二人分の空席
列を作り、バスに乗り込む。千鶴は最後に加わったため、予め決められていた席から空いている席を選ぶ形で決まるはずだったが、クラスの女子が場所を変わってくれて、真莉愛と伊織とで最後尾の席に入れてもらえることになった。
二人に挟まれる形で席に着き、神蛇の点呼を経て、バスが動き出した。近場とはいえ学校行事で一泊するとあって、車内はどこか浮き足立っている。
「四十分くらいならへいきだと思うけど、酔わないか心配……」
「千鶴、飴食べますか? 酔いにくくなりますよ」
「いいの? ありがとう」
「ボドゲやってる奴らすげーな……俺、乗り物酔いはそこまでしないけど、細かいもん見てるとだめなんだよな」
「それだと時間潰すの大変そうだね……」
「合宿んときとかな」
棒付きの小さな飴を転がしながら、千鶴たちは他愛ない会話で時間を潰す。一方他の生徒たちの中には、持ち込んだお菓子を開封する者や小型のボードゲームを始める者もいて、最早課外授業という名のお泊まりパーティと化している。だが運転に支障を来すような大騒ぎをしたり席を立ってはしゃいだりするほど羽目を外す者はいないため特に注意はされず、終始和やかに時間は過ぎていった。
「皆、もうすぐつくから、そろそろ荷物を纏めて頂戴ね。バスが止まったら、駐車場で班ごとに別れてコテージへ移動するわ。荷物を置いたら中央広場に集まるのよ」
「はーい!」
外の風景が徐々に街並みから自然へと変わってきた頃、神蛇がマイクを用いて車内にアナウンスした。生徒たちが元気よく返事をしてから片付けに取りかかるのを、神蛇は微笑ましげに見つめている。
やがて車外の景色が街並みから自然溢れるものへと変わってきた。前方の席に座っていた生徒の一人が「見えてきた!」と声を上げたのをきっかけに、車内が再び賑やかな歓声に包まれる。
夏も間近だというのに、バスを降りるとひんやりとした空気に包まれた。一つ深呼吸する度、肺の中が冷たく湿った土の匂いで満たされる。列を成してコテージへと向かうクラスメイトたちに続いて、千鶴も荷物を置きに向かった。
「お部屋は番号だけじゃなくて野草の絵もついてるんだね」
「本当です。まりあたちは蛍袋が描いてあります」
指定されている部屋は廊下一番奥にある、他と比べて少しだけ狭い部屋だ。元々五人グループが基本で二組だけ六人という形になっていたものを、千鶴の参加で急遽六人のところから真莉愛と伊織が抜けて三人組を作ったためだ。蛍袋の部屋は、救護室に使うはずだった場所のうちの一つとなっている。非常口からすぐのところにあり、窓からはキャンプのメイン会場ともなる屋外の調理スペースが見える。
「じゃ、行くか」
「うん」
大きな荷物を置いて身軽になると、千鶴は部屋を出て集合場所を目指した。そこには既に何人か生徒が集まっていて、教師の誘導に従っているのかいないのか絶妙な加減で周囲を興味深そうに眺めている。
時間になると、学年主任の男性教師が挨拶と注意事項を述べ、大まかな日程を改めて説明した。昼は全員でハイキングコースを歩き、夜は屋外の調理スペースで薪を使って班ごとに夕食を作る。そのあとは河原でキャンプファイヤーを行い、就寝となる。
「じゃあ、出発するぞ。担任の指示に従って気をつけて進むように」
合図と共に、列が動き出す。出席番号順だったはずの列は進むにつれて徐々に崩れ、仲の良い者同士で並んで歩く様子が目立ち始めた。列の後ろから着いてきている教師もそれに気付いていたが、大きく列を外れたりしない限りなにも言わない方針のようで、黙って見守っている。
「三ッ首嶽って凄い名前だけど、登山道自体はそこまでエグくないな」
「そうだね。わたしは体育くらいしか運動しないけど、何とかついていけそう」
三ッ首嶽ハイキングコースは三種類あり、今回選ばれたのはその中でも一番緩やかな箇所のようだった。名前の由来も三つ並ぶ頂上とそこに至る道が三つあることから来ている説ともう一つ、この地方に古くから伝わる民話から来ていると、入口にある登山道案内板に書かれていた。
「真莉愛ちゃんは大丈夫そう?……って、お散歩感覚で歩いてるね」
「まりあは母の実家で良く乗馬をしていたので、お山や森を歩くのも好きなのです」
「乗馬………それはすごいね」
千鶴に褒められたと思った真莉愛が、うれしそうにはにかむ。思わぬところで一つ、真莉愛の謎がまた増えたのだった。




