一人で出来るかな
課外授業を明日に控えた千鶴は、渡された栞を見ながら支度をしていた。隣町にある宿泊施設に一泊し、簡易的なキャンプを行うというものだ。キャンプと言っても野外にテントを張るような本格的なものではなく、設備はコテージに近い。
通学鞄とは別の、少し大きめの鞄にパジャマ代わりの体操着や下着を詰め、筆記具や細々したものを並べては入れていく。いまは家に家族もいないため、一人静かに淡々とこなす孤独な作業―――の、はずだった。
「えー、やっぱ鞄もっと可愛いのにしようよー」
「千鶴を猫好みに染めようとするな。本人の持ち物なのだから、本人が使い良いほうがいいだろう」
「おチビちゃん、虫除け持った? あと痴漢撃退スプレーとチャッカマン」
カーペットの上に鞄を置いて、その周囲に並べた荷物を一つずつしまっていく様を、三人が取り囲んで見守っている。否、見守るなどという、慎ましやかなものではない。喧々囂々と賑やかな声が豪雨の如く降り注ぐ。
この場に伊月はいない。学校外でまで面倒を見る気はないというのか、それともこの騒々しい空気を予測して回避したのかは定かではないが。
彼らも鬼灯高校に在籍している以上、学校内で開催される行事は、ある程度把握している。千鶴の学年が課外授業で二日間街からいなくなると知った彼らは、前日の準備の日に突然押しかけてきたのだった。
「あの……赤猫先輩、気持ちはうれしいんですけど、明日なのでいまから鞄を選ぶのはちょっと……それに黒烏先輩も、火種は先生が持ってきますし、大丈夫ですから」
全て詰め終え、ファスナーを閉める。千鶴が選んだリュック型の鞄は暗いカーキ色を基調とした無骨なもので、正面と左右についているポケット部分と肩紐にだけ迷彩柄が入った、どちらかというと男子向けに作られているタイプのものだ。だからといって、勿論女子高生が持ってはいけないという決まりはない。ただ、桐斗曰く素材が生かせていないのがもったいないとのことだった。
「今回はしょーがないから、今度鞄とかお洋服とか見に行こうよ。千鶴、私服もすごく少ないんだもん」
「それは……ずっと親が転勤ばかりだったので、荷物を増やすわけにもいかなくて」
「でも、もうどこにも行かないんでしょ?」
「そうですね……もう少しくらいなら、買ってもいいかもしれないです」
「やったー! 約束だからね!」
うれしそうに声を上げる桐斗は、今日も全身隙なく着飾っている。己を可愛く見せることに関して拘りがある彼らしく、気分だけでなく季節や天気、行き先で化粧や小物を変えているのだという。
「ところで千鶴、ほんとに一人で大丈夫? 知らない場所で怖くない?」
「やはり我らもついて行くべきではないか?」
「ついてくったって、学年違うだろうがよ」
課外授業の話をしたときにも繰り広げられた議論が再燃した。
知らない場所といっても行き先は隣町で、確かに家からは遠いが学校から向かうならバスで四十分ほどの距離にある。山のコテージとはいうが殆ど山裾に近い場所で、川や森もあるが、敢えて道を逸れるような真似さえしなければどうということはないのだ。
千鶴は何度目かも忘れるほどに繰り返されたやりとりを眺めながら、しかし初めての学校行事に内心で胸を躍らせていた。
翌日、千鶴が学校へ着くや、真莉愛が首を傾げつつ背中の鞄を指差した。
「千鶴、先輩たちと一緒に行くのですか?」
「え!? 待って、どういうこと?」
背負っていたリュックを下ろしてみるが、不自然に重たくなっていたりということはない。家を出る直前にも中を開けて確かめてきたばかりで、余分なものもなければ不足しているものもないはずだ。だが真莉愛の澄んだ眼差しは、リュックに注がれている。
まさかと思い開けてみると、そこには手のひらサイズの猫と狐のぬいぐるみが入っていた。
「ぬいぐるみ……?」
「……ええと、大事に持っていたほうがいいと思います」
「うん……そうする」
昨晩のついて行く行かないという賑やかな議論の最終的な結論がこれならば、恐らく持っていて損するものではないだろう。見た目だけならどこかの土産物屋にありそうな黒猫と白狐のぬいぐるみだ。よくよく見れば黒猫は巫女の格好をしており、白狐は白い水干を着ている。
鞄を開けてもいないのに真莉愛が見つけたということは、そういうものなのだろうと当たり前に納得している自分に気付き、千鶴は少しだけ複雑な気持ちになった。




