。
「あっ……」
「これいいじゃん。インスタに上げよ!」
「絶対雰囲気出るやつー! ねえ、早く行こ!」
千鶴と真莉愛がなにか言う隙も与えず一方的にそう言うと、彼女たちはぬいぐるみをそれぞれ手にして走り去り、入れ違いに肝試しへと向かっていった。
「……千鶴、ごめんなさい……驚いてしまって」
「真莉愛ちゃんが謝ることないよ。わたしもびっくりしてなにも言えなかったし……」
二人で落ち込んでいるところへ、話を終えた伊織が戻ってきた。
「二人してどうした、なんかあったのか?」
千鶴と真莉愛が戸惑いながらも今し方起きたことを説明すると、伊織までもが千鶴に「悪い、目ぇ離して」と謝った。
「な、なんで伊織くんまで謝るの。わたしがぼんやりしてただけだから……」
友人二人の優しさに触れ、少しばかり落ち着きを取り戻すことが出来た。とはいえ、起きてしまったことがなくなるわけではない。
千鶴は不安を抱えながら、彼女たちが戻るのを待った。
暫くして、コテージの裏手から楽しげに話ながら二人が戻ってきた。だが彼女たちのどちらもが、千鶴のぬいぐるみを持っていないように見える。二人は、チラリと千鶴へ視線をやっただけでグループの輪に戻り、写真を見せ合っている。
「えーなにこれ、うちらのときこんなのなかったよ?」
「四季宮さんが貸してくれたんだ。しかもこのあと自分たちも行ってみたいからって、置いてきていいって言ってくれたの!」
「だからまだあの辺にあるんじゃない? まあでもこれ以上抜けたらうちら怒られるしあとは四季宮さんが何とかしてくれるよ」
「てかそろそろ部屋戻ろ。あたしゲームやりたーい」
「さんせー!」
聞こえよがしに話しながら、彼女たちは千鶴たちに一瞥もくれずに去って行った。
「チッ……アイツら……」
「……わたし、取りに行ってくるね」
そう言い歩き出した千鶴の腕を、真莉愛が縋るようにして引き留めた。そのまま腕に自身の腕を絡めて寄り添うと、伊織を振り返る。
「伊織は、神蛇先生にいまのことを伝えてください。すぐに戻ります」
「……そうだな、わかった。気をつけろよ」
適材適所。彼女らが気を引きたがっている人間なら、教師に事実を伝えても告げ口をしたと攻撃されることはない。そして真莉愛は百鬼夜行部の面々ほどではないが、身を守る術を持っている。
「真莉愛ちゃん、伊織くん、ありがとう」
「気にすんな」
「そうです。まりあは千鶴のお友達なのですから」
なにもない千鶴は守られてばかりであることを心苦しく思いながらも、他にどうすることも出来ないため、二人の好意に甘えるしかなかった。




