内緒事七つ
柳雨が持ってきたやたらと可愛らしいメモは、千鶴がポストへ送る囮の願い事を書くためのものだった。ピンクや水色で構成された丸っこいフォルムのキャラクターが縁で佇み、雲形に縁取られた中に淡い灰色の破線で罫線が引かれている。千鶴は中学時代でさえここまで可愛らしいものを持ったことがなかったため、メモと柳雨とを何度も往復するように見てしまった。
「おチビちゃんってあんまこういうの持たない感じ?」
「えと……そうですね、あんまり……」
千鶴の持ち物は機能性重視で、女子高生が持つにはだいぶ無骨なものが多い。鞄から取り出したペンケースも、ファスナーを開いて中程で外側へ向けて折ると、ペン立てになるという便利雑貨だ。キーホルダーの類もなければ、シールやスタンプもない。
「すげぇ……オレ様よりシンプルじゃん」
「なんていうか、こういうのも嫌いではないんですけど……使うのがもったいなくて、溜めてしまいそうになるんですよね……」
「あーわかる。子猫ちゃん……桐斗の持ち物は全部こんな感じだぜ」
「なんか、わかる気がします……」
柳雨は片手でペンを回しながら机の上に行儀悪く腰掛け、片腕で体を支える格好で、千鶴の手元を覗き込んでいる。千鶴はというと、結局あのあと解放してもらえないまま桜司の膝に座らされていた。
「おチビちゃん、嫌なら嫌って言っていいんだぜ」
「い、いえ……わたしはへいきなんですけど……先輩、重くないですか?」
「桐斗より小さい生き物が重たい訳あるか」
「ちょっとー! そこでなんで僕が出てくるのさ!」
千鶴が加入するまで、この中で一番小さかった桐斗が吼える。桜司も伊月も柳雨も、女性である神蛇も全員百七十をゆうに超えているのに、桐斗だけギリギリ百六十という低身長なのだ。可愛い格好をしていても女の子になりたいわけではない桐斗にとって、身長の低さはあまり触れられたくない話題らしい。
「そんなことより! 早く書いちゃおうよ。ね!」
「は、はい……」
とはいえ衆人環視の中願い事を書くというのも、何だか気恥ずかしい。千鶴は周りを見回してから遠慮がちに口を開いた。
「……み、見られてると書きづらいです……」
「あー、ごめんごめん、気がつかなくて。じゃあ僕ら花札やってるから。ほらおーじも一旦解放する!」
「む……仕方ない。あとでな」
一度膝の上から解放され、椅子に腰を下ろす。手元を覗き込んでいた柳雨も、花札の勝負を見物しに行き、元々皆の輪に加わっていない伊月は、相変わらずソファでひとり本を読んでいる。
視線がなくなったことで、落ち着いて願い事を考えてみる。桐斗たち曰く、ポストに投函して喰われたところで願いが叶わなくなるだとか真逆のことが起きるなどといった副作用はないらしい。気楽に書けばいいと言われたが、改めて願い事を考えるとなると意外と思いつかないもので、筆が進まない。
(うーん……神頼みするようなお願いってつまりは、自分の心一つでどうにもならないようなことだよね……?)
チラリと、花札に興じる二人とそれを眺める柳雨、伊月、そして神蛇を見る。彼らは人ではない。自分と同じ場所、同じ時間を生きているように見えて、そうではない。
じっと、手元を見る。
千鶴は、千鶴だけは、何の能力も特別なものもない、ただの一般人だ。以前の一件で霊感のようなものが身についたと言われたが、幽霊が見えるなどといったことはいまのところ起きていない。似ているようで厳密には違うともいわれたので、恐らく彼らとの縁が一時的でなく繋がったというだけなのだろう。だがそれもいつ切れるとも知れない不確定なものだ。
人と、そうでないものの住む世界は、文字通り別世界なのだから。
「…………書けました!」
「おつかれー! こっちもおーわり!」
「ぬあ―――!!」
千鶴が声を上げると同時に、花札の決着もついたらしい。札の様子を見るまでもなくまた桜司が完敗したようだ。
“皆と、ずっとこうして、笑って過ごせますように”
折り畳み、小さな封筒にしまわれた願い事は、千鶴の胸の内に秘められたまま。




