不思議が二つ
鬼灯高校は、地元の小中学校を卒業して、そのまま街を出ずに通う生徒が多いことが特徴の一つとしてある。外からの受験者も僅かにいるが、例年通して八割ほどが地元の生徒が占めている。そのこともあって、小中学校での出来事が共通の話題として流れることが多々。
そんな地元住民が多い鬼灯高校で一週間、他校の制服で過ごした千鶴だったが、昨日漸く制服が届いたため、今日から鬼灯高校の制服で登校できるようになったのだ。
「千鶴、おはようございます。制服、似合っていますよ」
「おはよう、真莉愛ちゃん。ありがとう。やっと落ち着いた気がするよ」
千鶴が登校してくると、友人の真莉愛がうれしそうに笑顔で挨拶をした。件の事故でだいぶ弱っていた彼女だが、一週間も経った頃には元の花のような表情を取り戻した。
そんな真莉愛が、支度をしている千鶴を振り返ったままスマートフォンを取り出して見せ、話しかけてきた。
「千鶴、最近小学校で流行っている噂、知っていますか?」
「噂? ううん、知らない」
千鶴の答えを受け、真莉愛がスマートフォンの画面を向けた。そこには鬼灯小学校のサイト掲示板をスクリーンショットした画像が表示されている。
「えれな……ええと、まりあの妹なのですけど、そのえれなから聞いたのです」
「真莉愛ちゃん、妹さんいたんだ」
「はい。あとで見せますね」
話しながら、千鶴は画面に表示された画像に書かれている文字に目を通す。内容は、旧校舎前にある木造ポストに願い事を書いて入れると神様の元へ届いて、願いが叶うというものだった。媒体は違えど、どこにでもありそうなおまじないだ。
「ていうか、旧校舎が残ってるんだ……」
「何でも、建築法が特殊で、もしかしたら国の文化遺産になるかもしれないってお話があったみたいです」
「へぇ……」
鬼灯町自体がどこか郷愁を誘う街並みであることは千鶴も感じていた。探せば他にもありそうだと思いつつ、添付されていたポストの画像を見る。
想像していた昭和頃の郵便ポストの形ではなく、どちらかというと目安箱のような、更に古い時代を思わせる形をしたもののようだ。既に噂が蔓延したあとに撮影したものらしく、投入口には色とりどりの紙が押し込められている。
「凄い量だね……その、えれなちゃんはお願い事入れたりしてるの?」
「えれなはそういうの好きではないので……それに、まりあがこうなので」
「そっか……そうだよね」
一度手元に戻すと、真莉愛は再び画面を操作して別の画像を見せた。そこには、長いさらさらな黒髪とつり気味の大きな黒い瞳の、日本人形めいた少女が映っていた。
「え、すっごい可愛い……この子が英玲奈ちゃん?」
「はい。まりあと違ってとてもしっかりした子なのです」
にこにこと嬉しそうに紹介する真莉愛の顔には、妹が可愛くて仕方がないと大文字で書かれている。
「皆、おはよう」
「おはようございまーす!」
予鈴が鳴り、神蛇が教室に入ってくると、生徒たちは挨拶を返しながら席に着いた。教壇に立つ彼女に視線が集まる中、朝の連絡事項が告げられる。
あの痛ましい事故以来大きな事件も事故もなく、平穏無事な生活が続いているため、内容は学校行事やそれに伴う準備に纏わるものが主だった。六月末には体育祭があり、それが終わると期末考査がある。生徒たちのあいだから歓喜と落胆の声が交互に上がる様子を、神蛇は微笑ましそうに見つめて言った。
「千鶴ちゃんは、今回は集団競技と応援のほうに回ってもらうことになるわ。転校して二週間では練習もあまり出来ないけれど、皆と一緒にがんばりましょうね」
「はい」
それを最後に予鈴が鳴り、神蛇は授業のために退室した。
これまで幾度となく学校行事を眺めるだけで通り過ぎて生きた千鶴にとって、ここで過ごす一年は新鮮なことの連続になりそうだ。体育祭は間に合わなかったが、夏季休暇前にある課外学習の班は、真莉愛と伊織のところに入れてもらうことになっている。
「千鶴、明日の朝、一緒に登校しませんか? 千鶴にもえれなを紹介したいのです」
「うん、いいよ。わたしも妹さんに挨拶したいし」
一枚の画像を見ただけだが、英玲奈は利発そうな美少女だった。真莉愛曰く「自分と違ってしっかりしている」とのことだが、前者は兎も角しっかりしているという部分は画像からも伝わってきた。
外は、気付けば梅雨らしい灰色の空が広がっていた。




