迫りくる珍競技
放送席から次の競技に移るとの宣言がされ、入場門付近に生徒が集まり始めた。
次は部活動対抗リレーで、千鶴の友人である伊織も選手として出場する。この競技は各部がユニフォームで走り、競技で使う道具をバトン代わりに渡していくというもの。但し、普段から走ることを専門にしている陸上部にはトラック一周分のハンデがあり、球技の部活はドリブルやトスをしながらコースを走るというルールがあるなど、本気のレースというよりどちらかというとエンターテイメント性のある競技となっている。
「伊織くん、やっぱり格好いいな……」
以前に一度だけ見学させてもらったことがあり、そのときに弓道着姿を見たのだが、小学生の頃からやっているだけあってとても様になっていた。弓道部のバトンは和弓のようで、第一走者が弓を携えてスタート地点に立っている。
「もし僕らの部があれに出るとしたら、どんな格好なんだろね」
「……半人半妖?」
「バトンは?」
「おチビちゃんとか」
桐斗の疑問に、柳雨が真面目ぶった顔で答える。
千鶴は思わず自分を小脇に抱えて半化生姿でトラックを走る彼らを想像してしまい、そっと首を振った。
「バトンになるのはともかく先輩たちが走る姿はちょっと見てみたい気もしますけど、好奇心で学校生活終わらせたくはないですね……」
「えー、残念」
などと話していたら、間もなく競技開始の時刻となった。
と、そこへ、千鶴の傍に駆け寄ってくる足音が一つ。
「千鶴、ここにいたんですね」
「真莉愛ちゃん」
「先輩方もこんにちはです。あの、伊織が出ているあいだ、まりあもここでご一緒していいですか?」
桜司に確保されたまま振り返り、真莉愛を迎える。真莉愛は先輩たちにも丁寧に挨拶すると、彼らへ向けて訊ねた。
「うん、もちろん! あ、そーだ。お昼ごはん、僕らお隣にお邪魔していい?」
「はい、ぜひご一緒してください。えれなたちにも紹介したいです」
真莉愛の同意とほぼ同時に、晴れ空に号砲が鳴り響いた。
大きなフープを縄跳びのように跳びながら走る新体操部や、宙に面を打ち込みながらじりじり進む剣道部の横を、肩に大型楽器を抱えた吹奏楽部と、和弓を抱えた弓道部が駆け抜けていく。普段からグラウンドで走っているサッカー部はともかく、体育館とは勝手が違うのか、バスケ部が意外とボールコントロールに苦戦しているようだった。
そんな中、将棋部は何故か二人対面状態で横走りをしながら将棋盤を運んでいたり、化学部は人体骨格模型を担いで走っていたり、演劇部は新鮮なカボチャをシンデレラが担いで走っている。
「あ、弓道部とか柔道部って素足なんだね、砂なのに痛くないのかな」
「他の部はわかりませんけれど、伊織たちは夏季キャンプで砂浜ダッシュしているって言っていました」
「弓道部……だよね……?」
真莉愛の解説を聞いて、千鶴と桐斗が声を揃えて疑問を呟いた。
伊織は第四走者、所謂アンカーで、先輩からバトン……もとい、弓を受け取ることになっている。優勝候補は殆ど縛りがないも同然な野球部で、スパイクシューズで軽快に駆け抜けている。だがそれと一二を争う弓道部に、応援席がざわめき始めた。
「弓道部ってあんなだったのか……?」
「強化合宿やってるって噂は聞いたことあるけど」
「強化ってなに強化してるんだよ、弓道やれよ」
期待と困惑が応援席に走る中、最終走者にバトンが渡された。
そのときだった。
「きゃあああ!!」
「大御門くーん!! がんばって―――!!!」
応援席から黄色い声援があがり、千鶴は思わずビクッと肩を跳ね上がらせた。声援の声は一年生だけでなく全学年からあがっており、いったいどこに隠し持っていたのか、チームカラーのサイリウムやうちわを振っている生徒までいる。
「…………びっくりした…………」
突然グラウンドがアイドルのコンサート会場にでも変わったのかと思うくらい応援が女子生徒の声で満たされ、千鶴はやっとの思いでそれだけ呟いた。真莉愛はというと、既に彼の人気を知っていたのか、にこにこと見守っている。
「伊織、非公認ですけどファンクラブというものがあるそうです」
「なにそれ初耳」
「あの子、女子にモテるって噂はほんとだったんだねー」
桐斗がしみじみ呟くが、そういう彼も男子人気が強いことを棚に上げている。それを指摘すると「うれしくないもん」とふて腐れてしまうため誰も口にはしないでいるが、この場にいる真莉愛以外は頭に過ぎっていた。
一位でゴールテープを切ったのは、野球部のアンカーだった。タッチの差で弓道部の伊織がゴールし、再び応援席が沸き立つ。
「はぁ……はぁ……お前、圧ヤバすぎ……なんだよ、袴と裸足で追いつくんじゃねえよ怖ぇよ」
「まあ、なんつーか浜辺よりは走りやすいからな」
「ふ、ははっ、すげえ! 意味わかんねえ!」
笑いながら互いに健闘を讃えあう野球部員と伊織を見て、拍手が起きる。
それから次々ゴールする選手たちにも拍手が送られ、笑いが起きたり白熱したりと、終始賑やかなまま種目が終わった。
「千鶴! 真莉愛! 見ててくれたか?」
選手たちが退場して暫く、千鶴たちの元に伊織が駆け寄ってきた。スポーツタオルを肩にかけ、額に微かな汗が光る姿は部活中の彼を思わせる。
「見てたよ、すごかったね」
「まりあも応援していました。伊織、すごいです」
「へへ、ありがとな! 先輩方も、お疲れさまです」
照れながらも二人に礼を言い、それから千鶴を収納している桜司や桐斗たちを見て、綺麗に一礼する。
「俺、このあと先輩が出る三年の競技を応援しに行かねーとだから、またあとでな」
「そうなんだ、がんばってね」
「行ってらっしゃいです」
「がんばれー」
千鶴と真莉愛、そしてそれに便乗して手を振る桐斗に見送られ、伊織はグラウンドの隅に設置されている水道へ駆けていった。そこでは素足で走った部員が集まって、砂にまみれた足を洗っている。
「白狐先輩も競技に出たら声援凄いことになりそうですよね」
「だから出ないんだけどね、コイツ」
「……煩わしいだけだろう、あんなもの」
「先輩らしいですね」
相変わらずの人間嫌いぶりに、謎の安心感を覚えるようになってきた千鶴は、自分を確保している桜司の手に自らの手を重ねて笑った。




