みち欠け三つ
翌朝。千鶴が待ち合わせ場所へ向かうと、既に真莉愛と英玲奈が待っていた。画像で見た以上に涼やかな美少女で、千鶴は思わず目を瞠ってしまった。
二人の手には傘が提げられている。千鶴は迷った結果折り畳みにしたが、雨の強さによっては役に立たないかも知れないと、少し後悔した。今朝の予報では、本格的に雨が強くなるのは夜からだと言っていたが、空は昨日から変わらず暗い。
「おはよう。待たせちゃった?」
「おはようございます、千鶴。大丈夫ですよ。来たばかりですし、えれなとお話ししていましたから」
真莉愛はそう言うと、英玲奈の背をそっと押して前へと進み出させた。それに従い、英玲奈は千鶴の正面に立つと綺麗に一礼して、真っ直ぐ見上げて挨拶をした。
「初めまして。いつも姉がお世話になっています。妹の英玲奈といいます」
「あ……えっと、初めまして。四季宮千鶴です。真莉愛ちゃんのお世話になってるのは寧ろわたしのほうかな……」
転校してからのことを思い返すと、謙遜でも何でもなく心からそう思う。
そんな千鶴に対し英玲奈は玲瓏な声で「姉からお話は伺っています」と言い、微かに笑って見せた。その笑顔もまたよくできた人形めいていて、千鶴は本当に現実なのか、それとも美しいものに囲まれる夢でも見ているのか自信がなくなってきていた。
「へえ、お兄さんもいるんだ」
「はい。兄はえれなに似ているのですよ」
「姉さんだけが母さん似なんです」
「そうなんだ。真莉愛ちゃん見てるとお母さんが美人なのは想像つくけど、お父さんも格好いいんだろうな……」
平凡、中道、没個性を地で行くと思っている千鶴は、想像だけで目が眩みそうな心地だった。
「夏休みになったら、まりあのお家に遊びに来ますか?」
「え、いいの?」
「はい。家族も紹介したいですから」
「それじゃあ、お邪魔しようかな」
他愛ない会話をしながら、通学路を進む。歩道橋と信号が交差する通りまで来ると、三人は赤信号で一度足を止めた。
高校へ向かう途中の道に、大きな交差点が二つある。一つは前回の事件現場となった場所。もう一つは小学校へ向かう道との分岐点だ。現在は、その分岐点にいる。
「小学校はこの歩道橋を渡ったらすぐです」
「ほんとだ、奥に校舎が見えるね」
真莉愛が指し示したほうを見ると、建物の合間から三階建ての校舎が見えた。奥には集団登校している小学生の列や、横断歩道の両側で黄色い旗を持って列を誘導している大人の姿も見える。三車線と二車線が交差するこの通りは、三車線側を渡すようにして歩道橋がかけられている。その歩道橋を渡ろうとした、飼い犬連れの女性が悲鳴じみた声を上げた。
「え……なに?」
千鶴が声のしたほうを見た瞬間、強く手を引かれるのと同時に目の前で傘が開いた。
その、直後。
――――ドン!!
重く鈍い音がして、急ブレーキ音が続いて、そして――開かれた傘に、大粒の水滴が勢いよく叩きつけられる音がした。頭上ではなく正面に向けて開かれている傘の奥で、通行人の悲鳴がそこかしこから上がっている。
「おい、救急車!」
「110番しろ! 早く!」
「さあ、皆は学校へ行きなさい」
半ばパニックになりながらも子供を誘導するボランティアの人たちや、目撃者の声。音の瞬間を見てしまった子供の泣き声もする中、千鶴は真莉愛に抱きしめられ、更には傘を開いた英玲奈に守られた状態で、動けずにいた。
「…………鈴木紗愛」
阿鼻叫喚としか言えない状況の中、英玲奈がぽつりと呟いた。彼女の視線は、足下をじっと捕えている。恐る恐る、千鶴も視線の先を追う。そこには、血に濡れた小学生の名札が落ちていた。
「英玲奈ちゃん……その子、知ってる子……?」
「わたしと同じ、二年生です。隣のクラスなので直接話したことはないですが、あまり目立つタイプではなかったかと。ただ……」
「ただ……?」
千鶴が疑問を反芻するようにして問うと、英玲奈は小さく首を振った。
「いえ、亡くなった方をあれこれ言うのはやめておきます」
そう言い、英玲奈は傘を閉じた。
小学生が持つにしては大きめの黒い傘は、色のお陰であまり目立たないが、斑模様に血痕が付着してしまっている。それを気にした様子もなく畳んで腕に提げると、千鶴と真莉愛を真っ直ぐ見つめた。その冷静な瞳はひどく硝子めいていて、同じように事故の瞬間を見てしまった他の小学生たちと、本当に同じ年の子供なのかと思うほどだ。
「今日は恐らく、昼で解散になるでしょう。一緒に帰る約束でしたが、先に帰ります。道中気をつけてください」
「そうですね……えれなも気をつけて」
では。と、一言添えて、英玲奈は歩道橋を登っていった。未だ車道に残る惨劇の跡を見るに、中央から飛び降りたのだろうことがわかる。そこを通るときに一瞥をくれるとそのまま通り過ぎ、駆けつけた警官に何事か告げて小学校へと向かった。
「英玲奈ちゃん、すごいね……」
「……小さい頃からえれなは強い子でした」
騒動の渦中から離れて通学路を進む中、千鶴は思わず呟いた。またしても真莉愛と、それから小学生の英玲奈にまで守られたのだとひしひし実感したがゆえの本音だった。




