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鬼灯町の百鬼夜行◆祭  作者: 宵宮祀花
【壱ノ幕】還らずの路
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いつも通りの朝

 ――――鬼灯町。

 その歴史は古く、街並みは近代化とはほど遠い。駅前には、アーケード式の商店街が現役で軒を連ねており、数百年前から何代も続けている店が多くある。

 商店街から駅を挟んで対角線上に位置する鬼灯町第一高等学校は、名前にこそ第一とついてはいるものの、都市開発を断念した折に公立第二高校の設立計画も立ち消えた。その結果、第一にして唯一の公立高校となっていた。



 四季宮千鶴は、令和元年の六月よりこの高校に通うこととなった。両親が転勤族で、長いこと一箇所に定住出来なかったが、父親の仕事が佳境に入ったことを期にこの街に定住することにしたのだ。

 抑々この街に決めた理由というのが、両親が売り家に出されていた物件に一目惚れをしたためだった。和風建築の庭付き一戸建て。母屋と離れがあり、駐車スペースも広く取られている。元は農家だったのだろう作りをしており、家の裏手にあるそこそこ広い土地も、まるでおまけのようについてきた。


 千鶴の部屋は二階にあり、元々少なかった家具を運び込んで不足を買い足してもなお広い。ベッドと机、洋箪笥にカラーボックス、足元は畳敷きで、部屋の中央には円形のカーペットが敷かれた上にローテーブルとクッションが置かれている。特別に目立って変わったものがなく、年頃の少女の部屋にしては飾り気もない部屋だ。


 洋箪笥の横に立てかけられた全身鏡の前に立ち、制服の着こなしを確かめる。新しい制服はまだ届いておらず、これは以前通っていた県外の高校のものだ。

 僅かに肩に届かない程度の長さに切り揃えた明るい赤茶色の髪は、黒髪である両親のどちらにも似ていない。同様に瞳も赤に近い茶色をしており、明るいところで見ると、小豆色のようにも見える。華奢な体つきと約百五十センチという小さめの身長は、時折中学生に見られることもある。そういうときは半年前まで中学生だったのだからと己を慰めることにしているが、千鶴自身の中でも漠然としている『高校生らしさ』という、大人に一歩近付いた称号めいたものへの憧れは捨てきれなかった。


「一週間、目立つだろうなぁ……」


 嘆いても詮無いことだが、毎度ながら初日というものは緊張する。

 ふと、机上のアラームが鳴り、登校時間が近いことを告げた。千鶴は慌てて通学鞄を引っかけると、階下へ駆け下りた。


「おかあさん、おはよう」

「おはよう。朝から元気ね」


 忙しなく降りてきた千鶴を振り返り、母親が僅かに呆れたような微笑ましいような、穏やかな笑みと声で答える。冷蔵庫から水出し麦茶のボトルを取り出して、流しにあるグラスを取ると千鶴はそのまま席に着いた。既に食卓についていた父親が新聞から顔を上げ、短く「おはよう」と言うと、千鶴も同様に返す。

 トースターにパンをセットし、待っているあいだに麦茶で喉を潤す。香ばしい匂いが漂い始めたところで、母親がフライパンを手に千鶴の傍らに立った。直後、トーストが元気よく跳ね上がり、それを千鶴が皿に置く。その上に千切ったレタスと、焼きたてのベーコンエッグを乗せると、母親も一先ず調理器具を流しに預けて、自分の朝食を手に席に着いた。


「いただきまーす」


 元気な挨拶と共に、サクッという軽い音が食卓に響く。簡易ホットサンドのような、目玉焼きとレタスを乗せたシンプルなトーストは千鶴の好物だ。

 BGM代わりに流していたテレビから聞き覚えのある地名が流れてきて、千鶴はふと目をやった。何でも鬼灯町第一高等学校の敷地内にある祠に何者かが悪戯をしたということらしく、現在も通学路を中心に捜査が続けられているようだ。祠自体は学校が建つ前からそこにあるもので、建設の際に祠の周辺はなるべく元のまま残すよう配慮されているという。


「罰当たりな人がいたものねえ」

「警察がうろついているなら却って安全かも知れないが、帰りが遅くなるようなら気をつけて帰るんだぞ。父さんたちは暫く帰れない日が続くから」

「そうね。せっかく広いお家なんだし、お友達を呼んでもいいけれど、あまり騒いだり散らかしたりしないでね」

「はーい」


 両親は常に多忙で、幼少の頃から千鶴は一人で過ごすことが当たり前だった。珍しく家にいる理由は、暫く―――数年単位で日本に帰らないためだ。いままではアパートを点々とする生活だったが、両親共に大仕事を任されることになったため万一を考えての定住だった。

 最後の一口を飲み込んで麦茶を流し込み、父親へと答えながら、千鶴は席を立った。まだ新しい通学鞄は部屋と同様飾り気がなく、ほぼ買ったときのままだ。


「行って来ます!」

「行ってらっしゃい」


 母親の見送る声と、父親の視線を背に受けながら外へ駆け出した。

 次に会えるのは何年後かもわからない別れだというのに、千鶴が両親と顔を合わせた時間は二十分ほどで、交わした言葉は短い挨拶だけ。それを何とも思わない程度には、独りに慣れてしまっていた。

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