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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【弐ノ幕】カミサマポスト
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約束八つ

 児童だけでなく教師も帰ったあとの無人の鬼灯小学校に、一つの小さな人影がある。怯えた表情で屋上をゆっくりと進んで行くその人影は、いじめをしていた児童の最後の一人、佐藤愛梨だ。


「やだ……っ、なんで……なんで……!」


 見えない手に引かれるように、背を押されるように、屋上をフェンスのほうへ向けて進んでいく。


「あ……あたし、なにもしてない……あたし、悪くない……あたしじゃない……っ!」


 この期に及んで何一つ顧みない愛梨の背後で、金属扉が開閉する重い音がした。体は動かないが、視線を巡らせることは出来ることに気付いた愛梨が、背後を振り向く。


「あー、やってるやってる」

「だ、誰……?」


 侵入者は、緊迫した状況だというのにだいぶ暢気な口調で言いながら、校舎内へ続く扉の前で足を止めた。ピンクのツインテールに改造したブレザー、髪や手指は装飾品に塗れ、爪先や睫毛の一本にまで隙なく着飾っているその人物を、愛梨は涙が滲んだ目で睨み付けた。こんなときだというのに、彼女がずっと抱いていた、自分が一番可愛いという揺るぎない自負を突き崩された敗北感が、恥辱として湧き上がってくる。


「さっさと助けなさいよ! バカ! グズ! 役立たず!! 早く、早くしてよ!! なんで黙って見てんの!!? 助けないなら、パパに言ってあんたの親が働いてる会社つぶしてもらうから!!」

「ふ……あははっ、八歳でそれしかないってのもなかなか哀れだねー」


 恐らくこれまでなら周りに言って効果的だっただろう脅し文句を、涙声になりながら叫び散らす。だが今回は、全く相手に響かなかった。それどころか、可笑しなものでも見るかのように笑われ、愛梨は一瞬命の危機であることも忘れてカッとなった。


「な……っ、なに笑ってんのよ!! あたしのパパは社長なんだから! あんたなんか簡単に終わりにできるんだか……!」


 彼女にとっての切り札である一言も、ガシャンというフェンスの音で中断された。


「ひっ……!」


 気付けば愛梨はフェンスの外側にいた。自分の身長よりだいぶ高いそれを乗り越えた覚えはないというのに、爪先はもう最後の段差を越えようとしている。

 再び背後を振り返る。先ほどの人影はいつの間にか消えていた。その代わりに、同じ場所に見覚えのある、見たくもない人が立っていることに気付いて声を荒げた。


「このハエ女! 全部お前のせいだ! お前が死ね! お前なんか死んだって、どうせ誰も悲しまないんだから!!」


 暗い上に俯いていて顔は見えないが、愛梨はなぜか南風里心彩だと確信して叫んだ。心彩らしき人影はゆっくりと顔を上げると、三日月型に口を歪めて笑いながら、愛梨の元へと近付いてきた。真っ赤な口が大きく裂け、甲高い笑い声が辺りに響く。


『死ネ! イナクナレ! オマエガ死ンデモ、誰モ、哀シマナイ!』


 ケタケタと笑い声を上げ、首をぐらぐらと左右に揺らしながら、一歩、また一歩と、愛梨のほうへと歩み寄っていく。赤く裂けた口だけがひどく目立ち、眼前まで迫っても顔立ちが一切判然としない。そこまできて漸くソレが南風里心彩ではないと気付くも、最早遅い。

 真っ黒な両手がフェンスをすり抜けて伸ばされる。何の感情も映っていない、ただの空洞でしかない目が愛梨を無機質に見つめる。


「や……やめ、……っ!」

『ワタシヲ、イジメル人ガ、イナクナリマスヨウニ』

「きゃああああああッ!!!」


 願いの文言と共に背を思い切り押され、愛梨は屋上から落下した。


「……やっぱこうなっちゃうとだめか。千鶴に手伝ってもらわないと」


 最後の一人を仕留めるのと同時に、現世に現れた影を討とうとしたが、抑々あの影はポストから切り離された実行役に過ぎない。下っ端を捕えても悪党一味が滅びないのと同じだ。

 桐斗自身、千鶴を危険な目に遭わせずに済ませられるならそうしたかった。可能性にかけてみたが、ポストの魄が現世に現れるのは願いを聞き届け、叶えようとするとき。それ以外は窓口であるポストの形しか残らないため、やはり千鶴に手紙を書いてもらい引きずり出すしかなさそうだ。


「子猫ちゃん、こっちもダメだったぜ」

「そっか……」


 バサリと羽音を伴い、烏天狗の姿となった柳雨が桐斗の傍らに舞い降りる。


「南風里っつー子の魂は喰われたあとだった。願いが受理されたら終わりだな」

「そうなると、チャンスはほんと一瞬だね……」


 ポストに願いを送り、カミサマが受け取り、魄が願いを貪りに現れた瞬間だけが討つ好機。願いが叶えられる段階になってしまっては、本体から切り離された影によって、ほぼ自動でことが進むようだ。


「おチビちゃんのがんばり次第と、あとは子猫ちゃんの耐久次第だな」

「うわあ……僕、責任重大だなぁ……」


 いつになく真剣な眼差しでそう呟くと、桐斗は跳ねるように夜空を駆け、無残な姿を晒す少女には目もくれずに小学校の屋上から消えた。

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